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第12話【地竜と旅路にて】


はっと意識を取り戻すのに、暫し。このままなんの理由も分からずに逃げられるのは納得いかないし、お金も払ってしまっている。


ダンッと。地面が抉れる勢いで足を踏み出した僕は、弾丸の如き速度で駆け出した。膨大な魔力を更に解放、全身の強化に回し、速度を上げる。


追いつくのに、然程時間はかからなかった。荷台に乗る人々が目を丸くしているのが見える。


「こら地竜、待て」


追いついた僕は地竜に訴えるが、御者をしている商人の話を聞かないのに、僕の声を聞くはずもなく。いや、むしろ今まで以上に必死に走り始めた。まだまだ強化に回していない魔力は残っているので追うのは容易いが、これはもしかして僕から逃げようとしているのか?


なぜに?爆走する地竜の後ろを追いながら、僕は首を捻る。乗る前は落ち着きを持っていたのに、なぜ乗る直前になって、こんな理知も感じないような走りを。


あの瞬間、僕が何をしただろう。商人さんの台詞に従って、荷車に近づき、乗ろうとした。それだけだ。変なことは何もしていない。


ちょっと視点を変えてみよう。今と乗る前で僕は何が変わっているか?それなら心当たりがある。それは――


「……魔力?」


魔力を操る術を持った地竜は、魔力の感知が使える。それも、人間よりも細やかに、だ。


あの時、僕が竜車に乗る直前、僕は魔力を解放し、身体強化に使った。


僕が持つ闇の魔力は、精霊に嫌われる性質を持つ。実際、この地に魔力を散布することで精霊を逃し、魔法を使える精霊が居ない状況に持ち込める。


もしそんな闇の魔力が、地竜にとっても脅威の対象だとするのならば、解放した魔力から逃げようと必死になっているのであり、今この状況にも説明がつく。


推測でしか無いが理由が理解できた所で、さてどうするか。今魔力を強化しているのを止めてしまえば、地竜の速度に追い付けない。


なら、魔力を隠すか。


「《秘密(perth)》」


秘密や、賭け事を表すルーン。今回の意味はそのまんまだ。折角なのでルーンを身体に刻むことにする。多分これからもよく必要になるだろうから。


丹田…つまり臍のすぐ下にそのルーンを刻む。どうでもいいけど女の子の身体に刻まれる刻印てちょっと卑猥だよね。お腹出してないから見えないけれど。


ルーン魔術が世界を書き換え、闇の魔力の気配を完全に隠していく。


さて、どうだ。僕の推測が合っているなら、これでそのうち地竜も落ち着くはずだ。


一先ず、乗るのは後回しに追走を続けると、やがてゆるゆると竜が足を遅めた。


どうやら正しかったらしい。僕はほっと安堵の息を吐いて乗り込もうとしたが、一度止まるとのことなので、そういうことならと竜車が止まるまで追走を続けた。


竜車が速度を落としていき完全に足が止まるのを確認して、僕は竜と、ほっと息を吐いている商人に近付く。


「……えっと」


何と言うべきか。色々と説明する事はあるだろうけど、とりあえず。


「ごめんなさい、商人さん」


「いえ!?謝るのはこちらです!何故か地竜が急に走り出しまして!何度も止まれと声を掛けたのですが。申し訳ありません!」


焦った表情で申し訳なさそうに謝る商人さんに酷い罪悪感。僕は首を振る。


「んーん、その走り出した理由は、多分私にある、ので」


「え?一体どんな?」


「私の魔力は竜が苦手な性質があるみたいです」


「あはは、そんな馬鹿な」


「試す?」


身体の中の闇の魔力を隠すようルーンを調整しているので、外に出せば魔力の気配は察知できる。


笑って信じない商人さんに手を前に出して尋ねると、本気だと感じたのか、商人さんは再度謝った。


「それにしても、あの速度の竜車に追いつけるあなたは一体…」


「ただの冒険者志望の魔術師」


そんな有用な魔術あったかなぁと首を傾げる商人さんに、改めてお金を出した。


「お金もう一度払います。対処はしたからあんな行動はとらないはず。だから乗せてくれます?」


「いえ、既に受け取っていますから大丈夫ですよ?」


「迷惑料」


渋った商人さんだったが、そういうことならとお金を受け取った。魔術石を出しても良いのだが、商人さんはある程度魔術を知っていそうだ。魔術を知っている人から見たらルーン魔術なんて玩具か何かの偽物だと考えるだろう。ここは素直にお金で解決。


「では、地竜も全力で走って疲れていそうなので、一度休憩にしましょうか」


「ん、私は結界作ってきます」


「そんなことまでできるのですか。時間はどれほど掛かります?」


「数分」


「は?」


聞き間違えたのかと聞き直す商人さんにくすりと笑いながら、僕は石を取り出して歩き出す。


竜車を中心に、四方にその石を適当に置いていき、中心に再度戻ってくる。最後にそこにもう一つ石を置き、言葉にすることで現実を書き換える。


「バインドルーン《聖域(othila)》《保護(algiz)》」


四方に置いたのは故郷や土地を表すオシラのルーン。このルーンを範囲指定のルーンとして僕は使っている。その範囲に、次のルーンの効果をかける、というように。


そして中心に置いたのが保護や友情の意味を持つアルジズのルーン。魔除けにもよく使われる魔術だ。


この様に二つ以上のルーンを組み合わせて使う事を「バインドルーン」と言う。


今回は発動しているのがわかりやすいように、アルジズのルーンを視覚化させる。アルジズのルーンにはトゲのある植物、という意味もあるので、茨をイメージ。


オセラによって指定された外と聖域の境界線に、半透明な茨が壁のように巻き付いて僕らを包んだ。


「これで一安心」


「こ、これが本物の魔術師ですか…………っていやいや、どう考えてもおかしいですよ!?魔術師を何人か乗せてきましたが、こんなもの見たことありません!」


目玉が飛び出しそうな程に目をくわっと広げて、僕に詰め寄る商人さん。その様子に思わず一歩足を引いた。


「……そんなこと言われても」


「そもそも、結界を敷くには複雑な術式を中心に描く必要があります。中心に描く魔術がそんな簡単な絵が描かれた石で発動するわけが!それに石を四方に展開するのは同じでしたが、正四角形に石を置く必要がありますのに!」


なるほど、普通の魔術師はそんな感じなのか。


「良い師匠が居たから」


テキトーな設定を作って流し、竜の下に歩く僕。商人さんの溜息が微かに耳に届いた。ある意味で、師匠はルーン魔術を教えてくれたインターネットである。嘘は言っていない。



商人さんが呼び掛けたのだろう、荷台に乗っていた人々が下りてきた。結界を見渡して驚いていたり、こっちに好奇の視線が飛んでくる。凄く逃げたい。下手なことしなければよかっただろうか。いや、でも迷惑かけたのは確かだし、休憩時間に少しでも落ち着いて過ごせたら良いと思ったのだ。逆効果だったか。


意識してそちらを気にしないように努め、僕は竜の視界に入った辺りでしゃがんで彼らと視線を合わせた。


「竜さん、私から何か感じない?」


凄く触りたい。撫でたい。しかし、また何か暴れたら嫌なので、一先ず少し離れた辺りから話しかけてみる。


「近付いても大丈夫?」


尋ねると、竜はこくりと小さく頷いた気がしたので、数歩近付く。特に警戒した様子も無かったので更に近付いた。荷台は後ろにあったので、僕があの魔力の持ち主だというのは気付いてないのだろうか。


すぐ目の前まで竜に近付く。このちいさな腕を伸ばせば届く距離。


「触れても、良い?」


むずむず。わきわきと手を動かしながら3つ目の質問。竜はそれに応えるように、頭を下げた。


「ありがと、竜さん。聞いてた通り、頭良いね」


その下げた頭にそっと手を乗せ、撫でる。


不思議な感触だ。艶艶とした黒の鱗は、鉄の様にすべすべしてて、堅くて、しかし生物らしい温かさ。ずっと触っていたくなる不思議な心地。ふとどの程度堅いのか気になって扉をノックするようにこつこつ叩くと、フン!と頭を振られた。ごめん。


「そうだ、リンゴって食べる?」


竜車に乗る宿屋さんを教えてくれた果物屋のおばさんの所で買ったリンゴを鞄から、竜の口元に持っていく。


竜はふんふんと鼻でリンゴの匂いを嗅ぎ、パクリと一口で、僕の腕ごと喰らった。


「…?」


しかし、殆ど圧力を感じない。甘噛みというやつか。そのままリンゴから手を離し、ゆっくりと腕を引く。何の抵抗も無く腕が口の中から取り出せた。それを目で確認していた竜が、リンゴを咀嚼し始める。


食事中の動物にはちょっかいをかけないほうが良いと昔聞いた記憶があるので、手を伸ばさずに見守ることにした。


それにしても、


「手がべたべた…」


いくら竜でも口の中まではカチカチじゃないらしい。ヨダレやらなにやらで手がヌルヌルのべたべたである。


魔術で水を出そうかと思ったが、魔力文字は魔力を感知されるし、地面は雑草だ。水を出す魔術石は流石に作っていない。


どうしようかとべたべたの手をプラプラ揺らしていると、背後から声が掛けられた。


「今の場面を見た限りは、ただの子供にしか見えないのにな。竜車をやすやすと足で追いかけていたのが夢だったんじゃないかと思えるんだが、そこんとこどうなんだ?」


低い声だ。男性だろう。僕が振り向くと、そこには図体の大きな男性と、その後ろに連れ添うように立つ女性が1人。


「今まで見たのが現実。少なくとも、あなたが今言った事に間違いは無い」


「そうかい、本人からのお墨付きか。まったく世の中には見た目によらないやつがいっぱいだな」


「本当にねぇ。貴方なんて、この子みたいな小さな子に襲い掛かりそうな見た目しているのに」


うんうん、と頷く女性。出る所は出てて引っ込むところは引っ込んでいる。大人の女性って感じの人だ。


「おいやめろよ、それで何度捕まりそうになったと思ってる!」


太い眉に鋭く細い目をした図体の大きな男性が、頭を抱える。強面なのは確かである。どうやらそれに大分苦労したようだ。


「それはともかく、汚れてる手を出してくれる?流してあげるわ」


女性が小さなタクトのような杖を取り出す。魔法使いか。素直に手を出すと、彼女はタクトを振るった。


「Spiritus aquae absterso pulvere.」


言霊を唱えた直後、杖の先に光が灯り、青の光の玉が杖の周りをくるくると回る。その光の玉は杖から離れて僕の手の周囲を回転し始め、やがて水の玉が生まれて手を丸ごと包んだ。ひんやりとした水の感触。それを感じとった頃には水の玉はするりと手から離れ、地面に落ちてシャボン玉が弾けるように消えた。


手にはもうべたべたとした感覚は無く、いつも通りの手がそこにある。臭いも完全に取れていた。


「ありがと」


「いえいえ、目の保養のお礼、よ」


お礼に頭を下げると、女性はパチンとウインクした。


「それで、何か用でも?」


食べ終わった竜の頭を撫でながら、2人に質問する。


「いいや、特に用は無いんだが、ちよっと気になってな」


「……」


身体を両手で抱きしめて、竜の頭の横に移動する。まさかこの人…。


「貴方、まさか本当にそっちの…?」


「いやいや、違うって!そうじゃねぇよ!こんな結界魔術を僅か数分で作り上げ、その上あの竜車を普通に追いかけた奴が居たら気になるだろそりゃ!」


女性がじりじりと男から離れていく中、彼は必死に僕らに弁解しようとする。なるほど、こういうキャラですね。


「おや、ネラさん。それと、オッツォさんと、ティルダさん」


男を弄んで遊んでいると、商人さんが近づいてきた。オッツォとティルダ。彼ら2人の名前だろう。オッツォが男の方だろうか。


「休憩は終わり?」


「いえ、一刻くらいは休む予定なのでまだまだ大丈夫です。早めではありますが、地竜にご飯をね」


「あ……地竜にリンゴ、あげちゃったけど、大丈夫でした?」


「ええ、その程度なら問題ありません。彼女もご機嫌なようですし」


僕が撫でていた地竜を見ながら、商人さんはそう言った。それなら良かった。ご飯をあげるなら、僕は離れた方が良いだろう。立ち上がり、最後にひと撫でしてからオッツォとティルダと呼ばれていた2人に近寄った。


「そうか、ネラって言うんだな。自己紹介していなかったか、それはすまん」


「まったくよ、私も同類だけど。ゴメンね、ネラちゃん」


ふるふると首を振ると、じゃあ改めて、と彼らは姿勢を正した。


「ギルドランクB、『巌窟』オッツォだ」


巨体を鎧で覆い、背中を向けて背負った幅広の大剣を見せて名乗る、強面の男オッツォ。


「ギルドランクB、『業流』ティルダ。よろしくね、ネラちゃん」


長い空色の髪が流れる、美人さん。グラマラスな体型を持つ女性、ティルダ。


オッツォはかっこつけているが、ティルダは普通の挨拶だ。


「冒険者志望、魔術師。ネラ。よろしく」


『巌窟』やら『業流』というのは、二つ名だ。ギルドでは有名になって来ると、その容姿や戦い方に合わせて、二つ名と呼ばれる渾名が付けられる。その国の王様から称号として貰われたり、純粋に人の噂により名付けられる人も居る。ちなみに自称も可能だ。


僕はあんまりこういうのは正直要らないんだけどな。小っ恥ずかしいし。この世界ではそんな考えの人は殆ど居ないようだけど。


「あら、まだギルド登録してないの?それじゃ今首都に向かっている目的は」


「そう、ギルド登録の為」


「なるほどなるほど、じゃあさ、ギルド登録したら、私達とチーム組まない?一人よりもずっと安全だし、私達はこれでも有名だから、貴女もすぐ有名になるわ!」


「……ごめん、チームを組むつもりはない」


有名になるのは大事だ。魔王を探すのにも重要だろう。しかし、そこにチームを組んだメンバーがいると、即座に行動することも出来ないだろう。できるだけフットワークは軽くしておくべきだ。


「確かに貴女は強いかもしれないけど、一人は流石に危ないと思うのだけど」


「大丈夫、ずっと遠くからここまで一人で来た。一人でもなんの問題もない」


彼らが弱く無いとは言わない。Bランクならある程度優秀なのだろう。だが、言ってしまえばそれだけだ。特殊な力があるわけでも無く、とことん強いわけでもない。正直な所、ずっと一人でやってきた僕にとっては邪魔でしか無い。


「私はやりたいことがあって、ここまで来た。ここを拠点にずっと居るつもりも無いし、一緒には居られない」


「そっか、それじゃ仕方ないかな……。あ、でも、ちょっとした依頼なら一緒に行ってもいいでしょう?」


ティルダは諦めながらなおも食い下がってきた。まあ、いつでも一緒に行動するわけじゃなく依頼程度なら一緒でも構わないだろう。


「うん。その時はよろしく」


「おう、よろしく頼むぜ!」


「よろしくね、ネラちゃん」


僕は静かに疲れた様に息を大きく吐く。見知らぬ人との会話は疲れる。僕は食べ終わったらしい地竜に癒されに近づいた。


「地竜、好きなんですか?」


地竜を撫で回して癒される。本当に可愛いなこの子は。そんな事を考えていると、商人さんが話しかけてきた。こくりと、僕は頷く。


「黒い艶のある鱗、スリムで鍛えられた身体、端正な顔立ち、綺麗な瞳…どれも格好良くて好きです。尤も、今日初めて見たのですが」


言葉が分かるのか、地竜は照れた様にふるふると首を揺らして地に伏せた。


「竜種はそれほど数多くいませんし、買うとなれば高価ですからね。しかし、竜種の格好良さが分かるとは、中々分かるお人だ」


この商人さんも竜好きらしい。商人さんの竜の話を聞きながら、休憩の時間は過ぎていった。

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