第0話【勇者と魔王】
ここまで足を運んでいただきありがとうございます。拙いですが、がんばりますので、楽しく読んでいただければ幸いです
──ポツ、ポツ
頬に何かが落ちてくる。触覚は残っているものの、それが冷たいものなのか、熱いものなのか。どれほどの勢いで落ちてくるのかわからない。
もしかしたら、この何かは僕の頬に穴を開けているのかもしれない。でも痛覚が機能していない僕には、その判断をすることは出来なかった。
でも、感覚の中で残っている聴覚が、これは雨だということを伝えてくる。静かに降り続ける雨が、僕の身体を打ち付けていた。
走馬灯というものだろうか。今までの人生が、非常に濃かったこの世界での記憶が、頭を巡る。
この世界に召喚されて、まだ1年しか経っていないのか。なんとなく、感慨深くなる。
現代で落ちこぼれで引きこもりだった僕は気まぐれで外に出てすぐ、光に包まれてこの世界に飛ばされた。
やっぱり引きこもってるべきだったと強く嘆いたのは、まだ記憶に新しい。
それから魔王を倒してくれなんて王様に頼まれて。尤も、僕は平和ボケした世界から来た人間であり、しかも引きこもり。コミュ症ではあったが、そんな死ぬ可能性のある事を行うつもりはなかった。いくら混乱していて、ファンタジーに憧れていたとしても、そのくらいの正しい判断は出来た。
まあ、それは今、正しかったのか間違っていたのかはわからない。拒否しても無理矢理やらされたし、帰らせてはくれなかった。もしかしたら、従順になって、力をつけて反旗を翻す方が正しかったのかもしれない。
僕は奴隷の鎖をつけられたのだ。鎖は魔法の力により僕を縛り、戦わせた。
やがて魔王の幹部と争い、そこで手にした僕の力は、勇者とは思えない《闇》。
闇の力は、僕を召還した国では悪魔の力と言われ忌避され、異端とされていた。
僕は捨てられることになった。いや、正確には殺されることになった。異端とされている力が勇者の本質だなんて、国としては大打撃だったろう。故に僕は魔王のスパイとされ、殺されかけた。僕を召喚し、奴隷としたのは彼らだというのに。
闇の力に覚醒した僕は、流石にそんな人達に負けるわけもない。奴隷の鎖を力付くで破壊し、国から逃げだした。
その途中、僕は人を殺した。復讐の怒りのせいか、僕の本質か。人を殺したことによる嫌悪感は殆ど無かった。
理不尽による僕の怒りは、魔王に向いた。魔王がいたから召喚された。魔王のせいで奴隷にされた。魔王のせいで闇を忌避された──そんな、見当違いの怒りを深く深く心に刻んで。
やがて国の人間から逃げ回りながら、殺しながら、様々な国を回り、鍛え、魔王の元に辿り着く。
魔王との戦闘で驚いたのは、彼が光を使っていたことだ。
勇者が闇を、魔王が光を操り争う。まるであべこべだった。
そして僕らは、相討った。光が僕の身体を融かし、闇が魔王を喰らった。
僕も魔王も、魔力も尽き、身体もボロボロで満身創痍。まだ意識があること自体、不思議な程だ。
───なあ、勇者よ
掠れた魔王の声。彼はまだ、喋る余力が残っているようだ。でも、僕はもう意識を保ち、彼の声を聞き取るのが精一杯。これは相討ちだが、僕の負けなようだ。
───この世は、楽しかったか?
楽しいわけが、無いだろう。無理矢理この世界に連れて来られて、奴隷にされて、戦わされて。そして殺されかけて。こんな世界が、楽しかったわけがない。
───だろうな
ふっと笑われた気がした。笑うな。あとナチュラルに心読むな。
多分。僕は道を間違えた。そして恨む相手を、怒る相手を間違えた。
魔王は、一つも悪くなんか無かった。どれもこれも、人間のせいだった。僕は今更、それに気付いた。復讐に囚われて、そんな簡単な事にも気付けなかった。
争いを始めたのは魔王なんかじゃなく、人間の方だったんだ。
───勇者とは、そういうものだ。人間が人間側なのは、当たり前の事。そして、魔王と敵対するのも予定調和だ。
嫌な予定調和もあったものだ。結局僕は、奴隷から解放されても奴隷だったわけだ。
───それに気付けただけ、ましな方なのだ。
……魔王、僕は
───謝るな。それが、当然で
ごめん。
謝るなと言ったろう、と魔王が笑った気がした。当然とかは、関係ない。僕は間違えた。取り返しのつかない間違えを、ずっと続けて来たのだ。
ふと、一瞬。意識が遠くなった。今までの怒りを、恨みを以って無理矢理にて意識を繋ぐ。
───そろそろ、限界の様だ。
ああ、そうだな。これでやっと、終わる。
───なぁ、勇者よ
最初と同じ調子で、話し掛けてくる魔王。
なんだ、魔王。
───もし輪廻天性があるならば、次は──
……ああ。そうだな。もし次があるのなら。
───友人に、なってくれぬか
その言葉に、僕は喉に、唇に、顎に、舌に、力を入れる。これだけは。これだけは、口に出さなければ──
「──ああ、勿論」
その返事が返ってくることは、無かった。いや、返ってきたのかもしれないが、僕の意識は、そこで途切れることになった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。