第22話【初めての依頼】
前回までのあらすじ
魔王と相打ちになって死んだ勇者は、女の子となって転生しました。
彼女は転生の影響で親と違う容姿で産まれたことで軟禁されていましたが、ギルドに入れるようになる13歳の誕生日。両親に別れを伝え、専属メイド(元ギルドマスター)の手を借り、産まれた国から出ました。
彼女は、死ぬ間際に約束した魔王と友人になるという目的の為に、専属メイドの力を借りてニブルムという国のギルドに入ろうとしました。
ギルドへのランク検定にて、真っ黒な正体不明の怪物に出会い、それを捕獲しました。
この竜人は少なくともただの動物でも人間でも無い。まるで、人間と竜を混ぜ合わせて無理やり作られたモノのように不揃いな特徴を持つ。
そういう所から、僕はこの竜人を、ただの魔物だと考えていない。
では、なんだというのか。僕は恐らく、こいつが人為的に作られた生命体だと考えている。
ヒトと魔物、あるいは竜を無理矢理にくっつけて出来上がった、所謂合成獣。
それをしようとするような人間は知らないが、それを出来る異能を僕は知っている。いや、僕の持つ闇の異能こそ、それができる能力だ。
『変質』と『侵食』の2つの能力を持つ、闇の異能。
ここで必要になるのが、変質の能力だ。
僕は変質を専ら自らに使ったり服に使って強度を上げたりしているが、決して他の事が出来ないわけでは無い。
変質という能力は、僕自らを変質して化物に変えたように、生物にも使うことが出来る。異能を持つ本人だけに機能する能力では無い。たとえ人間でも、僕の力を使えば、人間で無くすことが出来る。
故に、僕はこんな竜人を生んだ存在が、僕の闇の異能に似た、あるいは同一の異能を持っている可能性が非常に高いと睨んだ。
「――ネラくん?」
ふと聞こえてきた声に、思考の海に沈めていた顔を上げる。キリエルの声だ。
「大丈夫かい?何か惚けていたようだけど」
「……ちょっと考え事。大丈夫」
「そうかい?初めての依頼だったからね、例え肉体に疲れがなくとも、精神的に疲れていることはあるはずだ。だけど、まだここは危険のある外だ。もう少し気を付けるように」
「ふむ。もう森も出たことじゃし、少しペースを上げるとしようかの。早々に帰るとしよう」
「ん」
2人に気を使われて、申し訳なく頭を下げた。まあ、僕が気にしていても仕方ない。今回は関わったし、僕の力も見せた。何か似たような話があれば僕の所に来ることもあるだろう。そういう事があるまでは、この考えは頭の隅に置いておくことにした。
☆☆☆
それからすぐ近くの街に帰ってきて、数日が過ぎた頃。首都では無いのは、何かやることがあるとやらで引き止められていたからだ。既に報酬は貰っていて、Aランク相当となれば一週間は過ごせる程度の報酬だったので、留まること自体は特に問題は無かった。宿代も出してくれていたし。
その数日、僕はこの街の観光をしていた。美味しそうな飯があれば飛び付き、本屋を見つけては昔よりもずっと安くなってることに目を丸くし、それでも今の僕が買うには少々懐が心許なかったり。
レンガ造りで二重窓になっている家に、暖房器具と同じ性質を持つ魔道具があったり。
家から飛び出して、初めての穏やかな生活だった。
宿に戻ってくると、話があるとキリエルに呼び出され、ギルドに足を運ぶ。ギルドカードなる証明書が出来ていなくて、ギルドの依頼を受けられなかったのでその話だろうか。
「まずは、ここ数日ほったらかしでごめんね、ネラくん」
ギルドのひと部屋に案内されると、キリエルは即座に謝ってきた。僕はふるふるを首を振った。
「久しぶりに落ち着けた。この街の観光も出来たし、気にしてない」
「そう言って貰えると助かる。それと、もう一つ。これは、君のギルドカードだ。仮のBランクカード。再発行は出来るけど、お金はかかるし信用度も下がる。無くさないようにね」
やはりその話か、と思いながらキリエルから差し出されたカードを受け取った。長方形にされた木の板で、そこにはランクの表示と僕の名前が彫られている。
「仮が外れると木製から金属製に変わるんだ。Bランクは銀の板だね」
裏を見てみると、其処にはシールのような物が貼り付けられている。が、特に何も書かれてるようには見えないが……恐らく、前の世界でいうバーコードや照明番号みたいなものなのだろう。
「これで仮ながら君もギルドの一員だ。ようこそ、ネラくん。君ならきっとすぐに正式なギルドメンバーになれると信じているよ」
「……うん」
あまり期待はしないで欲しい、と考えながら、僕は頷いた。
何度かギルドカードを撫でる。外で生きる実感、ともいうべき感覚を僕は覚えた。
「これで、首都の方に戻るの?」
暫くして問いかける。このためにこの街に残っていたのだろうか、と疑問に思った。何かしら手続きがあるとしても、首都から離れたこの街でやる必要性が感じられないからだ。
「いや、別の仕事の準備をしていたんだ。そういうことで、早速、一つ頼みたい仕事がある。ギルドメンバーとしての初の仕事だ」
「うん」
「ただ、これは長期に渡る仕事になる。そうだな……2ヶ月くらいになるか」
ギルドメンバーになって直ぐの初心者にそんなことをさせるの?
「ああ、これに関しては断っても構わない。実際、初心者にやらせることではないし……。ただ、用心を重ねて君が居ると安心出来るから、出来れば君にも受けてほしい仕事なんだ」
僕が居ると安心出来る?というと……。ぱっと浮かんだのは、黒い影――竜人の件だ。
「そう、僕らが対峙した例の魔物――竜人の件だ。それを、とある国の研究所まで届けて欲しいんだ」
「つまり、護送?」
「そう、護送だ。もう少し細かい話をしよう」
とある国――ニブルムから南西に行った所にある、ミズグットなる国。その国の首都の外れには、魔法研究所というものがあるらしい。
「魔法研究所と言っても、魔法を研究してるだけじゃなく、魔術や魔物の研究もしているんだ」
キリエルは言う。そこに新種らしい例の魔物、竜人を連れて行き、細かく調べてもらうとのことだ。
「ミズグットは魔法研究所があるように、ここよりもずっと発達した国じゃ。研究所自体は危険じゃから国の外れにはあるものの、入ることも出来るじゃろう。折角だから見てくると良い」
不意に部屋に入ってきた筋肉オバケが、好々爺の様に笑って言う。
「何かあるの?」
「魔法技術で発達した国じゃ、それだけでも行く価値はあるが、そうじゃの。特に有名なのは学校じゃ」
「学校」
その名は久し振りに聞いた。この世界で、学校に行ける人というのは基本的に貴族だけだ。一般市民でも行けないことはないが、無論学校に入るのにも授業を受けるにも金が要る。一般市民がそれだけお金に余裕があるかと思うとそれは勿論否である。
過去、というか前世でもミズグットの国の名は聞いたことがある。古くから魔法の第一人者ならぬ第一国と言われていた。しかし、調べる気もなかったが、少なくとも前世でミズグットの学校が有名なんて話は聞いたことがなかった。
「まだ数十年という若い学校で、有名になったのはそれから少ししてからかの。今まで以上に魔法の研究に力を入れるという国の方針から造られたものらしい」
その方針から門扉が広く、貴族如何に関わらず、庶民でも入れるよう学費を非常に落としているとの事だった。
また、別の国からの入学も認められているらしく、魔法の適正の高い者は、他国であってもその学校に行くことも多いようだ。
「あとは、図書館だね。これは学校よりもずっと古くからあるもので、魔法国らしく魔法や魔術についての本が非常に多く集められているらしい」
キリエルが言う。
本が好きな者としては、図書館は少々気になるところだ。魔法に関しては僕にはあんまり関係ないが、魔術に関してはきになるし、物語の類だってあるだろう。
学校については前世で行っていたこともあって少々気になりはしたが、どうせ行くことも無い学校よりも、本好きとして図書館の方が興味を引く。
「あー、ネラよ」
図書館に期待を寄せていると、キリエルの横で筋肉オバケが薄くなった頭を掻く。
「言いづらいが、おそらく主は図書館に入ることは出来んじゃろう」
「………………?」
「あぁ、そうか、そうだった。悪いネラ君…………その、怖いから、そんな濁った目で見つめないでくれ」
恐れおののくようにキリエルが僕から目を逸らす。何の話だろうか、僕はただどういうことかと目で尋ねているだけである。
「その図書館、確かに有名なんだが……実は、入るのに資格が必要でね」
自国の人間なら要らないんだけど、とキリエルは未だに僕から目を逸らしたままだ。
「他国の人間の場合、入るのには王の許可か、学校への入学。或いはギルドランクAが必要になってくるんだ」
ギルドランクA。今が仮ランクBの僕には、少々遠い。というかAランクは普通の人間の最高峰、Bランクとは格が違う。例えBから始まる僕のランクだが、Aに至るまでどれだけの依頼を熟せば良いのやら。
つまり、である。
図書館に僕は入ることが許されない。
がっくりと僕は床に膝を着く。この世界では、印刷技術自体はあるみたいだが、それでも本は高価なものだ。決して手が届かないレベルでは無いものの、お金に余裕があるわけでも無い今、下手に手を出すわけにも行かないのだ。
残念だ。非常に残念だ。折角の魔法国において魔法技術を学べないとは。
――――――。
「話が脱線してた。護送の話に戻そう」
元はそんな話だった。図書館の話はもういい。ギルドランクAになったら再び来ればいい。
「き、切り替え早いね……」
立ち上がって気持ちを切り替えた僕に、キリエルは言う。それだけが得意だと自負している。
「まあ、観光名所に関してはあとはあっちに着いてから見て回って貰うとして、そうじゃな、本題に戻るとしよう」
まず、護送には僕以外に5人。その内の2人は、僕と関わりがあるということで抜擢された、『巌窟』と『業流』もといオッツォとティルダが参加するらしい。
食料に関しては基本的にはギルド持ちだが、もしもの事がある為、自分でもある程度は所持しておいたほうが良い、とのこと。干し肉などの保存食が良いだろう。
他の3人は適当に募集した結果集まったCランクの人達らしい。Cはまだしも、Bランクはそれほど多くなく、なるほど確かに対象が対象だけに心許ない。
御者として筋肉お化けも参加するらしい。念には念を入れるみたいだ。
キリエルはギルドマスターという立場上、これ以上首都から離れるのはまずいらしいので、ついてはこないようだ。
「うん、こんなもんかな。護送の方法に関しては、巌窟と業流に聞くといい。彼らなら問題は無いだろう。どうだい、参加してくれるかい?勿論、報酬は弾むよ」
「向こうに護送して、そのまま解散?ニブルムに戻ってくるのは自費になるの?」
「そこらへんは依頼主によって違うけど、今回はじいさんが居るからね。
予定では向こうに到着後一週間後に竜車を走らせて戻ってくるから、それに乗って帰ってくる事も可能、って形になる。向こうに移住してもいいけど、正式ランクまではこっちを拠点にしてくれると何かと融通できるよ、とは言っておこうか」
「うむ。1週間以上かかるような何かがあるならば、他のメンバーが納得するならばそれを長引かせることもできよう」
「なるほど。分かった、受ける」
他の国も見て回るチャンスである。残念ながら図書館には入れないが……まあ、それ以外にも見所はあるだろう。早いところ仮って冠も外したいし。
「ありがとう。出発は明後日の明け方だ。鐘が鳴る頃にギルドに来てくれ」
「ん、了解。それじゃ、明後日」
「うむ。遅れぬようにな」
僕はこくりと頷いて、部屋から出た。
いろいろと準備するものがあるなぁと必要な物をピックアップしながら、僕は宿に戻った。