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第8話【百年振りの魔物撲殺】

魔力というものは、一体何なのだろう。


この世界の人間からすれば当たり前のものであり、そんな考えすら浮かばないのだろうが、前世の地球の記憶を持つ僕としては、酷く謎なものだ。


魔力さえ関わらなければ、この世界での物理法則は地球とさして変わらない。水は熱を与えれば水蒸気に、逆に冷やせば氷に。静電気だって起きるし、勿論、物は上から下に落ちる。重力の違いについては分からないが、こっちの方が軽そうではある。


しかし、魔力はその全てを覆せる。


魔力。寿命を伸ばし、身体能力を強化させ、自然現象を起こし、摂理すら外れた事さえ可能にする。


その力を、僕は原子よりも原始の元素と解釈している。それこそ、人間が、世界が、理が生まれる以前から存在し、万物を形作っている、原始のエネルギー、と。


さて、改めて魔物と戦う前におさらいといこう。


魔物とは、そんな魔力を持て余してしまった生物だ。


基本、この世界の人間や普通の動物は、魔泉――所謂魔力タンクというものが肉体に備わっている。といっても物質では無いので解剖しても分からない。恐らく、魂に付属されてるものか、あるいは魂そのものが魔泉なのだろう。


魔泉には、魔力を生成し、貯めておく性質がある。基本的に、魔泉以上に魔力が溢れるような事は無いのだが、稀に魔泉の容量以上に魔力を生成してしまう事がある。


その魔泉に収まり切らなかった魔力が溢れ出し、宿主の身体だけに収まらず魂までも変質、強化していく。そうして生まれるのが魔物だ。


勿論、これは人間でも稀に起こる事だが、魔溢(まいつ)病として知られて居て、対処も確立している。


さて、そんなわけで魔物とは、魔法は使えなくとも、強く魔力の影響を受けて生まれた存在である。故にどれほど巨大でも早く動けたり、火を吐いてきたりするモノだっている。ちょっと魔力を使える程度の人間では、太刀打ちできない程度には強力だ。



魔物の雄叫びが、轟く。


騎士団が街の前で列を作っているのを尻目に、僕は猫耳のフードを深く被って飛び出した。


騎士団が何かを言っているが、どうでも良い。遠目に見える魔物は、熊の形をしている。が、その大きさは一戸建ての家と同等な程の巨体だ。


そんな熊の魔物は、一つの馬車を追いかけていた。大きな荷馬車だ。商人なのだろう。


必死に走ってはいるが、あの巨体からは逃げきれそうもない。徐々に距離が縮まっていき、あと数分もしない内に熊の足は荷馬車に掛かるだろう。



だけどまあ、目の前の命を救えるのなら、救おうと思う。


目の前で何の罪もなさそうな人が殺されそうで、自分が確実に救えるのに救えないとなれば、流石に良心が痛むというものだ。


即座に指に闇の魔力を纏わせ、宙に文字を描く。この場合必要なのは、あそこに直ぐに辿り着ける速さだ。


「《駿足(ehwas)》」


二種類の良く似た移動と変化の意味を持つルーンの内、目的を持ち、自らの意思で動くという解釈のルーン、エワズ。口に出すことで起動させる。



たん、と。


走る荷馬車の後方に躍り出て、僕は目の前に迫る熊を見た。


瞬時に再度、魔力で宙に文字を描く。


「《寄るな(thurisaz)》」


直後、熊が僕に飛びかかってきた。しかし、途端に熊は痛そうな音を立てて、何かに激突したように宙に叩きつけられる。随分と勢い付けてたのか、鼻がひしゃげて倒れた。


スリサズのルーン。巨人や雷神トールの意味を持つルーンで、今回の解釈は、開かずの門。転じて〝壁〟だ。


見えない壁を目の前に創った結果、それを知らない熊は僕めがけて飛び掛かり、その勢いのまま壁に激突したのだ。


流石にこの身体での戦闘は初めてなので、拳で熊を止めるなんてことはしない。安全第一。


後方で、その音に驚いた荷馬車に乗った商人がこちらに振り返った。もう大丈夫という意味を込めて、振り返って手を振っておく。


が、伝わってないらしい。焦った様子で僕に向かって叫んでいる。まあ走っていたからなにが起こったのかわかっていなかったのだろうけど。


どすん、と熊の前足が地面を掴んだ。ひしゃげてぺったんこになり血だらけな顔から覗く鋭い目。激おこらしい。当たり前か。


がくがくと身体を震わせながら、熊は雄叫びを上げて全長10メートル前後の巨体を持ち上げた。


「……頑張るね」


対して僕は膨大な闇の魔力を全身に巡らせ、ほぼ全てを身体能力の強化に回す。ただしどちらかというと火力よりも防御側に力を入れておく。



さて、始めよう。体感では10年振りの。実際は数百年振りの、魔物撲殺を。



ギラリと憤怒の宿った目でこちらを見る熊は、先のダメージなんて感じさせない勢いで飛びかかってくるが、最初みたいに長い助走があったわけでもない。


「ふッ」


故に、ケンカキック。細く小さい足が飛びかかってきた熊の腹に突き刺さり、10メートル前後の身体が吹き飛んだ。


「うーん……」


脚のリーチが昔と違う。上手くダイレクトに蹴りが入らなかったので、吹き飛びはしたもののまだまだ熊は生きている。


日常生活なら全く気にはならなかったんだが、戦闘は前世の経験に偏っているせいか、丁度良い距離感が分からない。


元々、前世から僕は運動が得意な方では無かったのだ。運動音痴といっても差し支えは無い程度には。だから僕を戦闘で支えているのは、この闇による変質と、膨大な魔力による身体強化。それと、強力な魔物との戦闘経験が僕の戦闘力の大半を占めている。


恐らく、今サッカーとかをやらせても相変わらずサッカーボールを踏んで転けると思う。


起き上がった熊は、今度は爪を出して引っ掻きに来るのを、手の甲で受け止め前足を弾き飛ばす。それにより重心を崩した熊はしかし、その巨体を活かし倒れこむように僕を潰しに掛かった。


10メートルを超える巨体。体重はいったいいくつになるだろうか。少なくとも、魔力が使えない者ならなんの抵抗もなくぺしゃんこになるだろう。


その巨体を支えることも可能だろうが、馬鹿正直にやる必要も無い。即座に僕は倒れる巨体の範囲から抜け出そうとして、


転けた。


「やっべ」


頭から地面に勢い良くスライディング。でも、昔からよくあったことだ。変質のお陰で怪我もしていないので直ぐさま態勢を立て直すが、巨体から逃れるのはもう間に合わない。


「oh……」


咄嗟に描くのは、即座に描ける上に万能なお気に入りのルーン魔術。


「《止まれ(isa)》」


空中で熊の巨体が動きを止めた。重力に逆らうように、宙に浮いたまま固まっている。


氷と停滞の意味を持つルーン魔術、イサ。生物に対して停滞の魔術は効き辛いが、数秒保てば充分だ。即座に離脱。


そして停滞のルーンが終わり、巨体が落ちた直後、あらかじめ地面に描いておいた魔術を発動。


「《動くな(nauthiz)》」


欠乏、束縛の意味を持つナウシズのルーン。倒れた熊は、直ぐさま発動されたルーンにより拘束された。微塵も動くことが出来ないようで、唸り声を上げるだけで何も出来ない。


ほっと安堵に一息吐く。大事な所でヘマをする性質は生まれ変わっても変わらないらしい。


それでも何が起こるかわからない為、緊張感は忘れないようにしながら、熊の大きな頭部に近付く。まして、これは人為的に起きたものだ。周囲にも目を配る必要がある。


「……問題点洗い出してくれてありがと、熊さん」


結局、三つもルーンを使ってしまった。昔なら初撃で全て決まったというのに、弱体化が著しい。頑張ろう。改めて気合を入れ直す。


一先ず、僕は熊の頭部に脚を乗せた。それから直ぐに、今の僕の服装はスカートなので、中の下着が見えてしまうことに気付いて、


「やだ、えっち」


―――グシャリ、と。


頰に手を当ててそんなことを宣いながら、足元の頭を踏み潰した。これなら力を入れるだけで、リーチの問題で失敗することも無い。


びくん、と跳ねた熊の身体が、完全に力が抜けて崩れ落ちる。これで完全に死んだだろう。


さて、そろそろ騎士団が異常に気付いて誰かが来るかもしれない。この場を離れよう。荷馬車の商人が無事なのを確認し、今度こそ伝わるように手を大きく振った。


戦闘中に外れてしまったらしいフードを改めて深くかぶり直す。商人に見られてしまったが、まあ、もうすぐこの国を出る。構わないだろう。


ニブルムへの方向を確認し終わった頃、騎士団の姿が近付いて来るのが見えた。さて、急ごう。ごちゃごちゃ言われる前に逃げるに限る。


そう考えた僕は、直ぐさまニブルムへ向けて走り出した。

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