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第26話【異変】


「それは確かにおかしいけれど……だからって、私達は依頼の遂行中よ?」


ティルダが、まさか依頼を投げ出して調べるつもりかと諌めると、リューは悔しげに顔をわずかに歪め、首を横に振った。


「いえ、調べに行こう、とは言っていません。出来るならば調べたいですが、確かに私達は依頼中ですからね」


ただ、とリューは森の方を見る。


「まだまだこの森は先まで続いています。あるいは、似たような事が起きるかもしれない、と思っただけです」


「……確かに、ね」


ティルダが頷いて考え込む。そんな話を聞きながら、僕は魔術での索敵範囲を広げていたのだが──


「ネラちゃん、何か見えた?」


「ん。少なくとも、この周辺には特に何も感じない」


シーナの質問に、僕は首を横に振る。移動中だとこれが限界だ。現状、下手にルーンを書き込むと竜が暴れかねない。


「となると、奥の方かな。そうなるとちょっと異常があるから調べてみる、というのは出来ないね」


広大な森である。異変を調べるには、数日をかけることになるだろうし、その為の大義名分が依頼を受けて護送している身には無い。ちょっと森から出てきた魔物を倒した、なんてのは根拠にもならない。


「筋肉オバケ」


「悪いの。確かに気になる部分はある。が、最優先はこっちじゃ。このまま背に乗っけておる此奴を放置するわけにもいかぬ」


護送でなければ調べるのも吝かではなかったがの、と筋肉オバケは言う。


「じゃから、調べるとしても護送した後じゃ。この依頼を終えた後に調べに来よう」


「……そうですか」


不安そうに、リューは森を見る。鬱蒼とした森は太陽からの光を拒み、視界から得られる情報は少ない。


皆一様に不安を覚えながら、森の外側を竜車が走る。進行速度もいくらか上がっているようだった。


──死ぬ可能性が高いのにも関わらず、魔獣達が森の外側を走っている僕達を襲った理由。


直ぐに思い浮かぶのは、縄張り争い。縄張り争いに負けたグループが、この森での生活が出来なくなり、森以外に目を向けた可能性だ。


んー、と唸る。僕程度の頭では限界がある。僕は思考を止め深く息を吐く。すると、ふんわりとシーナが抱きしめてきて、周りのみんなに言った。


「まあ、あまり気にしてても仕方ないよ。周囲の探索は私たちが出来るから、急に襲われる事はないと思うし」


「一先ず、ここから一番近い街のギルドに報告を上げておく。何人か派遣される事となるじゃろう。今のワシたちに出来るのはそこまでじゃよ」


「……はい。出来るだけ急げますか?」


「うむ。急ぐものでも無かった故に、ゆっくり進めておったが。そうさな、少し早めるとしよう」


「お願いします」


リューの言葉に頷いた筋肉オバケは、竜車の速度を更に早める。真剣なリューの顔に、竜車に乗る皆が警戒を強めるのだった。


☆☆☆



「結局、ほとんど何も出てこなかったねー」


「探知にも魔物が数匹引っかかっただけ」


それから数時間を経て、僕らは森から離れていた。シーナの言葉通り、あれ以降は特に魔物が飛び出すこともなく、森の中に多少の魔物の陰が見えた程度だった。


「杞憂だったのでしょうか」


リューが不安そうに、だいぶ離れて小さくなった森を見つめて言った。


「ま、警戒するのは悪いことじゃねぇ。慢心したばっかりに弱いと思ってた魔物に殺される、なんてのは冒険者なら日常茶飯事だ」


慰めるようにオッツォが言う。リューはこくりと頷いて溜息を吐いて


「────!?」


僕は、荷台の外に目をやった。


「ネラちゃん?」


探知のルーン魔術が反応する。森からは離れ、いくつかの木々が点在するだけのこの場所に。


「筋肉オバケ、止まってくれる?戦える人は準備をお願い」


「了解じゃ」


「どうしたんですか?」


「──ココにあるものと、同じようなやつがいる」


筋肉オバケがゆっくりと速度を落とす中、僕はリューの質問に対して荷台の棺桶に手を乗せて答えた。


「キリエルさんが名付けた、新種の魔物ね?それと同個体が、こんな所に…?」


「一体?」


「ん」


はぐれの一体、いや、前の森でもそうだったから、これらはそもそも群れないと見ていいのだろう。


濁った、嫌な臭いが鼻についた。



馬車の護衛をオッツォとティルダに任せ、僕と筋肉オバケ、そしてシーナ達と共に探知した場所に駆ける。


「……なに、これ?」


探知圏内に入ったのだろう、シーナが探知の先にある物へ目を向けて、顔をしかめる。


シーナの探知がどんなものなのかは謎だが、基本的に探知魔術は「魔力」を探知するものだ。


僕の場合、魔力は「色」で表される。存在によって魔力の色は違い、基本的に1人につき一色だ。魔力量は励起している量が多い程に色が濃くなっていくようだ。ちなみにこれで僕を見ると真っ黒である。魔王は白。白が濃くなっても白で、黒もいくら濃くなっても黒なのだろう。魔力量は測れなかった。


そして、目の前。暫し駆けた先で、ようやく誰でも形状が視認できる距離。キリエルが竜人(ドラゴニュート)と名付けた存在と、同個体。


「のう、ネラ。お主はアレを竜人と同個体だと?」


「魔力的な異常がそっくり」


この中で唯一、竜人と出会った事のある筋肉オバケが、目の前の存在を見て顔を歪めながら尋ねるのを、僕は肯定した。


竜人、とキリエルは見た目から名付けたが、目の前に居るこの存在は、どう見ても同じ存在には見えない。


確かにシルエットのように真っ黒な身体と、紅く光る眼光は同じだ。だが、その形状がまるで違う。


「こいつは……。魔物、とすら言っていいのかわかんねぇな」


「怪物、というのが一番近そうです、ね」


バルツとリューが、油断なく武器を構えながら言葉を紡ぐ。見たこともない異形に、彼らは僅かに怯えている。



異形、だ。


獣の右足、樹木のような左足。身体は右足の獣が元のようだが、右腕あるいは右の前足は、小さな片翼が生える。左腕は左足に似た樹木のような形状を生やしているが、右腕とは逆に不自然に長い。その姿で二足で立つ。眼と思しき紅い光は、体躯よりも異様に小さな頭部に一つ、胴に一つ。竜人と出会ってなければ、それが眼だという事にすら気付けなかっただろう。


更に、その異形は、3メートル近い巨躯を持っていた。


決して原生生物でも、そこから変化した魔物とも言えない。生物として非効率的に過ぎるその姿は、どう見ても自然の存在とは思えない。


魔術で視える奴の魔力の色はぐちゃぐちゃだ。点々と複数の色が在るのが見えるが、一部は中途半端に混ざり、醜い色と成り果てていた。


クトゥルフ神話かよ、と1人ごちる。その異形は冒涜的とすら言え、精神に異常を来たしそうな様相だ。


幸いと言うべきか、現状、その異形は何をするでもなく、その不自然な身体で2足立ちしているだけ。


僕らがその姿に衝撃を受けてから回復するまで、奴は微動だにすらしなかった。


「見てるだけで不安になってこない…?」


シーナが顔を青くして僕の背中に隠れるように動く。不気味すぎるからね、僕もあまり見たくない。


ただ、何もしてこないだけにこのまま手を出すのも憚られる。あまり見たくもないので、もしも明確な敵対を示すようなら一瞬で封殺できる準備はしているのだが。


いつでも魔術を使えるように準備し、身体強化も制御出来る最大限に。存在そのものが不自然過ぎるので、何が起こっても対処できるように。鞄のポケットから取り出したいくつかの魔術石を握りしめた。


「……近づくぞ」


筋肉オバケの合図に、驚愕に足を止めていた皆が頷きを返してゆっくりと異形へと近づいて行く。


筋肉オバケもシーナも身体強化を発動させている。竜人は魔力の励起だけで反応してきたが、今のところあの異形にその様子は無い。


異形との距離は5メートルと言ったところか。


一歩、それ以上近付こうとした所。ふぉん、と。風を切る音と共に。


「《防御(eihwaz)》」


それを、周りの人達が皆守れるサイズの障壁を創り出して僕が受け止めた。


触手──いや、やはり樹木か。異形が移動はしないまま、樹木の腕を伸ばす。鞭のように襲いかかってきたしなる樹木は、強かに障壁を打った。まるで雷が落ちてきたかの如き激突音。障壁は撓み、その衝撃の強さを教えてくれる。


それから数度の雷が鳴り響く。障壁は撓むものの、破壊される事なく樹木の鞭から皆を守り切った。皆を範囲に入れるために障壁を広げた代わりに多少耐久力は落ちているが、これなら問題なく耐えられるらしい。効果が無いと認識したのか、異形は伸ばされた樹木の腕を引き戻す。


安堵する間もなく。


「避けて」


槍の様に放たれた樹木が、ルーンの障壁を貫いた。


発動者だと認識したのか、僕目掛けて突き進んできた樹木を僕は大きく避ける。それと同時に、手の中に握ったエイワズのルーンが込められた魔術石が破砕。粉々になって霧散する。


一歩遅れるように、貫かれた障壁が消え去った。


それとほぼ同時に、樹木の突きを回避したシーナと筋肉オバケが動き出す。身体強化をした彼らが異形へ向かっていくのを確認した僕は、引き戻されそうになる樹木に対して、足を一歩引いて地面に縦線を描く。


こういう所でも描きやすいよう、ピンヒールとまではいかずとも細い踵を用意しようかな、なんて考えながら。


「《行かせない(isa)》」


言葉に乗せて、ルーンを発動。地面から迫り上がる円錐状の氷が樹木に突き刺さる。そこを中心に、急激に樹木が凍りついていった。


左腕と思しき樹木は完全に固定した。腕を切り離す、と言った動作をしない限りはもうこの腕は使えないだろう。


遅れてシーナたちに続こうと駆けようとしたリューとバルツを引き留める。


「お留守番。この腕を見てて」


「だ……!ぐ…」


「……そう、ですね。今のまま私たちが行っても足手まといになるだけみたいです」


聞き分けが良くて助かる。バルツは悔しげに歯を食いしばり、何かを言おうとしたのを必死に止めた。リューも悔しそうにするものの、バルツの肩に手を乗せた。


初撃の樹木の鞭。あの時点で、彼らはもう反応できていなかった。突きなんてシーナ達が動き出したのを見てようやく気付いた程。なるほど、身体強化の価値がどれほどなのか分かる話だった。


その場を2人に任せ、僕も前線に加わろうと歩き出す。


今、異形は樹木の左足を軸に、獣の右脚を振るっている。骨なんてないかの様に縦横無尽だ。


だが、流石に右足だけでは限界がある。シーナ達2人がかりで掛かっても倒しきれないようだが、着実に怪我は増えている。不思議な事に血は通ってる様で、赤が飛び散るのが見えた。


「ネラちゃーん!炎、炎使って!私火の魔法苦手なの!」


「ワシもじゃ」


「なんでダブってるの」


樹木なんだから燃やせばいいだろうに、と思っていたのだが、そういうことらしい。竜車の中で指先に火を灯したあの程度は使えて当然らしいが、樹木を燃やす火力となると厳しいらしい。


さて、樹木と言えば根を張るのが特徴だ。深く深く、広く広く、根を張り、エネルギーを吸収する。


あの左足はどうやらその役目を負っている様で、探知で見ると大分深く根を張ってるらしい。おそらく、倒しきれないのはそういうことなのだろう。


ところで、僕には火のルーンはある。カノのルーンだ。ただ、あくまで火のルーンであるカノは、火力という点ではそこまで強力なわけではない。


「筋肉オバケ、この石をそいつに詰めて」


「埋め込めと!?この気持ち悪いの相手に!?」


僕は一つの魔術石を筋肉オバケに投げ渡す。危なげなくキャッチした筋肉オバケは、僕の言葉に嫌そうに叫んだ。まあ、僕も正直触りたくない。


普通に近くで発動させても良いんだけど、何かあった時のために塵も残さず焼却したい。その為の埋め込みだ。情報も消し炭になるけど、ちょっとその姿を見ていたくないのもある。竜人と仕組みは一緒だから大丈夫だと信じよう。


「詰め込めたら奴から離れて」


「詰めたぞ!」


「逃げるね!」


傷口から本体に素手で詰めた筋肉オバケに感激しつつ、駄目押しとばかりにシーナが杖で突いてさらに深く埋め込む。それを見届けた2人は僕の下まで逃げてきた。


それを確認し、僕は唱える。


「《太陽(sowelu)》」


カノとは、あくまで火のルーンであり「火」としての域を出ることはできない。勿論、火を大量に重ねがけすれば炎になり、大火になる。が、それは火の量が増えるだけで、火力が上がると一概に言いづらい。


今回使ったルーンは、ソウェイル。太陽や勝利を意味するこのルーンは、当然ながらカノとは隔絶した熱量を持ち、火力は申し分無し。純粋な火力で言えば、僕の使えるルーンの中でも最大のルーンだ。


ソウェイルの魔術が発動する。


異形の体内で膨れ上がった灼熱が内側から破裂するかのごとく吹き出す。外側に吹き出した灼熱は中心に戻るよう孤を描き、それが折り重なって球状へと変化していく。交差し凝縮していく灼熱は、異形本体を一切の抵抗もさせずに消滅させた。


しかし、ソウェイルの炎はそれだけに留まらない。地に這う根や僕が繋ぎ止めていた腕までも炎は伝播し、異形は末端まで尽く焼却される。


魔術石で発動させたため、生まれたのは直径5メートル程度の劣化版廉価太陽だ。それでも太陽の名を冠すルーンは、球状の灼熱となって異形を跡形もなく焼き尽くした。


その時、数秒だけ。


世界に二つと無いと言われた太陽が、確かに二つ存在していた。

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