第10話【魔術が出来る事と出来ない事】
そろそろテストなんです(言い訳)
ということで少なくとも2週間は更新できません。元々遅々とした更新でしたので今更って感じではあるのですが。
ところで、文字数を5000文字前後で一話としていますが、読者の方々からするとどうなんでしょうかね?もっと増やすべきなのでしょうか。
8月1日から更新再開致します
魔術とは、絵と文字を使って、世界の事象を書き換えるものである。
ゲームに例えて言えば、チートやMODに近いものだろうか。コードによって一部データを書き換え、中身を改変する技術。そこに無い物を、あることにするシステム。コードが術式と呼ばれる絵と文字で、入力装置が魔力だ。
しかし、勿論ゲームとは違うので、何もかもを弄れるわけでは無い。それが出来たらもう神の域だ。この世界にはどうやら神という概念が無いようだけど。
魔術で世界を書き換えられない範囲は、大きく分けて二つ。
一つは時間。空間と共に世界の基礎になる部分。過去、現在、未来と不可逆な方向性を持つ、世界の流れを司る概念。
二つ目は生物の根幹──魂。その者がどういう意思を持ち、どういう考えに至るのか。感情や意識を司る、いわば精神や心と呼ばれる非物理的存在。
この二つは、魔術が開発されてから約千年間。どうしても干渉することの出来ないものと言われている。
「つまり、魔術は魂相手には役に立たないと」
壁に後頭部をぶつけて、僕は薄暗い灯を見ながら呟く。
時間と魂。両方とも非物質であり、それを僕ら人間は接触、干渉はおろか、認識することさえ不可能なモノ。人間には到底理解が及ばぬ領域だ。
その後、一通り本の中身を確認したが、他に魂や魔溢病について書かれている項目は無かった。
やっぱり僕には手に負えそうに無い。もしもこれをなんとかできるとしたら。
「エルフ、ねぇ…」
人間や魔族よりも、「精霊」に近いとされ、人間以上に頭が良く長寿な存在。それならば或いは──と、希望の域を出ない不確定要素満載の推測だ。
それにしても、エルフなんて本当に居るのだろうか。地球の知識だと、色白美人で耳長で高慢ちきなイメージがあるのだが、この世界では居るという話だけで、前世でも見たことが無い。
どこかの森に隠れ住んでいるという話だし、もし会えたとしても人間に良い感情は持っていなさそうだ。
つまり、八方ふさがり。スリーアウトチェンジ。私はベンチに戻ります。
壁に寄りかかってた体重を横に向けて、倒れるように力を抜いた。必然、身体は床に横になる。
役に立たないなぁ…。
「どうかしました?」
そんな僕を見兼ねたのか、ライラが尋ねてくる。首を横に振った。ずりずり。
「んん、なんでもない。そろそろ寝床、借りる」
「あ、はい。どうぞゆっくりおやすみください」
心が折れたら眠るに限る。昔から僕はそうやって心を切り替えてきたし、そうやって妥協してきたし、そうやって生きてきた。一晩眠ればスッキリだ。
案内された部屋は、少し前まで生活感のあったように思える部屋だ。何冊か、本も置かれてある。
母が父か…家族の部屋なのだろう。
本のタイトルを見てみると、魔溢病について書かれたものが大半だ。ちょっと目を通してみるが、真新しいことは特に書かれていない。
諦めて僕は布団に入り、目を閉じた。
前世……特にこの世界に来てからはほぼ眠りについていなかったが、現世ではのんびりすることを決めている。その過程、カースス家にてすぐ眠る技能を身につけたので、それほど疲れていなくとも眠るのは容易い。
意識的に何も考えないように思考を閉じた僕はそのまま、ゆっくりと意識を闇に沈めていった。
☆☆☆
翌朝。エルに起こされた。眠ることは容易くなったが、心地良い眠りから自ら覚めるようになるのは難しいらしい。
ライラが作った朝食をご馳走になってから、改めてニブルム国とその首都の位置と状勢を尋ねることにした。細かい話は余り覚えていられる自信は無いが、位置と大まかな状勢くらいは知っておくべきだろう。
「ではまず最初に、ここから首都は丁度真北の方角にありますが、基本的に一直線で首都に向かうことは難しいのです」
僕が持つ地図をテーブルの上に大きく広げて、現在地と首都を指し示す。
「首都の周囲は大きな山が多く、ここから真北に進むとその山にぶつかります。その為、まず北西に向かい、首都近くの街に入ってください。そこから首都に向かう竜車が出ていますので、それに乗れば首都に入ることが出来ます」
「竜車に乗る必要が?」
竜車とは読んで字のごとく、竜が引っ張る馬車である。一般的には馬が車を引っ張るが、距離があったり、強力な魔物が多い場合は竜を使うことが多い。
竜は大きく分けて3種類。地を駆ける地竜、空を飛ぶ飛竜、海を泳ぐ水竜。竜は知能が高い上、身体能力も馬よりずっと高く、魔力を操る力もある。その為、厳しい路において重宝されるのだ。
ちなみに、竜と龍は別物だ。地球で言うと竜が西洋竜、手脚が存在する蜥蜴型の竜で、龍は東洋龍、蛇に似た姿で手足の無い龍だ。
竜は竜車にもなっている通り飼いならせるが、龍は無理だ。そもそも龍はレベルが違う。神格の域に達しかねない、この世界でも最強クラスの存在だ。勿論知能を有するが、竜よりもずっと気性が荒く、出会えば最期、死を覚悟するような存在である。
「はい、山が多く点在しているこの地域では、強力な魔物が多く生息しています。基本的には山に居ますが、何かの拍子に山から離れた魔物が馬車を襲いかねません」
その場合、馬では逃げきれない可能性があるため、竜車で向かうことを勧めたらしい。それほど多くは無いようだが、定期的に竜車が行き来しているようで乗せて貰うのは容易いようだ。
「それと状勢ですが、まず現状、どこかと戦争という話は全く聞きません」
まあ、山に囲まれた地域な上、北国故に野菜等の植物も少ないだろう。苦労と利点が釣り合わないのかもしれない。
「ですが、先程も言った通り、この国は強力な魔物が多く生息している地域です。冒険者になるのに向いた地域ではないですが…いえ、今更ですね」
ふと、首からかけられた布袋を握った。あの中には僕が作り上げた魔術石が入っている。
「わかった、ありがと。ついでに、この国のオススメは?」
「オススメ、ですか?」
オウム返しで首を傾げたライラに、僕は「料理とか」と付け足す。彼女は少し考えてから言った。
「そうですね、首都は特に寒い地域なので、野菜類の大半は外に頼っていますが、肉は魔物の肉が多種多様にあります。その中でも、この国で好まれている『ピッチャンテ』と呼ばれる、肉自体が辛味を持ったお肉でしょうか。それで作ったスープは身体の内から温まりますので、是非」
「ピッチャンテきらーい。ぴりぴりーっていたいんだもん」
推めてくるライラの横で、エルがうえーと舌を出していやいやと首を振る。辛いという話なので、小さい子の口には合わなかったのか。
「ありがと。辛いものは好きだから、首都に着いたら食べてみる。それじゃそろそろ、行く」
辛いものが好きだからといって甘いものは嫌いだと考えてはいけない。両方とも好きだ。
地図を片付け、僕は猫耳パーカーを着直す。ライラは椅子から立ち上がると、首に掛けられた小さな布袋を握り締めて頭を下げた。
「ええ、魔術石の件、本当にありがとうございます。お礼をまだ出来ていませんが……」
どうすればと尋ねるライラに、僕は首を振る。
「泊めてくれただけで充分。体調はどう?」
「今までよりずっと良いです。凄く体が軽く感じます」
暴れている魔力も見当たらない。これならとりあえず身体の心配は無いだろう。
「それは良かった。だけど、気休めでしかない。治せなかった。ごめんなさい」
「あなたが謝るような事ではありません。これで少しでも生き長らえる…それだけで私は充分です」
ライラはぎゅっと眉に皺を寄せて、エルを一瞥した。確かにまだ小さいエルを1人にするわけにはいかないか。
「おねえさん、もう行っちゃうの?」
「うん。私は、したいことがあるから」
「そっかぁ……。またあえる?」
「きっと」
もし魔溢病を治すことが出来るようになったら、絶対に真っ先にここまで戻ってこよう。
「じゃあ、またまほー見せてね!こんどはもっとすっごいの!」
「わかった、その時は必ず」
近付いてきたエルの頭を軽く撫でる。エルはえへへと笑ってされるがままだ。
「それじゃ、またね」
「はい、本当にありがとうございました!」
「またねー!」
ライラの住む家の玄関で、僕は彼女達に見送られて家を出た。
さて、目指すはニブルム国首都周辺、ここから北西に行った所にある街だ。