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第5話【母と父】

父の性格を決めるのに非常に悩んで時間がかかりました。すみません。


とりあえず雑なお涙頂戴展開はここまでです。てか元々お涙頂戴展開にする予定は無かったはずなんだが、どうしてこうなった。

あれから少し経って。落ち着いた母が、僕から身体を離すと僕を映した鏡を見せた。


「どうかしら?これでいい?」


後髪は肩口で揃われ、もみあげ(と言えばいいのだろうか)から伸びる髪は、後髪よりもほんの少し長い。うん、似合ってる。


髪型を変えるだけで印象が全然変わるものだ。ぐっと心機一転した気分になった。


「うん。母様から見て、どう?」


「そうね、今までのロングよりもずっと似合ってる気がするわ」


僕もそう思う。認識が一致した所で笑い合って、侍女さんに髪を片付けさせると、2人でベッドに隣り合わせに腰をかけた。



母が髪を梳く心地良い感覚に、僕は目を閉じて、身を任せながら言った。


「母様。私、ここから出て行く」


「……ええ」


母は、やはり分かっていたのだろう。それほど動揺せずに肯定した。それでもやはり、思う所があるのだろう。母の肯定は少しの間があった。


「不満はいっぱいあるけど…それとは別に、私にはやりたいことがあるの」


「それは、私が訊いてもいいのかしら」


「うーん…」


どう言おうかと、僕は唸った。


この世界を見て回りたいのもある。昔のように復讐に囚われず、様々なこの世界を旅して回りたい。


そしてそれと共に、いや、それ以上に僕は、彼と――魔王と、友人になりたい。


それを具体的な理由無しで、分かりやすく、端的に――


「親友作り、かな」



その台詞を最後に、部屋の中はしんと静まり返った。母は呆然と僕を見つめる。なにかおかしかっただろうか。小首を傾げて母を見つめ返す。


ふと


「ふふふ」


母は、小さく笑った。僕が見る中で、初めて母が純粋に笑った気がする。口元を抑えて上品に笑う美しい母を、今度は逆に僕が見つめた。


「そっか、親友作り、ね。確かにここじゃ、作れないものね」


「ん」


「分かったわ、しっかり信頼できる友人を作りなさい」


「ん」


母は笑っていた顔を引き締めて、真面目な顔で僕に言う。僕がしかと首を縦に振ると、母は先よりも笑顔を見せて僕の頭を撫でた。


「本当に、貴女は自慢の娘よ。愛してるわ」


「…うん、私も。母様大好き」


気恥ずかしくてボソボソと言ってしまったが、聞こえただろうか?


俯いた顔から上目遣いで母の顔を見ると、少し涙ぐんでいた。


「母様…?」


「なんで、貴女なのかしら。こんなに良い娘で、強い娘で。そんな娘こそ、幸せに生きるべきなのに」


「私は、母様が居て幸せ。だからそんなこと、言わないで」


その言葉を聞いた母は、我慢して居ただろう、涙ぐんでいた目の縁から、ポロポロと雫が零れた。


それに、僕は。沢山の人間を殺した。良い子なんかじゃ、無い。そんな台詞をぐっと呑み込んで。


僕は自分よりもずっと大きい母の身体を、強く抱き締めた。優しく、暖かい。震える身体の感覚。母の腕が、僕の背中に回る。


「ごめんね。ごめんね、ネラ…っ……ありがとう…!」


静かに母は泣き。僕は声を出さずに、母の背で涙を零した。


「うん、うん……私こそ、ありがとう」




2人で泣きあって。落ち着いた頃、母は、ベッドから立ち上がると、備え付けの机の引出しから取り出した物を、僕に差し出した。


僅かに白濁した、拳大で縦長のダイヤモンドのように美しい結晶だ。これって…


「もしかして、魔晶石…?」


「ええ、そうよ、良く知ってるわね」


前世で一度だけ見たことがあるが、ここまで近くで見たのは初めてだ。それに、前世で見たものよりもずっと、綺麗。綺麗過ぎて、魔晶石だと気付かない程に。


「非常に純度の高い魔晶石よ。冒険者になった頃知り合いに戴いてね。この大きさでも、魔法使いの魔力を全て溜め込める程の容量を持つわ」



魔晶石。


現代で例えるならば、バッテリーの様なものだ。これに魔力をため込むことで、例え自身の魔力が尽きても補給することが出来る。


魔力容量は、純度と大きさに比例して増えていくようだ。


純度に関しては、白濁の程で確認できる。昔見たことのある魔晶石は、太陽に透かしてなんとか半透明なのが分かるレベルで白かったし、それでもそこらにいる魔物の素材を売って生きていた僕には絶対に手の届かない値段だった。


一体これは、いくらするんだろう。


「売れば資金の足しになるくらいの価値はあるし、魔法使いや魔術師としてやっていく場合でも大きな価値があるわ。誕生日プレゼントよ。しっかり活かしてね」


「こ、こんな貴重な物を…」


「良いのよ。一人娘の無事の為、この位は屁でもないわ。それに、私ももう魔法使いではないしね」


ただ、パドレには内緒よ?と母は人差し指を唇に触れ、茶目っ気たっぷりに言った。


「……ありがと」




☆ ☆ ☆





「行くのね。ネラ、レイア」


「ん」


「はい」


父のいるであろう書斎の前で、母が待ち構えていた。


旅支度を終えた僕とレイアは、最後に父に挨拶して出ようとしていた。


レイアは僕と一緒にこの国を出ると言った。僕一人では、国を出るのも大変だろうと。


確かに、身分証明出来ない僕一人では、国を出るのは大変だ。色々と調べられて、時間がかかるかも知れない。


いやはや、もうずっとレイアにおんぶに抱っこだ。借りを返せる日は来るのだろうか。


「奥様、なぜこちらに?」


「立ち会わせてもらうわ。彼が何を仕掛けてくるかもわからないし」


「私達、強いから問題ない」


「レイアは問題ないでしょうけど…ネラも?」


僕が返すと、訝しげな顔をして僕を見た。レイアの事は知っているらしい。


「ん」


ならば、見せても問題なさそうだ。母は冒険者をやっていたようだし、あまり異能への偏見は無いのだろう。父とくっついたのが酷く謎だが。


「昔はあの人も、かっこよかったのよ。貴族になって、お金に目が眩んだのかしらね」


その心中に知ってから知らずか、母がそんな説明を唐突にした。なるほどと頷いてから、右腕を前に出した。


黒の魔力が可視化して、右腕のアームウォーマーに集まって行く。


肉体を完全に変質し切ったため、魔力の通りは前世とほぼ変わらない。久しぶりな為に多少ぎこちなくはあるが。


数秒でアームウォーマーから、バチバチと音を立てながら紅の稲妻が走り始めた。これは、剛性や弾性までもが変質する証だ。



さて、折角だからここで闇の異能について、説明するとしよう。


闇の異能は、二つの特殊な性質をもっている。それはもう、向こうの世界で言う「チート」というレベルだ。


一つは『変質』


今までやってきたように、物質の、剛性を、弾性を、形態を、質量を書き換える能力だ。これは、物質という制限がかかっていて、魔法などの現象相手には機能しない。


もう一つが『侵喰』


『取り込む』概念を持つ能力で、物質、現象を問わず、侵し、自身の力にするもの。

これは魔法や魔術ならば、魔力にして取り込み、物質ならば、変質を可能にする為に、侵喰をする。

魔法は簡単に取り込めるのに対して、物質は侵喰までにある程度の時間がかかる。生物なら、もっとかかってしまう。


だから僕の基本的な戦い方は、変質して強力になった肉体で直接叩く戦い方である。


因みに、光の異能は恐らく『創造』だ。魔王は光の剣を無数に出して戦っていたし、空を駆ける足場や盾も作っていた。


闇が二つの特徴がある為、光ももう一つの特徴があると思うのだが、細かくはよくわからない。こちらの侵喰が魔王には全く機能しなかったので、恐らくそれに対抗できるもう一つがあると思われる。そうだな、光だし、『浄化』みたいな物だろう。


紅の稲妻が収まると、アームウォーマーだったものが、肘から拳までを覆う漆黒の手甲(ガントレット)に変質していた。


前世からずっとお世話になっている武器(防具とも言える)だ。変質した手甲を覆う拳を握ると、僕は母に向けて言った。


「実は、結構戦える」


なんせ、勇者だったのだから。


母は不思議そうな顔で手甲を触る。異能を驚いた節は、稲妻が走り始めた一瞬だけで、すぐに順応したようだ。もしかしたら、僕が異能を持つことに気付いていたのかもしれない。ペタペタと手甲に触れながら、ふーむと唸った。


「初めて見る異能ね、アームウォーマーを手甲に変えてしまう異能なんて初めて。錬金かしら」


「いえ、錬金は金属や鉱石に対する異能です。錬金でも布から金属に変えるなんて事は出来ませんので、また別の異能かと」


元素から変えてしまっているのと同じだからね、闇の異常さが良くわかる。元素から作ってしまう光も同じく。


「そろそろ、行こ?」


別に教えてもいいが、説明が面倒臭いのでやめておく。僕は、変質した手甲の異能を解析しようと考え込んでいる2人を促した。


書斎を三回ノックすると、奥から低い声で誰何(すいか)が聞こえた。


「ネラ、です。少し、お時間を頂いてよろしいですか?」


「………入れ」


暫時の間があって、了承の声。僕は「失礼します」と、書斎へと入っていた。


書斎の席に着き、机で開いていた本を閉じて横に置き、こちらを男性が向いた。


橙の髪を後ろに纏めた、角張った厳つい顔をした男。…何年ぶりだろうか。そこに感慨深さは無く、ただ、彼が僕の父なのだと、それだけを感じた。


「単刀直入に申します。父上……いえ、パドレ様。私は、この家を出ます」


彼の顔には、感情が全くと言って良いほど感じられ無い。僕のポーカーフェイスは、あの男譲りなのかも知れない。


パドレは無表情のまま、僕を映していた瞳を動かし隣後ろにいたレイアを見た。


「……レイア、その姿は、其方もか?」


「はい、旦那様。申し訳ありませんが、今日で辞めさせていただきます」


そうか、と小さく頷くと、パドレは背もたれに体重を預けた。なんだか、酷く疲れているように見えた。


話に聞いていたパドレとは、何もかもが違っている。聞いた話では、傍若無人で、また短気だという話で、癇癪持ちだという話も聞いていた。


後ろに視線を向けるが、どうやらレイアも母も困惑しているようだった。


パドレが一つ息を吐いたので、視線を戻す。彼は背もたれに体重をかけ、上を見たまま言った。


「ひとつ、話をさせてくれないか、ネラ。お前は許さなくていいし、私も許してもらうつもりは無い」


「……?」


「あれからもう、10年以上になるか。私はな、1人になってようやく気がつくことが出来た。私がどれほど愚かだったのか」


ありていに言えば、寂しかったのだと、パドレは言った。そういえば、メイルもここ数年は彼と話していないらしい。そんな中で話せるのは、侍女くらいしかいないが、レイアみたいに主従を余り気にしないような人はそう居ないだろう。


「どうしてこんなことになったのか、考えたよ。私は、貴族に囚われすぎていた。何が何でも、貴族という面子を保たせることだけを考えていた。


そんなものよりも大事な物が、すぐ近くにあったというのにな」


手のひらで顔を覆い、自嘲するかのようにふっと笑うパドレ。この10年間、ずっとそれを考えていたのだろうか。でも、


「なぜ、今までそれを話さなかったのかしら」


僕が疑問に思ったことを、寂しそうに尋ねる母に、パドレはぐっと息を詰まらせるように唸った。冷や汗が一筋垂れるのが見えた。


「……勇気が、出なかったのだ。あそこまでやった私が、許される筈もない。だから、なにをどう言えば良いのか…分からなくてな。


……すまなかった」


ああ、と思った。どうやら、僕はやはり彼に似ている。ポーカーフェイスで、口下手で、小心者で。


「パドレ」


呼び掛けると、上を向いていた視線が、僕を捉えた。


「……なんだ、ネラ」


「やっぱり、貴方は私の親みたい」


パドレと僕は、良く似ている。多分、だからこそこの家に産まれたのだろう。


実のところ、僕はパドレにやられてきたことなんて殆ど覚えていないのだ。だから、許すも許さないも無い。衣食住の提供それだけで、僕は充分に幸せだった。国自体は不便で思う所もあるのだけど。


だから、後は2人に任せよう。僕はそれだけを言って、母を残してレイアを連れて部屋を出る――っと、


「もし償いたいと思うのなら………今度こそ、母様を大事にしてあげて、父様」


今度こそ、母様には幸せになってほしいから。部屋から出る直前にパドレに釘を刺しておいた。


「必ず」


その声を最後に、書斎への扉は完全に閉じた。

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