小猫の恩返し
「暑っちぃー。」
うだるような暑さの中、思わず言ってしまった。どうやら天気予報によると、今年は平年より暑いらしい。すでに飲みきった空の水筒を何度も下に向けて、垂れてくる水滴で喉を潤そうとする。
「計画的に飲めばよかった…。」
額からあふれ出る汗をシャツの袖で拭いながら道を歩く。いつも通い慣れた通学路が、暑さのせいかとても長く見えた。俺は日なたを避けるようにして、ふらっと路地裏に入る。家までいくぶんか長く歩くことになるだろうが、暑いのにはもうこりごりだ。
「ふぅー。」
ひんやりとした風が汗で湿った皮膚にあたり、とても気持ちがいい。今までの暑さが嘘のようだ。普段通い慣れない道を進むのはそれなりに冒険心をくすぐられる。新しい発見とか出会いがあるかも知れないからだ。そんな事を期待しながら、道の隅々まで目を光らせる。
「はあ。あるわけ無いよな…。」
結局もうすぐで大通りに出る所まで着いてしまった。俺が諦めかけた、その時、小さな鳴き声が聞こえてきた。
「ミャーオ…。」
のら猫だろうか。声の出所を探す。すると、ある家の玄関先で金属製の檻に入っている子猫をみつけた。よく見るとその檻には出入り口がなく、猫捕獲用の罠だった。その子猫の爪は、暴れたからか、何本か剥がれていて、足は血まみれだった。すると、俺が家の前でずっと立ち止まっていたからか、家の奥から50代くらいのおじさんが出てきた。
「うちになんか用があるのかね。」
「いや、その、この子猫ってお宅のでしょうか?」
俺は檻の中に入っている子猫を指さして言う。
「おお、また捕まったか。これで11匹目だ。」
「えっ?」
俺はそのおじさんの言っている事が理解出来なかった。また捕まった?11匹目?まさかのら猫を捕獲しているのだろうか。
「その、のら猫を捕獲しているんですか?」
「そうじゃ。ったく。そこら辺に糞尿はするは、匂いはきついは、困ったもんだ。」
「捕獲したあとはどうするんですか?」
質問したけど、どういう返事かはうすうす分かる。
「動物愛護センターにつれてゆくよ。」
動物愛護センター。名前はまるで保護した動物を職員が可愛がる施設のようだが、実態は飼い主の見つからない動物を殺処分する施設だ。恐らくこのままいくと、この子猫は殺される。視線を子猫に移すと、くりっとした瞳でこちらを見つめていた。助けてください、と言わんばかりの表情だ。
「僕が引き取ります。」
ほとんど無意識に、俺の口からそんな言葉が飛び出していた。
「おお、あんたが引き取ってくれるのかね。」
「はい。」
いつものように俺は学校から家についた。子猫一匹を手に持って。
「はあ。うちはペット禁止なんだよな-。」
俺がそういうと子猫がまたくりっとした瞳で見つめてきた。
「お前のことは親に内緒にしてるから、ちゃんと静かにするんだぞ?」
子猫が小さく、ニャーと返事した。
とりあえず猫の家を作るために、家の中から段ボール箱をいくつかとタオルを持ってきた。段ボール箱を庭の茂みの中に隠し、その中にタオルを敷き詰める。これならばしばらくは持つだろう。俺は子猫を中に入れる。
「ごめんな、こんなお家で。お金が貯まったらもっといいお家にしてあげるから少し辛抱してな。」
「ニャー。」
それからの日々は大変だった。なけなしの金で毎日猫の餌を買い、お母さんにばれないように糞尿を始末する。でも、子猫が頬で俺の手をすりすりしてくれると、その疲れも吹き飛んだ。でもそんな日々は長くは続かなかった。
いつものように家に帰り、子猫の待っている段ボールハウスに向かうと、そこには何も無かった。
「隼。ちょっとこっちにきなさい。話があるの。」
俺の額に嫌な汗が流れる。まさか、よりによって動物嫌いのお母さんにばれたのか?そうこうしている内に家の玄関まで来てしまった。
「これは何なの?」
そういってお母さんは靴箱の上に置かれた段ボール箱を指した。中からミャーオ、と鳴き声が聞こえる。
「これには訳が…。話せばわかる。」
某首相のようなセリフを言うも、史実の通り、効果は無かった。
「今すぐ捨ててきて頂戴!」
大声で怒鳴られた。さすが動物嫌いなお母さんだ。でも、俺にも意地っていうもんがある。
「俺は絶対に捨てないからな!」
俺は段ボール箱をひったくるようにして取ると、急いで自分の部屋に走り込み、鍵をかけた。ドアを叩く音がひっきりなしに聞こえるが、俺は聞こえないふりする。俺は猫の手を撫でる。ふと、右手にほくろがあるのに気づいた。
その夜、お父さんとお母さんが話し合った結果、俺が責任をとるかたちで、家の庭で猫を飼う事を許された。
子猫が失踪したのはそれから1ヶ月後の事だ。必死に街の人に聞き回ったり、チラシを配ったりしたが結局見つからなかった。ひょっとして誰かに連れ去られたのではないだろうか。俺は心配で仕方なかった。
「隼、うちに親戚の女の子がしばらく暮らす事になったから。」
そうお母さんが言ったのは、台風が去ってすっきりと晴れた日だった。でもうちに親戚はいたのだろうか。そんな事を思ったが、きっといるのだろう。
そして秋も深まり、木々の葉っぱも落ち終わるころ、その女の子がうちに引っ越してきた。
「しばらくお世話になります。よろしくお願いします。」
「隼、今日からうちで暮らす音木さんよ。仲良くするのよ。」
その女の子は目がとてもくりっとしていた。少女の右手にはほくろが一つ、ぽつんとあった。
見てくださってありがとうございます。初めて書いた小説(?)ですので、色々と言葉選びとかに苦戦しました。ネタ的には鶴の恩返しなんですが、他の人と被ってそうですね。