新たな刺客
「主よ……、パーティーへ行く準備が整いましたが」
主人の部屋を開けると、主人は怪しく笑っていた。
どうされたのだろうかと尋ねようとしたが、先に主人がその意味をおっしゃってしまっていた。
「パーティー。ふふ……あのロマンチストを一目ぼれさせたという女子はきっと美しいのであろうなぁ」
「そのように聞いていませんが……、面白い方だとハースター伯爵様がおっしゃっていましたよ」
主人のコバルトブルーの瞳が妖々しく光ったのを、俺は見逃さなかった。
彼は、面白い、退屈しないことが好きなのだ。だからこのことを聞き逃さず、噂の女性にますます関心を持ったことだろう。
「ほぉ……あの堅物が。それはなんとも不思議なこともあるんだな」
顎に手を添え、何かを考えるしぐさをした。
その間に俺は、背広を着させ、ネクタイを正してやる。
「……はい。では、お楽しんで」
彼を馬車にのせ、使いの者に指示させ、馬車の姿が見えなくなるまで見送る。
「……イェリネック 、主はとても興味を持たれたようね」
メイドが一人、彼に近づいて言った。
とてもグラマーな体型をしており、箒をもっているが、谷間に箒が挟まっていてその姿がまた胸を強調させていた。
「……ああ。ハースター伯爵様がなんせ面白いとおっしゃっているのだからな」
彼は彼女の姿を認めると、微笑んで抱きしめる。
使いの者同士で恋愛関係は認められないこの世界において彼らの関係は特別であった。
「あの堅物として有名な伯爵が……。ふふっ、これは面白いことになりそうね」
彼女は、彼の焼けた頬に手を添えると、微笑み返す。
「そうだな……」
それを性的な意味で受け取った彼は、彼女のうるんだ唇にキスを落としていた――
「ふふ……あのものか」
また彼らの主人である彼も、お目当ての女性を見つけ、不敵に笑っていたのである。
そう、この出会いが彼の価値観を変えるものだとは知らずに麗に近づいて話しかけたのであった――
「そろそろ、行きますか」
ショウ様が、ドアのそばで私に右手を伸ばして言う。
したたかな微笑みは大人の余裕を醸し出して、正装の彼は一段と華やかなものである。
「はい……」
ドレスの端をつまんで裾を持ち上げてパーティー会場へと向かった。
『今回の主役は、あのブリリアント第一皇子が気に入られた方なんですって』
『へぇ……それはどんな方なんでしょう?』
そんな話声は俺の期待をさらに高めた。
心高ぶっていると、誰かが話しかけてくる。
「ヴォルケンシュタイン子爵」
後ろから声を掛けられ、少し驚きながらも振り向いて応答した。
「これはこれは……サイト第二皇子。このたびはどうもお招きありがとうございます」
小柄なその方は、この王国で有名な慕われている方の弟君である。
しかし、その美しい容姿に騙されてはいけない。兄とは違い、気に入らない人にはわがままで意地悪な皇子である。
「ヴォルケンシュタイン子爵にはどうしても知ってほしい方がいましてね……」
腕を後ろで組みながら言った。こういう動作をするときは、自慢したいなどのそんな気持ちの時だ。それほど、素晴らしいのだろうか、彼女は。
「なるほど。それはますます、ご紹介していただきたい」
そんな会話を交わしていると、ファンファーレが鳴った。
今夜の主役がこの会場に入る知らせだ。
『……第一皇太子様のおなり』
会場内に大きく響き渡ると、向こうの先から華やかな人達が現れた。
『わぁ……素敵……。ブリリアント様は相変わらずね……』
女性陣の黄色い声が盛んに飛ぶが、その隣に恥ずかしそうにうつむいて歩いている女性……についても好評であった。
「……そろそろ僕は、兄様のところに行かないと。それでは、お楽しみください、子爵殿」
と言って小柄な悪魔は愛する兄の元にいった。
その声を片端に聞き取りながら俺は、彼女に遠目であるが、見とれていた――
「……大丈夫ですか、麗様」
麗様は、たくさんの人に先ほどご挨拶をされてとても疲れていらっしゃるようだ。壁に寄せてあった椅子の背もたれに寄りかかっていた。
「ええ、大丈夫よ……、そんな心配しなくても私は大丈夫だから。それに私の世話ばかりしていたらパーティー、楽しめないわよ?」
心配してくれるのは嬉しいんだけど……、そんなことをしていたら折角のパーティーが私のせいで楽しめないじゃないかって思う。
「……いいんですよ。私は麗様専属の護衛なのですから」
そうにこやかに笑って言う彼は、やはり優しい人で。
でもその優しさを断ることはできない。なぜなら、せっかく好意をもってしてくれていることなのに、それを断ったら気を悪くさせてしまいそうで怖いからだ。
「……そう、ありがとう、タク」
微笑んで彼に礼を言うと、彼も微笑み返す。
そんな会話を交わしていると、タクは、急ぎの用ができたようで、すいません、すぐ戻りますと眉を曲げながら去っていった。
暇を持て余してパーティー会場をさまよっていると、どなたかに声をかけられた。
その方は、貴族のようであった。容姿端麗で身長もたかい。
なぜ、この世界で会う方たちはみんなそろいもそろって美形なのであろうか。
「……麗様でしたかな?」
あまりにも美しい顔立ちなので私は見惚れていた。しばらく間が空いてしまって焦りながらも返事をする。
「……はい、そうですが……、貴方様は?」
「すいません、申し遅れました。ヴォルケンシュタイン家当主ヴェルンハルトと申します。以後、お見知りおきを」
私の前でひざまついて私の右手の甲に唇を落として挨拶する。
なんて紳士なのだろうかと思いながらまたもや見とれていた――