第28話【料理とデカラビ】
あけましておめでとうございます(2月)
本当なら1月入って直ぐに更新するつもりだったんですけど、なんだかんだ延びました。
それと魔力探知について補足。ちょっと長いですし読み飛ばしても問題はないです。
ネラは9話において「魔法使いなら誰でも魔力を見ることが出来る」と言っています。
「物理的に目で見ることで、励起された魔力量を測ることが出来る」のが魔力を操る者の大半が可能な事で、
魔力探知とは、「周囲の励起された魔力の量と質を探知する」という魔術です。
測れるモノは探知魔術の方が大きいですが、質を視れたところで基本的に意味はないので、大きな違いは探知範囲の違いですね。
魔力を見る「魔力視」の探知範囲は視界に入るものに限定されます。
探知魔術の探知範囲は術式に寄ります。例えば一般的に売られているものであれば、術者を中心に半径50mが精々、シーナならば200m。ルーン魔術なら単一のルーンで500mといった所。
とはいえウーヴェ程の実力者となると、魔力ではなく気配を感じ取れるので実はあまり需要が高くはありません。当然あった方が便利ですが、魔術に手を出す手間に見合うかは微妙な所ですね。
ちなみに竜の探知能力は、魔術に頼らずとも探知魔術と同等のモノを持っています。
「ところで良い匂いがするんだが、なんだ?」
水を一気飲みしたバルツが、食堂の奥に目をやりながら鼻を動かした。
「折角食堂借りられたからね。久し振りに料理でもしようかなって」
シーナがそれに答えると、バルツの横に居たリューが納得したように頷いた。
「その匂いでしたか。美味しそうな匂いにお腹がすいてきました。そして遅くなりましたがおはようございます、ネラさん」
「おはよう、リュー。それとバルツ」
「おう、おはようさん。こんな事に駆り出して悪いなネラちゃん」
「私から参加したから、問題無い」
「そうなのか?てっきりシーナに無理やり付き合わされたのかと」
「私だって迷惑の度合いは考えるよ!?」
バルツの言葉に、シーナが強く否定をする。バルツはじとっとした目を向けた。
「俺らの迷惑は考えないのな」
「だってリューとバルツだしねぇ」
「軽んじられてないか!」
「……信頼されてると思えばいい」
鍋をかき混ぜながら、僕は呟く。気の置けない仲間、という奴なのだろう。欲しくても中々手に入れられるものではない。
「───ところで、ネラさんも料理を手伝っているのですね」
「あ、そうそう、そうなのよ!この料理のキッカケはネラちゃんでね、教えて欲しいって頼まれちゃったの!」
「ん」
実は料理に関しては喚ばれる前から興味があったことではあったのだ。結局行動に移すことはなかったが、折角もう一回人生を貰えたのだ、興味があるものは手を付けていこうと考えていた。
とはいえ料理本、なんて本はこの世界で殆ど見つからないし、どうしたものかと思っていたのだが、シーナが出来るというので教えてもらっていたのだ。
「ネラちゃんが頑張らなくても私がいつまでも作ってあげるのに」
「それは困る」
自分が、自分の意志で試してみたいと思ったことなのだ。シーナの溢れる愛情は嬉しいが、その溢れる愛情は教えることに使って欲しい。最終的にはその愛情に返せるような料理が作れるようになればいいなと思っている。
「ネラちゃんのご飯を食べて生きていくのも悪くないかもしれない…」
「それはそれで俺らが困るんだが」
「わかってるよう。放りっぱなしにはしないよ。私が提案したチームだしね」
はぁ、と複雑そうなため息を吐いて、シーナは猫耳フードを後ろから弄っていた。気に入ったらしい。
…………。
「───気になったんだけど、いい?」
「うん?なぁに、ネラちゃん」
「お世辞ならそれでもいいんだけど、そんなに私が欲しいのに、チームには誘わないんだね」
どちらも取る方法はあるのだ。何処までが本気かは分からないが、彼女は僕がほしくて、でもチームの彼らとも別れ難い。なら、僕がチームに入ればどちらとも一緒に居られる筈で。
「だって、ネラちゃん絶対に了承しないでしょう?」
僕の質問になんともなしに答えたシーナ。それは確信を持った返答であった。そして、それは事実でもある。
「ん」
いやはや。本当に心を読むのが上手い人だ。そういう異能でも持ってるのだろうか。
リューとバルツは訝しげな顔をしてはいるが、それを聞こうとはしてこなかった。あまり踏み込むべきではないと思ったのだろう。
───単純な話だ。少なくとも今、僕が最優先にしているのは魔王との再会だ。既に手掛かりはあるために、それほど焦ってはいないけれど。僕は魔王との旅を夢見ている。再会して、彼がどう行動するのかは分からないが……そう出来ればいいな、と考えているのだ。
その際。言い方は悪いが、他人が邪魔なのだ。僕と魔王には強い繋がりがあり、そしてその繋がりは誰かに話せるようなものでは無い。
「それはそれとして、ネラちゃん、鍋はそれで完成だよ。ご飯にしようか」
「わかった」
☆☆☆
「美味しかった、サンキューネラちゃん」
「ありがとうございました、ネラさん」
「お粗末様でした、もっと美味しく作れるよう頑張る」
作れた料理は可もなく不可もなく、といったところ。シーナが言うところは初めてなら十二分という話だ。とはいえ、時間も無いのでそんなに凝ったものでも無い、簡単なものだ。
「さて、ネラちゃんの手料理で心も体も満たしたところで、今日の人助けの作戦を伝えるよ」
ぱしんと柏手を打ちそう言ったシーナはしかし、食事をした時と比べて気分が沈んでいるようだった。はぁ、と小さく溜息を吐くシーナ。そんなシーナを見て、リューは首を傾げた。
「それで、どうしてそんな溜息を?」
「今のシーナの事だ、多分ネラちゃんの事だろ」
それ以外に無いだろうと確信を持ったようにテーブルに頬杖をついてバルツが言う。シーナはそれに「うー」と唸って答えた。
「範囲が割と広いから、二手に分けようとしたのよ」
「つまり、戦力を分散しようとした結果、分かれることになったということですか」
なるほど、と納得して頷くリュー。シーナはうなだれたまま唸り声を上げる。
「うー」
「私は問題無い」
「うー!」
否定はせずに幼児退行したように唸るだけのシーナ。バルツの推測が正しいようだった。バルツはやっぱりか、と呆れた目をしながら、挙手しながら口を開く。
「じゃ、俺がネラと行くわ。リュー、こいつを頼むな」
「あっ…!貧乏くじですか……仕方ありません」
このシーナの相手をしたくない、と思ったのだろうか。真っ先に僕を指名したバルツに、リューは溜息を吐いて了承する。
すると、テーブルの上に上半身の体重を乗せて唸っていたシーナはぴたりと動きを止め、腕だけを動かして羊皮紙を取り出した。
「村の地図は教えてもらった。回るルートは決めてあるから、これに従って。何かあれば空に向けて魔法を撃って知らせるね。ネラちゃんも似たようなことはできる?」
「できる」
「うん。それじゃそっちでのその役目はネラちゃんに任せる。一応用心の為に二人一組で動いてね。バルツはきちんとネラちゃん守るんだよ」
「おう、そのつもりだ。っても、ネラの方が強いからなあ」
「よろしく、バルツ。……それと、シーナ、コレ」
僕は、昨日のうちに作っておいた黒い魔術石をシーナに渡す。ドッグタグサイズに平べったい板の形状に成型してある。テーブルに潰れていた彼女の上半身が起き上がり、いろんな角度からそれを眺めた。
「これは?」
「電話───えっと、遠方に言葉を届かせる魔術を入れてある。それがあれば、わざわざ魔法を飛ばす必要はない」
向こうの世界でいう通信端末だ。ペアとして作成してあり、これとほぼ同じものを僕が持っている。魔術石の解説を聞いて、シーナは目を見開いて魔術石をまじまじと見た。
「伝令の魔術……。アレって複雑過ぎてどうしても装置が巨大化するんだけど───そっか、ルーン」
「うん。あげるから、コレも秘密。魔力を込めてくれれば私に伝わるから、活用して」
仕組みは単純。コミュニケーションや情報を意味するアンサズで、送受の限定化と所持者への伝達。運ぶ事を意味するライドを使って言葉だけという限定化された情報を運ぶというものだ。
魔力量の調整や送ることだけではなく、受信までアンサズが一手に担っているため、受け取る側も魔術石を持っていないと役に立たない代物だ。因みに、魔力に関しては一度開通させれば1分保つ。それ以上続けたいならその都度魔力を消費するが、消費するのは送信者側だけ。公衆電話みたいなものだと作っていて思わなくもなかった。
☆☆☆
赤星に照らされた畑を、バルツと二人で回っていく。
バルツと二人きりになるのは初めてだ。彼らと出会ってから基本、僕はシーナと一緒に居たから。
改めて、僕の前を歩きながら警戒するバルツを見る。
齢13の女の子である僕の身体と比べて、ほんの少しだけ高いだけの身長。シーナよりも低い。
童顔の彼はその上、目付きも悪く口調も荒い。ぱっと見では大人に憧れる子供といった様相だ。
しかし、その実彼はシーナを止めるストッパー役であり、常識人だ。リューはリーダーらしく矢面に出るものの、シーナの行動は苦笑いするだけで止めることはほぼ無い、というのが僕の認識だ。
僕と同じく珍しい黒髪を持つ少年に懐かしさを感じながら、僕は「バルツ」と呼びかけた。
「どうした?」
「あなたは、シーナの事、好き?」
「───は?」
異性間の友情、というものを否定するわけじゃない。というより肯定している僕であるが、それでもシーナに何も感じないなんて事は無いだろう、と思うのだ。
「色んなところで頼りになるし、強くて、優しくて、可愛くて、料理もできる。私から見てシーナは凄く魅力的な女の子だと思う。そんな子と一緒に居れば、好きになってもおかしくない、と思う」
おっぱいも結構ある、と僕。非常に大きいわけじゃないが、あの暖かさと安心感は正直言えば離れ難くなるレベルである。
「いや、まあな。たしかにアイツはお前の言う通り魅力的だよ。シーナ以上に魅力的なヤツを俺はまだ見たことは無い」
けどなぁ、とバルツは遠い目をして星を見た。
「どちらかというと、姉みたいな感覚なんだよな、俺にとっては」
勿論、ソウイウ気持ちがないとは言わないが、とバルツ。
「まあ、そんな感じだ。恋愛の話がしたいのなら、俺じゃなくてリューに言うべきだったな」
「…そうなの?」
「アイツは確実にシーナが好きだよ。俺も応援してるんだが…シーナはなあ」
あんなだから、と言葉を濁す。すごく魅力的なシーナだが、彼女はいつも一緒に居る彼らに対しては良き仲間としか思っていない風だった。
「気付かなかった」
リューがシーナを好き。思い返しても、そんな素振りは見えなかった。いつも彼は彼女のする事に対して苦笑いを返すだけ。アレは惚れた弱みだったのだろうか。
……あれ、そうすると。
「リューは表面取り繕うの上手いからな。交渉事なんかは基本アイツの仕事で、だからこそリーダーやってるんだ。んで、そういうわけだから、リューにとってお前は恋敵だということだ」
「…………」
あの苦笑いの下に、僕に対して苦い感情を持って居るという可能性を知って、胸が重くなった。
少し俯くと、バルツはははと笑って僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「冗談だ。そんな重く考える必要は無いさ。シーナは良い女だから言い寄られることは多いし、逆にアイツは可愛いもの好きだからお前みたいな女の子に言い寄ることもよくあることだ。だからといってそこから先に行った試しもないし、リューもそんなに重く考えては無いだろうよ」
「それなら、良いんだけど…」
純粋な興味から話し始めた事だったが、なんだか僕の胸にしこりを残す事となった。本当、ヒトは難しい。
それからしばらくして、僕の通信端末となった魔術石に連絡が届いた。
『えーっと、これでいいのかな。ネラちゃん聞こえる?』
「聞こえる。どうしたの?」
切迫した声色では無い、シーナの柔らかな声が、掌に乗せた長方形から耳に届く。その声に驚いたバルツが、物珍しそうに端末を覗き込んでいた。
『あ、凄い。良く聞こえる。ネラちゃん無事?問題なかった?バルツこき使ってる?』
ほとんどノイズも無い。一応一度実験はしていたが、どうやら通信に問題は無さそうだった。折角なので、物珍しそうなバルツに通信を任せてみる。
「ようシーナ。こっちは一面の畑ばかりで何も出てきてねぇぜ」
『なんでバルツが返事してるの?まあいいや、了解。こっちに一匹デカラビは出たけど、なんの問題もなく処理できたよ。ただ、被害を聞くにまだ居ると思うから、もう少し見回りを続けよう』
「オーケー。デカラビの処理はどうするんだ?」
『リューが血抜きしてるよ。デカラビの肉は悪く無いし、折角だから村の人達に任せようと思って』
一度血抜きの為に川に晒し、見回りが終わったら、取りに行くようだ。
「んじゃ出たらこっちもそうするか。了解」
『じゃあ、通信を切るね。バルツ、ネラちゃんよろしく。ネラちゃん、気をつけて』
「あいよ」
「うん、そっちも気をつけて」
そんなやりとりをして、魔力の繋がりが途切れる感覚を覚えた。これで通信は切れたのだろう。
「はー、お前の魔術はスゲェな」
「うん、凄い。有難い事に」
本当に。何も持たない僕にとって非常に大事な借り物だった。
それからさらに暫くして、空が明るくなり始めた頃のことだった。
「こっちにも出たな」
「うん、二匹」
もそもそと畑に現れたデカラビを、背を低くして気付かれないようにしながら背後を取るように近付いた。
デカラビ。普通にしていても僕の身長程もあるサイズの兎。地球に存在する兎は小さく可愛らしい愛玩動物だったが、形状はほぼ変わらないのにサイズの違いだけでも恐ろしいケモノに印象が傾く。
「片方、任せても?」
「いや、悪い。正直即死させられる気がしない」
「ん」
あの巨体であると、彼の持つククリナイフだと一突きは厳しいか。デカラビは臆病な為、傷付けられればすぐさま逃げられてしまうだろう。
「武器を貸して」
「それはいいが、どうするんだ?」
なんの躊躇もなく主力のククリナイフを渡して来る無防備な彼に不安を覚えながら、ぼくはナイフの刀身に魔力を込めた指を滑らした。
「こうする。《欠乏》」
ナウシズのルーン。忍耐や欠乏を表すナウシズは、対象者の「力を欠乏」させる魔術となる。今回であれば対象は兎、その逃げ足…筋力を奪う魔術だ。
「これで刺せば、一時的に相手を逃げられないようにした。あとは殺すだけ」
「えげつねぇ…」
僕はルーンの魔術が染み込んだククリナイフをバルツに返す。バルツはそれを恐々としながら受け取っていた。
できればバルツに身体強化をかけたいが、ウルズの魔術は直接身体に付与するのは少々危険なので諦める事にした。身体強化さえできれば、身体強化を強化は出来たのだが。
「それじゃあ、一人一匹。兎の皮と肉はお金になる。あまり傷付けないように」
「ああ、任せろ」
筋力を奪うということは攻撃さえほぼ出来ないということだ。不意に突き刺しさえすれば勝ったも同然だろう。
僕は僕で、ルーンの魔術石をポーチから取り出す。叩き潰してしまうと勿体ないから、魔術で倒す。
「そっちのタイミングでいい」
「3つ数える。ゼロで飛び出すぞ」
「了解」
3、とバルツがカウントを始める。
2で僕は兎との距離を計算し。
1で二人揃って脚に力を込めた。
「ゼロ!」
同時に二人、地を蹴った。
僕とバルツ、どちらも相手の兎との距離はほぼ変わらない。しかし、兎の元にたどり着いたのは僕が先だ。
兎が耳を動かして、僕の存在に気付く──そんな間は存在しない。
「《氷》」
使う魔術は使い慣れたイサのルーン。兎に向けて翳した魔術石が一瞬で氷の弾丸を生成し、放たれた。
氷で出来た弾丸は、吸い込まれるように兎の頭に入り込み、何の抵抗も無く貫いた。大きな頭に小さな風穴が開く。兎はびくんと身体を痙攣させ、そのままその命を散らすのだった。
僕はそれを見届けると、バルツの方に視線を向ける。丁度、バルツのククリナイフが逃げる兎に突き立つ所だった。
しかし、即死するようなダメージでは無い。兎は悲鳴を漏らし、そのまま逃げようとする。しかし。
がくん、と蹴ろうとした足から力が抜けて、兎は無様に地面を転がった。ニイドのルーンの効果だ。問題無く機能したようだった。
バルツはそんな兎を見て一瞬呆け、ハッとしたように兎に近寄ってトドメを刺す。それからこっちを見るので、僕は小さく手を振って返した。
☆☆☆
「───んで、その肉は村に置いてきちまったのか?」
話を聞いて、声をあげたのは強面悪人面のオッツォ。それに返事をしたのはシーナとリューだ。
「朝に少し焼いたのを貰ったけどね。その分の報酬は出てるから損はしてないよ」
「保存食として持ち歩くにも時間がかかりますからね、これで良かったのでしょう」
おばあさんから村長に引き継がれたデカラビ被害の依頼を報告し、肉の報酬も含めて貰った僕らは筋肉オバケ達と合流していた。再び本来の目的であるミズグットへの護送任務に戻り、竜車の移動を始めているところだ。
「まあ、まだまだ先は長いんじゃ。休めるときに休めておくんじゃぞ。ましてやネラ、お主は戦力としては十二分じゃろうが、旅慣れはしてなかろう?あまり無茶はするんじゃないぞ」
「はーい」
竜車を繰る筋肉オバケからお小言を戴き、この話は終わるのだった。
そうして、一晩身体を休めた僕らは、護送任務を再開した。
最近、 少し前に流行ったARKやってます。スマホ版ですけど。めっちゃ楽しい。
しかし高スペックパソコンでやりたい…




