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第9話【魔溢病】

新幹線以上と思われる速度で走り続けて半日。日は既に沈みきっていた。


時々魔物を吹き飛ばしながら歩みを進め、国境を抜けた僕は、ニブルム国の領域に脚を踏み入れていた。


遠くに大きく白い山が見える。白いのはやはり雪だろうか。


ちなみに、北欧においては水ではなく氷が元素の一つで、それがイサというルーンにもなっている。氷の多い大地だったから、水が氷になるのではなく、氷が水になるという認識だったのだろう。


そんなイサを好んで使う理由は、実用的な部分だけでは無く、地球に居た頃から氷の魔術、もとい氷の魔法の系統が好きだからだ。凍結って、カッコ良くない?


さて、新たな国に来て、最初の村に辿り着いた。流石に疲れたので、適当に宿をとってベッドで眠りたい。


小さな村だ。入り口から出口までが遠目に見える。小さな木製の家々が並び、その奥には広めの田んぼが見える。今のところ、王国との技術の違いは感じられない。


宿を探してのんびりと歩いていると、僕よりも小さな子供が無警戒にも近づいて来た。女の子だ。怖い人だったらどうするのだろうと思ったが、改めて自身の容姿を思い出して、全然怖そうには思えないことに気付いた。


「おねえさん、だれ?」


こくん、と首を傾げる女の子に、僕は膝を折り曲げて視線を同じにした。


「私はネラ。ついさっきこの村に着いた魔術師」


「まじゅちゅし?」


舌足らずな言葉遣いで反芻する女の子に小さく笑う。そう、と頷いて、イサを発動する。


器にした両手の上に、パキパキと音を立てて氷が形成されていく。やがて拳大の大きさになった氷を、女の子に差し出した。


「こういうことが出来るの」


「おねえさん、まほうつかい!すごい!」


まあ、子供からしたら…いや、魔法を使えない人間からしたら、魔術も魔法も変わらないか。訂正するのも面倒だったので、そうだよと頷いておく。


女の子はキラキラとした目で手に収まった氷を冷たいと言いながら転がしながら、ふと僕に問うた。


「それじゃあまほうつかいのおねえさん。わたしのおねえちゃんをたすけられない?」


おっと、これはどうやら確定イベントだったらしいとゲームみたいに考えて、やはり首都まではどこの町にも入らない方が良かったかと内心、小さく溜息を吐いた。


「あなたのお姉ちゃん?病気?」


「そう!びょーきなの!」


「どんな病気なのかって聞いてる?」


「んーと、えーっと、…くるしそう?」


分かっていた事ではあるが、話にならない。しかし、僕が助けられるかどうかもわからない現状で、無闇矢鱈と引き受ける訳にもいかない。


女の子のお姉ちゃんとやらを診るには、この子の家にも行かなければいけない。そうなれば、例え治せなくてもその場から離れるのを躊躇ってしまいそうだ。


そう考えを巡らせていると、女の子の後方から女性が出てきてこら、と彼女の頭をこつんと叩いた。


「すみません、この子が勝手な事を…。気にしないでください」


「かってじゃないもん!」


じたばた暴れる子供を抱きしめてながら、僕に頭を下げる。少し痩せた頰に、身体の中で暴れている(・・・・・)魔力を持つ17歳前後に思われる青白い顔の女性。なるほど、この人がこの子の言っていた「おねえちゃん」か。


「……あなたがこの子のお姉さん?」


尋ねると、彼女はこくりと頷いた。


「はい、私は、ライラと申します。この子は…」


「エルっていうの!」


「私はネラ。……貴方の病気、もしかして魔溢(まいつ)病?」


身体を傷付けるように暴れる魔力を見て、僕はそう尋ねた。タイムリーな話だ。


「はい、良くお分かりで。魔法使いの方なら分かりやすいものなのですか?」


苦笑を乗せて話す女性。しかしその苦笑には、諦めの感情が乗っていたように思えた。彼女の質問に、僕は頷いて答える。


「魔力の感知は魔力に通じている人なら、大半の人が」


魔溢病。魔物になる原因である、魔泉から溢れた魔力が、宿主の肉体を侵し、変質していく病。


その病には、後天的なものと、先天的な物の2種類がある。


現在、完治可能とされているのは後天的なもの……何かが原因で、一時的に魔力が溢れてしまった場合のものだけだ。これは単純に、溢れた魔力を使えば良い。高価ではあるが、魔力を強制的に吸収する魔術だって存在する。


が、先天的なもの……生まれつき魔泉から魔力が(こぼ)れ続ける根本的な原因を取り除くのは、現在の技術では出来ないのだ。


そう、魔力が零れ続ける。それは、魔力を使ったって意味が無い。簡単に言えば、魔力の泉の至る所に穴が空いていて、生成する度に漏れ落ちている。そういう状態だ。


この世界は人間に限らず、すべての生命が魔力を持っている。魔力は寿命を延ばすことからも分かる通り、魔力というものは生命力にも直結していると言って良い。


そんな魔力が零れ落ち続け、更にはそれにより外身すらも壊し続ける……。


結果、零れる魔力を処理しつづけても、その人は20年も生きられないとされる。


こういう場合、溢れ出る魔力により変質されてしまったほうが長生き出来てしまうというのは、なんと皮肉な事だろう。



ところで。魔溢病で魔力に侵されてしまった人間が、どうなるか。動物ならば力に支配され、ただ凶暴で強大な獣となるが、では、理性を持つ人間はどうなるか?


それの答えが、〝魔族〟である。


そう、今では種族として確立されている魔族という種族は、元は普通の人間が、魔溢病により魔力に侵された結果、生まれた存在だった。


だからこそ、魔族は人間よりも強力な身体能力も魔力も持ち、特異能力を持つ者も人間よりもずっと多いのだ。


そしてだからこそ、王国の人間は魔族を強く嫌っていたのだ。アレは魔物の一種なのだと。


「それは先天的なもの?」


「ええ、生まれつき、私が持っていたものです。ですから、気にしないでください」


「魔力を吸収する魔術は?」


「えっと……つい最近、使えなくなってしまって…」


文字として書き出す魔術は、描いた媒体の魔力を使うか、自らの魔力を注ぐことで起動する。


その中で魔力を吸収する魔術は、吸い取った魔力で吸収する魔術を発動する半永久的に使えるものではあるが、描いた媒体の耐久性というものは勿論存在する。そのため、それが使えなくなるのは、媒体が砕ける事を意味する。


また、魔溢病というのは多くの人がなるわけでも無く、対処する為の道具も高価なので、小さな市井の病院や薬屋に置かれてることは非常に少ない。ましてこの辺境の地だ。


一先ず、彼女の苦しみを和らげる為に、僕は彼女の手を取って、魔力を吸収するルーン魔術を描く。


「《奪え(jera)》」


一年と収穫の意味を持つルーン。これを使って、彼女の溢れる魔力を「収穫」する。


身体の中で暴れていた魔力が、腕を通して僕の方に流れ込んでくる。それを片っ端から侵喰で自らの魔力に変換させていった。


暴れる魔力が無くなるのが分かったのか、ライラは驚いたように目を丸くした。


「……まあ、私には根本的な部分を治すことは出来ないから、気休めにしかならないけど」


僕にも出来ることがあるみたいなので、その程度はやらせて欲しい。袖振り合うも他生の縁だ。鞄から取り出した石に変質でルーンを刻んでいく。


元々、ルーン魔術は占いやお守りに使われる魔術である。こっちが正しい。直接的な攻撃とかに使う僕がおかしいのだ。


先のジェラ以外に、健康であるようにという気持ちを込めて、彼女に必要そうなルーンをいくつか刻み、それこそ数十年は耐えられそうなほど耐久性を高めた石を作り上げる。


「吸収する魔術を組んだ石、あげる。耐久力はあるから、肌身離さず持っておくことをオススメ」


それを二つ。ルーン魔術は、重ね掛けすることが出来るので、効果がもっと欲しい時はいくつも同じルーンを刻むと良い。


彼女はもう長くないことを自分自身で理解していて、諦めている節があるように思えた。だから、もう死にたいと思っているかもしれなくて、これはお節介なのかもしれなかった。


しかし、ライラはそれを受け取ると、有り難そうにぎゅっと握り締めると、僕に深く頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!おいくらでしょうか……?私、あまりお金が無いのですが……」


いくらでも手軽に作れるのですっかり忘れていたが、 魔術体…魔術を宿らせた物というのは、非常に高価である。尤も、僕の魔術はルーンである。一目見た程度では、それが魔術なんて思えない。玩具と言われるだけだ。


「タダ……って言いたい所だけど」


僕はそこまで、聖人君子なんかじゃない。ライラは胸の前で手を組んで、言葉を待つ。これが男だったら、俺に一晩ご奉仕しろとでも言うのだろうか。いくら僕が女の子なんだとしても、ちょっと無防備すぎやしないだろうか。


「私、今、宿を探してるの」


だから、どこか良い宿を教えてくれない?と暗に尋ねる。世間的には安いかもしれないが、労力的には妥当だろう。


「でしたら、うちにお泊まり下さい。布団は余っているんです」


「……良いの?」


なんだってそんな得体の知れない人を。騙している可能性だってあろうに。そう思っていると、ライラの腕の中でエルが首を傾げた。


「おねえさん、わたしのおうちにおとまりするの?」


「ええ、よろしいですよね?」


ライラはエルの言葉を援護するように尋ねてくる。子供を使うなんてずるいと思うんだ。断れる訳がないじゃないか。内心で溜息を吐いて、僕は頷いた。


「……わかった。一晩、よろしく」


「やったー!おねえさんおねえさん、もっとまほー見せてね!」


ライラの腕の中でわーいと嬉しそうに笑うエルに、僕だけではなくライラまで毒気をなくしたように笑った。


子供の無邪気さは本当に人を癒す。最強の魔法は子供の笑顔かもしれないと、僕は僅かに頬を緩めた。



☆☆☆



ライラとエルの親は既に死んでしまっているのか、働きに出てるのか、少なくとも彼女達の案内された家にお邪魔しても、その姿を見ることは無かった。


質素ではあるが、温かみに満ちたライラが作った夕飯をご馳走になり、僕はエルに氷の魔術で龍の像でも作って見せていた。


これでも普通の氷とは違うので、溶けることもないし簡単に壊れない。龍の像とじゃれ合っているエルを見ながら、頭でルーンの効果を改めて見直していた。


一先ず渡した魔術石ならば、寿命は伸びるだろう。彼女に足りない体力や生命力を補うルーンや、進行を停滞するルーンも刻んでいる。しかし、それはただの気休めでしかない。それで何処まで保つかは僕にもわからないし、根本的な解決にはなっていない。


ルーン魔術は、怪我よりも病気を治す魔術の方が多い。しかし、魔溢病は病の名を冠してはいるが、他の病とは趣が違い過ぎる。


魔泉――魂に空いた穴を、いったいどうやって塞げと言うのか。ルーン魔術で、魂に干渉なんて真似が出来るのか。そもそも、魔溢病の根本的な原因が、本当にそこにあるのか。


魔王なら、出来るだろうか。光の異能の特性のもう一つ。あの、瞬時に怪我を消していた力なら、魔溢病も治せるだろうか。


「……はぁ」


話が別の方向に飛んでいた。魔王が出来たからなんなのである。ここまで連れてくるのか?何処にいるのかもわからない、本当に治せるかもわからないのに?どうも魔王なら僕が出来ないことをなんでも出来るという先入観がある。矯正しなくては。


「魔溢病、か」


なんとなしにフードについた猫耳をふにふにしていると、ふと思い出した。そういえば、魔術に関しての本をレイアに貰っていた。僕は腰に着いた鞄から分厚い本を取り出した。


エルの方を見ると氷の龍を抱き抱えたまま寝てしまい、ライラに布団へ運ばれている。龍の像を抱き抱えたままで冷たくないのだろうか。風邪ひきそう。


「氷、消した方が良い?」


「ええ、消せるのならお願いします。わざわざ作っていただいて申し訳ないのですが」


「問題無い」


ぱっと龍の像の氷を消すと、エルの抱き抱えていた手が何かを探すように動き、ライラの服の裾を握りしめた。


それに癒されながら、僕は改めて分厚い本――魔術書に目を通し始めた。

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