初恋/ちびひめ
気になる人がいるの。
彼はいつもクールで、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけれど、ホントは優しいの。
猫が好きなの。野良猫にも好かれるくらい、猫に目がない。
本が好きで、いつも本を読んでいる。
同じ学校、同じ学年。
名前は中澤彰悟しょうご。周りの友達はみんな中澤って呼ぶけど、おうちではしょうちゃんって呼ばれてるのを知ってる。
彰悟と私はいわゆる幼なじみってやつで、腐れ縁なんだけど、いつからか彰悟は私の中で特別になっていた。
それが恋だと気づいたのは昨日の話だった。
帰り道で、彰悟を見かけた。
いつものようにポーカーフェイスで何を考えているのかわからない感じだったけど、何やら木を見つめている。何の気なしに私は声をかけた。
「彰悟、何してんの?」
すると彰悟はさらさらな髪を揺らして振り返る。
「あぁ、琴葉か」
と言って華奢な手で木の上を指差した。
そちらを向くと、小さな仔猫が木の上から降りれずにいた。
「ちょっと、ヤバイんじゃない?これ。助けないと」
「だから、琴葉、お前肩車してやるから、仔猫を助けてやれよ」
はぁ?肩車?
とたんに私は顔が熱くなっていくのを感じた。
「ちょっと、やだ肩車なんて」
「助けたいだろ?」
それはそうだけど……
私は彰悟の肩に乗ると仔猫の方へ手を伸ばした。
足元に感じる広い肩。昔よりずっと逞しくなっている。
「ちょっと、スカートの中覗かないでよ?」
結局猫は肩車では届かず、近所で脚立を借りてくることになった。
肩車から降りる。
っていうか、彰悟顔赤すぎ!なんでだろ。スカートとか言ったからかな?
そういう私も顔は真っ赤だった。
そうだよね、もう中三だもん、男の子が変身したっておかしくはないよね。
私は猫を助けてからもドキドキしていた。
結局、仔猫は彰悟が連れて帰った。飼うのかな?私も飼いたかったけど、うちはお母さんが動物ダメだし……
布団の上に寝転んでスマホをいじっていると、今日の出来事が脳裏に浮かんでは消えた。
私、彰悟が気になるんだ。
そう思ったらいてもたってもいられなくなって、友達にメールした。
返ってくる反応はみんなして「告っちゃいなよ」。
でも、まだ、気になるかもしれない、好きかもしれない段階でそれはないわぁ、と思い、既読スルーした。
◇
翌日、家を出るとちょうど彰悟が家を出てきたところだった。
「おはよ」
彰悟に挨拶をされたが、恥ずかしくなり、つい無視をしてしまった。
いつもならそこから一緒に登校するのだけれど、今日は無理だと思った。
意識、してしまう。
「おい、待てよ」
彰悟が後ろから追いかけてくる。
身長差分足の長さが違う彰悟はすぐに追い付いた。
「琴葉、なんか怒ってるの?」
「別に」
そのまま微妙な距離を保ったまま、私たちは学校に着いた。
クラスは別なのでそれ以上彰悟が話しかけてくることはなかったが、私は恥ずかしさと後悔で頭を抱えた。
挨拶くらいしておけばよかった……
教室に入ると晴香が話しかけてきた。
「どうよ、告る気になった?」
私は頭を横に振ると手のひらで顔を覆った。
三つ編みにした髪が肩で揺れる。
私は三つ編みをいじると、ため息をついた。
「まだ好きかもしれないって段階だって言ったじゃない……」
「なんで好きかも、って思ったの?」
隣の席の椅子を引っ張って来ながら陽子が言った。
「昨日、猫を助けようとしたの」
私は二人に話し始めた。
二人はうんうん、と頷きながら話を聞いてくれた。私は話しているうちにだんだん恥ずかしくなって、また手のひらで顔を覆った。
「男の子なんだな、って思ったの」
二人は話を聞き終えるといっそう私の方へ寄ってきて言った。
「「それ、好きなんだって」」
女子と言うものは、時折無理矢理に話を恋愛方面に持っていくことがある。
今まで好きな人なんていたことがなかった私の話ならなおさらである。
「彰悟のこと好き……なのかな?」
私は自分に話しかけるように言う。
「認めろよ、このぉ!」
晴香がからかうように言ったとき、予鈴が鳴った。
授業が始まっても、私は彰悟のことを考えていた。広くなった背中、少しトーンの低くなった声。
中学に上がった頃はそんなこと感じもしなかった。
でも、二年という歳月は男の子を男に変えた。
今年は中学だから一緒にいられるけど、来年は高校生だから同じ学校に通えるとは限らない。いや、頭のいい彰悟のことだ。私よりずっと頭のよい高校に行くのだろう。
さらさらの黒髪、色白な手、まっすぐの黒い瞳。
どれもが私の胸を高鳴らせた。
好き……
考えるとわからなくなる。
でも、この胸の痛みはきっと恋なんだろう。キュンとなって苦しくなる。
休み時間になり、晴香と陽子がまた私の机に集まる。
話題はやっぱり彰悟とのこと。
告ってから考えればいいって二人は言うけど……
◇
彰悟の好きな子をチェック。
休み時間も机で本を読んでいる様子からは好きな子がいるかどうかはわからなかった。
「思いきって聞いちゃえ!」
と陽子が言う。
他人事だからそんなに簡単に言えるけど、自分の立場だったらどうなのよ、と突っ込みたくなる。
でも、彰悟の様子からは好きな子がいるかどうかわからない。
これは聞いてみるしかないか……
学校が終わるのを待ち、彰悟に声をかけた。
「朝は考え事しててごめん。一緒に帰ろ?」
自然にいけた。
彰悟はあまりしゃべらない。同学年の男子ともあまりしゃべらないようだった。
「今、何の本を読んでるの?」
そう声をかけたら、急に彰悟がしゃべりだした。
「今読んでるのは赤坂次郎のミステリーだよ。続き物と言えば続き物なんだけど、一話完結なんだ」
「へぇー。ミステリーか。私には縁がないな」
彰悟は本の内容を話し続ける。
彰悟って本のことになると夢中なんだ。
私は話にきりがついたところで彰悟に恐る恐る聞いた。
「ところで……彰悟って好きな子いるの?」
「……唐突だな」彰悟が難しい顔をした。
しまったな、と思ったけれど、口から出てしまった言葉はもう引っ込められない。
「……いるよ……好きな子」
私の目の前はショックで真っ暗になった。
いるよ、好きな子……
「へぇ、どんな子?」
「……ってお前関係ないだろ!!」
関係ない……
そうだよね、私は関係ない。
「ごめん。もう聞かない」
「別に聞いたっていいけどさ……」
彰悟はなんだか赤くなっていた。
そんなに好きな子を聞かれるの恥ずかしかったんだ。
そうだよね、私も恥ずかしかった。晴香や陽子にからかわれて、恥ずかしかった。でも、それよりも彰悟のことが気になったんだ。だから二人には話した。でも、やっぱり恥ずかしいことだよね……
彰悟はカバンを漁ると私に一冊の本を手渡した。
それは彰悟がさっき言っていたミステリーの本だった。
「これ、読んでみろよ。すげー面白いから」
彰悟は本が好き……
さっき話したのって本のことだからしゃべりだしたんだろう。
そんな彰悟が好きな子って……
どんな子だろう?もしかしてクラスが同じなあの子かな?
私は彰悟の話を聞けず、頭の中はぐるぐる回っていた。
「じゃあな、また明日」
そう言われてはっと我に返った。
「う、うん、また明日」
左手に本を持ったまま私はそう答えた。
部屋に戻り、大きくため息をちくと、私はベッドにどさっと倒れた。
聞かなければよかった……
好きな子を目の前にした彰悟はどんな感じでしゃべるんだろう?さっきみたいにイキイキとしゃべるんだろうか?そんなのは嫌だ。
頭がガンガンした。
夕食もあまり食べれなかった。私、そんなにショック受けてるんだ……
自分で自分を笑った。
けれど、これで確定したことがある。
私は彰悟が好きだ。
どうしよう、と思う。
好きな子がいる子を好きになるなんて……胸が苦しくて張り裂けそうだった。
◇
翌日、晴香と陽子に囲まれた私は昨日の出来事を話して聞かせた。二人は話を聞き、私の頭を撫でた。
「仕方がないよね」
私は二人にそう笑いかけた。
「まだ失恋確定ってわけじゃないじゃない」
「え?」
「そうだよ、ここからが大事だよ」
二人はそう言って私を励ましてくれた。でも……
「彰悟の恋路を邪魔したくない」
私はそう言った。
「そうだよ、まだわかんないよ。やっぱり告っちゃいなよ」
私からは乾いた笑みしか向けられなかった。
「琴葉!男子が呼んでる」
クラスの子がそう言って私を呼んだ。私が振り向くとそこに彰悟が立っていた。
「昨日の本、どうだったかと思って」
「あー、まだ読んでない。本見ると頭痛がしちゃって……」
「せっかく好きな物を共有できるから、俺、嬉しくて……なんか無理矢理押し付けちゃったみたいでごめん」
「あー、いいよ、今日読んで明日の朝返すから」
「無理しなくていいからな」
「うん……」
彰悟が帰っていくと、晴香と陽子が寄ってきた。
「やっぱりまだいけるよ!」
「なんで?」
私が陽子に返す。
「共有したいって言ってたじゃん!」
晴香が顔をパアッと明るくして言った。
「そうなの?」
私はきょとんとして聞き返した。
うんうん、と頷く二人。
「やっぱり告ってみなって!」
「そうかなぁ……」
私は二人に頷いて見せた。
◇
「呼び出してごめん」
「いや、俺は全然構わないけど、どうしたの?」
「実は……」
私は言いかけて唾を飲み込んだ。
やっぱり、怖い。
「たいした用じゃないんだ。本、返そうと思って」
「え?もう読んだの?」
「まだだけど、読めそうにないから……」
「そっか……」
俯いていく彰悟。
私は決心した。振られてもいい、想いを伝えようって。
「実はね、えっと、私のことなんだけど」
「うん」
「私、実は彰悟のこと……」
「俺のこと?」
私は大きく息を吸い込むと叫んだ。
「彰悟のことが好き!それ、知ってもらいたかっただけ!」
暫く沈黙した。やはり告白なんて止めておけばよかった。どうして言っちゃったんだろう?冷静になれば、彰悟には好きな子がいるんだし、迷惑しかかけないんだ。どうして言っちゃったんだろう?
私は激しく後悔した。
暫くの沈黙の後、彰悟が口を開いた。
「俺も琴葉のことが好きだ。大好きだ……」
今、なんて言った?私のことが好きっていった?嘘じゃない?
「俺はずっと琴葉のことが好きだった。でも、本しか読んでないようなチョロいのはダメかと思ってた……」
顔を赤くしながら言う彰悟。
「全然、ダメなわけ、ないじゃん!」
私の頬を熱いものが伝って落ちていく。
私、泣いてる?
不意に抱き寄せられ、私の心臓は張り裂けそうになる。
そっと優しく、彰悟の唇が私の唇に重なった。
「彰悟……」
「琴葉、好きだよ」
私の涙はとまるところを知らなかった。
◇
「おい、行くぞ」
彰悟が私を呼ぶ。私は娘の手をぎゅっと握り、歩き出した。
明日へと。