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第17話【魔王の在り処】


あれから色々と試したものの、僕が他人の魔力でもルーン魔術を使え、キリエルにはルーン魔術は使えない事以外に、ルーン魔術についての進展が無かった僕らは、諦めて昼食を摂り、竜車を走らせた。


点在する村や街を抜け、首都を出発して4日。ようやく僕らを乗せた竜車は、目的の街に辿り着いた。


着いた頃には日は完全に落ち、蒼く光る静かな始星が、街を淡く照らしていた。


僕らは真っ先に宿を取る。夜も遅いので、捜索の開始は明日の昼頃からやるらしい。



「………」


そして、時間は深夜に移る。日本語で言えば丑三つ時。この世界で言えば、夢現時。


蒼い星と紅い星がちょうど交わり、紫の世界へと全てが変わる時間。


終わりと始まりが交わることで、この地上に死人が顔を見せる時間。


そんな夢と現の境界が曖昧になる時間に、宿屋の屋根の上に登った僕は、前世では全く見る余裕の無かった紫の世界を見渡していた。


キリエルはここには居ない。別の部屋を取ったからだ。僕を泊めるのはキリエルのお金だった為、できるだけお金のかからないようにするつもりだったのだが、キリエルが断固拒否した。女の子なんだからもっと気をつけるように、と。レイア一筋の彼が僕に興味を示すとは思わなかったから気にしていなかったのだが、まあそれは良いか。


だけど、眠っている眠っていないに関わらず、少なくとも部屋の中には居るだろう。外に出て行ったような臭いは無かった。


「―――♪」


キリエルとは違い、竜車の中で丸まって眠っていたり、本を読んでたりしてた僕は、体力が有り余っていた。魔力も自由に使う事が出来なかったので、精神的な体力もほぼ消耗していない。


前世の唄を小さく口ずさみながら、僕は屋根の上から紫の街並みを見下ろした。


この時間に出歩いている者は殆ど居ない。この世界では大体の人間が早寝早起きだ。日本よりよっぽど健康的である。


「………ふぅ」


唄が終わったことで無音になった世界の中で漏らした小さな吐息が、随分と遠くまで届いた気がした。


ふと後ろからかたんと、小さな音。


「今のは、詩かい?初めて聞いたよ、そんな曲調」


くちずさんだ唄を聴かれているのって、酷く恥ずかしいと思わない?


「……何か用、です?」


「聞き覚えのある声と、聞き覚えのない詩が聞こえたからね。思わず聞きにきちゃっただけだよ」


「……もう歌わない」


僕の唄は、他人に聴かせられる程に上手く無い。女の子になって、高い唄が歌えるようになったのは嬉しいけれど、それでも唄はやはり得意では無いようだ。


「それは残念だ」


キリエルは肩を竦めると、屋根の上に座る僕の横に座った。


「こんな時間に何をしているんだい?大体の人はもう眠っている頃だろう」


「こっちの台詞。あなたこそ、疲れているはずなのに」


「これでもギルドマスターだよ。この程度は慣れているよ、問題無いさ」


「そう」


僅かに吹く心地良い夜風を感じながら、膝にかけていた猫耳パーカーの猫耳を弄る。手持ち無沙汰になると猫耳を弄り始めるのは、もう癖になっていた。


「レイアの事で話すことならもう無いよ?」


「べ、べ別に彼女の事を聞きに来た訳じゃあ無いさ。あんまり根掘り葉掘り聞くのも良くないし」


竜車に乗っている間、一から十までレイアの事を聞いてきた人が何を言ってるんだか。


レイアの名前については、こっちで慣れてしまった僕は直しようがなかった。何度も言い直している内に、キリエルはレイアのままでも良いと言ったので、甘えさせてもらった。


「今はどちらかと言うと、君の事を知りたいかな、ネラ君」


「私の事?」


「そうさ。レイメルアさんから世話を任せられたからね。冒険者として贔屓するつもりは無いが、個人的に色々と疑問に思う所があるし、心配だ」


茶色の髪が僅かに靡き、彼は僕を見た。


「そんな人をこんな危険度が高そうな依頼に連れて行くのもどうかと思うけど」


私があの試験の時見せたのは、ただの拳の一撃だけだ。それで技量が分かるとは思えない。


「君の殴打。確かに一撃だけだったけど、それだけでも分かることは多くある。君はあの時、本当に全力でやったね?」


「……ごめんなさい」


訓練場があんな事になるとは思ってなかったんです。


「いや、責めているわけじゃないよ。寧ろ、謝るのは私の方だ」


どういう意味だろう。よく分からず首を傾げてキリエルを見た。


「すまなかった。あの時、私は君が異能を使えることで驕って過信していると思っていた。

多くの無知な者が最初から目指そうとするBランク。そしてその気負いの無い瞳が、どうしようもなく力に溺れているように思えてしまった」


申し訳なさそうに目を伏せて、彼は独白する。


なるほど記憶を振り返ればあの時、僕が言った「全力を善処する」。その言葉も、過信していると考えた要因の一つだろう。


「気にしなくて良い」


あの時負けるとこれっぽっちも思って居なかった僕は、確かに過信しているのだろう。それは、人間の天敵と言われた魔王と渡り合えたという実績から来ている物だ。なまじその実績がある分、その過信に気付き辛いのかもしれない。


あれから数百年が経っている。生物が進化しているかもしれないし、人間だって成長しているだろう。負ける事なんて無いと思っていたこの考えは捨てるべきだ。


過信していないと勘違いしたキリエルにより、過信に気付けるとは、皮肉な事だ。


「ありがとう、キリエルさん」


「一体、何への感謝だい?」


「なんでもない」


だからと言って、私は過信していましたなんて言える筈もなく。伝わらない感謝だけをしておいた。頭にはてなマークを浮かべるキリエルだったので、話を元に戻す。


「それで、過信が何?」


「そうそう、過信してると感じた僕は、君の一撃を見てその考えを砕かれたよ。

魔力を感じなかったのは魔術だろうか。ただ、あの一撃の直前の殺気と、あれだけの一撃を起こせる程に練りこまれた魔力による身体強化は、過信している者に出せるとは思えない。それだけで、君は確かに強い事を理解できた」


「………」


魔力による身体強化。それは、魔力量により乗算式に強化されていく。しかし、膨大な魔力をただ身体に詰め込むだけでは、身体能力の強化はできないのだ。


スポンジの様に魔力を吸収して強化できるのは、ほんの少しだけだ。それ以上となれば細かく、細かく。細胞の隅から隅まで、隙間なく圧縮させた魔力を練りこんで行く。


乗算されて強化された肉体の中で、強化にムラがあったらどうなるか。簡単だ。その部分が他の強化部位に耐え切れなくなり弾け飛ぶ。膨大な魔力故、何度やったか分からない。


また上手く練り込めなければ、スポンジから溢れる水の如く、魔溢病と同じように、溢れた自身の魔力で自らを傷つける。


それゆえ、強力な身体強化は長い修練を必要とする。


まして、この身体になって分かったことだが、普通の人間は身体への魔力の通りが非常に悪い。


しかし、僕は闇の力で身体を変質させ、闇の魔力をスムーズに流れるようにした。再生能力も手に入れたおかげで、多少の無茶は効くようになった。つまり、ズルなのだ。他の人間ならもっと長く、もっと難易度の高い身体強化を、闇の力で難易度を落としていた。


彼が思う程、僕は努力をしていない。


「だから本来は適当なBランク依頼を熟してもらうつもりだったんだが、私でも不安が残る依頼が届いたからね。悪いとは思ったけど、君が適任だと思ったんだ。火力に関しては申し分無しみたいだからね」


「…そう」


彼がいなくなるのは、僕やレイアにとっても大打撃だろう。それなら、一人で行かせるよりもずっと良い。


「対人関係はお願い。私はそういうの、苦手だから」


「了解。代わりに戦闘においては期待してるよ」


「うん」


その返事を最後に会話が無くなり、僕は空を見上げた。始星が落ち、世界の赤みが強まってくる。


「キリエル。私の何が知りたいの?」


ふと、本来は、そんな話だったはずだったことを思い出す。いつの間にか懺悔になっていたけれど。


「ああ、そうだった。といっても、君は色々謎に包まれ過ぎているんだけど…」


「今は気分が良い。ある程度なら、答えるかも」


「曖昧だねぇ。それじゃあ、ルーン魔術は何処で知ったんだい?」


「この世に産まれ落ちた時点で、知っていた。理由は知らない」


そんな事本来はあり得ないだろう。笑い飛ばされるかと思ったが、彼はまるで嘘とは思わずに頷いた。


「うん、じゃあ次だ。君は、何か目的があるのかい?」


「……目的?」


そんな話が先なのか。もっと、僕の能力や、経験と年齢の釣り合わない僕自身の事について聞いてくると思っていた。きっと、レイアも感じていただろう疑問。


「そう、家を飛び出し、一人でもギルドに入りたかった理由、その目的だ」


だが、それについては元々話すつもりは無かった。逆にギルドの目的については、聞かれずとも何れは話す予定だったものだ。


「……私、人を探している」


「なるほど、顔や名前とかは教えてくれるのかな」


僕がこの世に産まれ落ちてからずっと変わらない最優先事項。


魔王と、友人になる事。


もっとも、


「顔も、名前も、年齢も、種族も、性別でさえ、分からない」


僕が口にしたその言葉には流石のキリエルも変な顔をした。


「ただ一つ分かるのは、その人の戦い方。その人の力」


そうだ。僕がギルドに登録しようとした理由は、その名と力を、国や大陸に広めることで、目的の人物を探す為の物だった。


魔王の力と戦い方。懐かしげに目を細めて、僕は淡い緋色に染まった空を見上げた。前世の強く遺った最期の記憶を思い出す。


「その人は、創り手だった」



対峙するは、銀の髪に琥珀色の瞳。魔族特有の浮き出た血管が目立つ肌。凶悪な魔族を束ね、全てを穿った魔王と畏怖された彼はしかし、殺気立った気配は一つもなかった。


僕の拳に対して、彼は周囲の空間から大量の輝く白銀の剣を生み出した。


白銀の剣は弾丸の様に僕に向かって放たれる。その白銀の剣は魔力で出来ているにも関わらず、安物の剣よりもずっと鋭く、ずっと頑丈だった。


剣だけでは無い。僕がマフラーを翼にして飛び上がれば、彼は銀の立方体を生み出し、それを足場にして追い付いてきた。


そうして穿たれ、壊し、裂かれ、潰し。時間が分からなくなるくらいの高密度の戦闘を繰り返したあの頃を、僕はよく覚えていた。


「何も無い所から光り輝く白銀の剣を創り出し、それを撃ち出し剣の弾幕を張る者、か」


「うん」


正直な所、あまり期待はして居なかった。


僕と魔王が同時期に産まれる可能性は高くないと思っている上、僕が人間として産まれた事から、彼もまた魔族として産まれる可能性も高いと思っていた。


そうなれば、いくらギルドを通しても仕方が無い。場合によってはギルドで金を稼ぎながら、魔族が住む地域を回るつもりでもあった。


それこそ、数十年、数百年でもかけるつもりで居たのだ。だからこそ、僕は肉体年齢を止めた。勿論趣味もあったけれど。


「1年くらい前だったかな、そんな話を聞いた事があるよ」


「――え?」


だから。まさかこんな早くに、魔王の手ががりを掴めるとは、全く思って居なかったのだ。


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