第4話【猫耳パーカーと母の本音】
試験だと思って大学行ったら明日が試験だったの図。
なお今日学校無いのに二時間もかかって行った上に定期が切れてるというあれ。
このドジというかうっかりはどうにかして治らないものかしら。
別れの時まであと少し!さあどんどん行きましょう。
あれからシャル達と別れた僕らは、昼食を適当なお店で摂った後、ちょっとレイアにお説教を頂いてカースス家の屋敷に帰ってきた。
「疲れた…」
身体は問題無いが、久しぶりに人が多いこともあって精神的に。
レイアに手伝ってもらい、着替えを済ませて真っ黒な衣装に戻った。
「お疲れ様です。ところでお嬢様、もう少しお時間戴いてもよろしいですか?」
「ん?」
まだ何かあるのだろうか。説教?
「いえ、それほど嫌そうな顔せずとも、説教ではありませんので安心して下さい」
え、顔出てたかな。このポーカーフェイスには自身があったのだが。僕は両手で自身の柔らかい頬をむにむにと潰した。
「10年以上見ていますから」
そりゃそうだろうけど、気付くものかなぁ。
「それはともかく、私も着替えて来ますので少々お待ちください」
「ん」
レイアが部屋を出て行くのを見届けた僕は、レイアから貰ったヒップバッグに旅の荷物を詰め込んでいく。
拡張だからこの鞄にも容量の限界があるはずだが、どの程度だろうと考えながら支度を進めていると、レイアが戻ってきた。
「お待たせしました。お嬢様。少々遅れましたが、誕生日おめでとうございます。それと旅立ちを祝い、これを贈らせていただきます」
後ろに隠していた手元をこちらに差し出すレイア。朱色のリボンが巻かれた大きな四角い箱が目の前にある。
きょとん、としてしまった。
「えっと……もう、沢山貰ってるよ?」
魔術書に、沢山の服と、今日買ってもらった旅における必需品。もう充分に、返しきれない程に貰っているというのに。
「これはまた別です。特にこれは…貴女に着てもらいたかったので」
着て貰いたい?また服だろうか。今まで貰った服とはまた違う?
「…開けても、良い?」
「勿論です」
許可を貰ったので、貰った箱をベッドに置き、リボンを解く。
慎重に白い箱の蓋を外すと、そこには黒い衣装が入っている。見ただけでも、今までの服とは全く違うのが分かった。
なんとも高級そうな臭いのする衣装に恐る恐る触れてみる。ふわふわとした感触で柔らかいのに、形が崩れることもなく、また頑丈そう。
「最高級の、記憶させた形状に再生することが出来る再生糸と呼ばれる特殊な糸で全て編まれた、それだけで大きな家が購入できるような布を使用しました」
なにそれ怖い。
今まで以上に慎重になりながら、箱から最高級を取り出す。手がひどくぶるぶると震える。
「勿論最高級なので、再生するにも関わらずその頑丈さは皮の鎧同等ですので安心して取り出してください」
そ、そそそそんなこと言われてもももも。
畳まれていた最高級を震えながら箱から出すことではらりとその全容が明らかになる。
ノースリーブにフードの着いた服。所謂ノースリーブパーカーと呼ばれる物だ。待ってましたとばかりに再開されるレイアの説明。
「ノースリーブを好んで着ていたので、ノースリーブはそのまま。本来、防寒用にも考えていましたので、その布は私が全力を出して防寒、防暖の術式を組ませていただきました。再生糸への影響は全くありません」
レイアさんが怖い。
「元々、旅に出るつもりなのは聞いていましたので、それに合わせて可愛らしい服のまま防御力を求めた結果、再生糸を使う事になりました。そのため、防寒防暖だけでなく、耐物、耐魔、耐刃に、いつでも使えるよう洗浄の術式も組み入れてあります」
……………………、…………………………………。
地の文でも真っ白になる程の最高級な衣装に、思わず目眩がする。
因みに僕は前世の時代から、ラストエリクサーはいつか使う日が来ると思って結局使わずに終わるタイプの人間だ。
何が言いたいかというと、大事にはするが着ないでずっと保管してそうだ。
「では、試着してみましょうか」
箱に綺麗に仕舞おうとした所、そんな台詞。
「ほ、ほら、勿体無いからもしもの時の為に取っておこうと思う」
「私が何のために苦労して沢山の術式を組んだと思ってるんですか」
まったくもう、とプリプリと怒りだすレイア。
「それに、もしもの時なんて大抵が唐突に起こるものです。着ている暇なんて無いでしょう」
つかつかと寄って来たレイアが、無視して仕舞おうとする僕の手からパーカーを奪い取った。ああ!破れる!
「ですから戦闘でも使えるように作ったと言ったではないですか。この程度で破れまかせんよ」
「でも、でももしもってことが…」
「下級とは言え一介の貴族が高価な物が苦手でどうするんですか…。そういえば、いつもの衣装もできるだけ装飾の無いものばかり着ていましたね」
貴族以前に僕は前世で超がつくような庶民でしてね?
レイアは高級品を雑に持ちながら、僕を立たせて着せてくる。怖すぎて僕はされるがまま、石の如く固まっている。
「そしてわざわざフードを着けた理由はちゃんとあるんですよ!」
僕の後ろに回ったレイアが、フードをいじりながらいつも冷静な彼女には珍しく、上機嫌で言う。
「勿論、頭を防備する理由もありますが、その他にその黒髪を目立たなくさせることと、なにより!」
ばっさぁ!と勢い良く僕にフードを被せた。レイアは被らせたままフードをちょこちょこ弄って、よし、と頷くと姿見を僕の正面に立たせた。
ぴょこん、と。頭から何か生えている。
正確には被ったフードから二つ、三角の物が生えている。
「……なに、これ?」
「猫耳ですっっ!!」
はい?
きょとんとして小首を傾げると、テンションの高いレイアはずいっと顔を近づけて力説する。
「猫耳ですよ猫耳!気分屋で身体の小さいお嬢様が、私はずっと猫みたいだと思っていました!」
え、なにその唐突な暴露は。そしていつもの冷静さはどこいった。
「そして無表情ながらもその可愛らしい容姿に、私は猫耳を着けさせてみたいと心の中でずーーっっと考えていました!」
「……それで?」
フードからぴょこんと生えている猫耳を触ってみる。すごいふわふわしていて柔らかい。病みつきになりそう。頭を揺らすと猫耳も一緒にぴこぴこと揺れた。
「どうにかして猫耳を定着させようかと考えたところ、高価で実用性の高い物ならばお嬢様も断れないだろう、と思いまして」
そのためだけに、ここまでの高価な物を使ってこのパーカーを仕立てたのかこの人は。
まったくもう。
「馬鹿」
僕の罵倒にレイアはゔっと唸って胸を押さえてたじろぐ。どうやら自覚はあったらしい。
非常に着心地が良い猫耳パーカーをしっかり着直して、ぎゅっとフードを深く被った。少し、顔を見せるのが恥ずかしい。
「でも、……ありがと。嬉しい」
一瞬の静寂。時計の針だけが響いて、暫し。驚いたように固まっているレイアを見て。フードの奥で酷く気恥ずかしくなった僕は、逃げるようにして部屋を飛び出した。
「母様と話してくるっ」
☆ ☆ ☆
まあ、この朱色の顔のままで母親の下に向かうわけにもいかないので、一先ず井戸に向かい、冷たい水を被った。
「あぁ……相変わらず」
他人に気持ちを伝えるのは苦手だ。それも含めて、人付き合いは非常に苦手だ。
もう日が沈みかけ、茜色の雲ひとつない空を見上げる。この国で見る空も、街も、これが最後だ。そして、ふと前世のことを思い出して、ぽつり。
「魔王。今お前は、何をしてる?」
また、平和を語っているのだろうか。
また、弱者に手を差し伸べるのだろうか。
また、理不尽にも悲しい顔をして乗り越えるのだろうか。
あの、悲しくも強い、魔王に似合わない煌めきを持って、今も戦っているのだろうか。弱者の為に、平和のために。
「……馬鹿」
他人を助けたって、なんの意味もないというのに。
そして、そんな彼と一緒に旅をしたいと思う僕は、多分彼よりもずっとずっと。
「馬鹿だ」
もう一度水を顔に浴びて、気持ちを切り替える。そろそろ母に会いに行こう。
基本的に母は、自室に籠って仕事をしている。今日もそれに違いは無いだろう。
母の自室に辿り着いた僕は、コンコンコン、と自室に繋がる扉を3回ノック。
「母様、入っても?」
「ええ。……どうぞ、ネラ」
静かな口調で、母は僕を招き入れた。
「……母様」
少し悲しそうに見える母に、僕は話をするのを躊躇ってしまった。今まで僕を守ってくれたのは、育ててくれたのは、産んでくれたのは、他でも無い彼女だ。
怖気付いてしまって動けない僕に、母は静かに笑った。それは、僕が言おうとしていることを察しているかのように見えた。
「髪、伸びたわね。切ってあげようか」
「…ん、お願い」
これから旅をするにあたって、確かにこの腰まである長い髪は邪魔だろう。猫耳パーカーもあるし。
この国から出るという切り替えにも良い。そう判断した僕は、薦められた椅子に座った。
侍女に持って来て貰ったハサミと、髪が体に付かない為のカバー、てるてる坊主みたいな布、もといカットクロスを被せた。
「どの程度の長さが良い?」
「肩にちょっとかかるくらい」
そのくらいが一番、丁度良いだろう。女の子の髪の長さを保ちつつ、旅やフードをかぶるのに邪魔にならない長さ。
「ばっさり切るのね。…わかったわ」
母は後ろに椅子を置いて座ると、髪を梳き始めた。母は元男の僕と違って、手慣れている。自分がやるよりもずっと心地よかった。
ちょき、ちょきと。髪を切る音だけが、母の部屋に響く。母も僕も、あれから、声一つ発していない。
母は、何を言うだろう。
ダメだ、と言うだろうか。さっさと出てけとぞんざいに扱うだろうか。
そんなことは無い、と断言できる。彼女は、僕を愛している。多分。恐らく。…きっと。自信なくなってきた。
いやしかし、少なくとも嫌っては居ないだろう。一週間に一回はほぼ絶対に僕の部屋に来て話している。レイアからは、小さな頃、僕を必死で守っていたと聞き及んでいる。
そんな彼女は、僕がこの家を、この国を出るといって、なんて言うだろうか。
「ごめんなさい、ネラ」
そう、多分、こうやって言うのだろう。彼女に罪なんて無いのに。
「………」
黙り込む僕に、母は話を続けた。
「貴女をこんな目に合わせてしまって。不自由な思いをさせてしまって。ごめんなさい」
「…親不孝な子供で、ごめん」
先程の辛そうな顔をしているのかと考えたら、無意識にそんなことを口走っていた。
自分が産まれたせいで、この家族は嫌な雰囲気になってしまった。自分が産まれなければ、母がこんな顔をすることも無かっただろう。梳く櫛から、母が震えているのが読み取れた。
「そんな……っ…貴女は、悪く無いの。何一つ、貴女はただ、生まれてきただけなのに。謝る必要なんてっ無いのに…!」
「私は、黒髪だから」
記憶と力を全くそのまま受け継いで、身体に入ったせいで、恐らくこの体は変質した。母メイルと、父パドレが作った器は、僕の魂が変質させて、本来産まれてくるはずだった身体とは全く変わってしまったのだろう。
だからこれは、僕のせいなのだ。僕が転生なんて望まなければ、こんなことにはならなかったかもしれないのだ。
「私が、2人の仲を壊してしまった」
「……私は、浮気なんてしてないわ」
「うん」
鼻を啜りながらも断固とした口調で言う母に、僕は肯定する。
知っている。彼女が確かに、パドレを愛していたことを。
「私は、変な病気も持ってないっ」
「うん」
「……私とパドレの関係は、貴女が生まれてきたから壊れた」
「……うん」
自分で思っていたのと、他人から言われることは、同じ想いだとしても衝撃が強い。僕は遅れながらも頷く。
「なんでこうなったの…っどうしてあの人は、そんな事言うの…っ!?貴女が、貴女さえ産まれてこなければぁっ…!」
母の悲痛な訴えに、僕は何も言うことが出来ずに唇を噛む。
ぱつん、と髪を切る音が一つ、大きく聞こえ。
ふわりと、母は僕を抱きしめた。
「かあさま…?服に、髪が…」
「そんなこと…っそんなこと言えるわけないじゃない!私はパドレを愛してる!でも、それと同じくらい、私は貴女を、ネラを愛してる!例え黒髪でも、確かに貴女は、私とパドレが育み、お腹を痛めて産まれて来た!そんな貴女を、っどうやって…恨めって言うのよ……」
「……うん」
ああ、僕は本当に恵まれている。
でもそれを、僕は自分から捨てる。前世だってそうだった。確かな親からの愛情を、僕は今も昔も、ドブに捨てるんだ。
「ごめんなさい」
でも前世とは違う。今世では、恐らく僕が自由に生きる上で、この国を出る必要がある。
ただドブに捨てることは絶対にしない。そんなのは、前世だけで充分だ。でもその上でこの別れは、避けられない。
「それと、ありがとう」
だから、前を向こう。いつまでも前世に囚われて動かないわけには行かないのだ。