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第九話 鞄を取り戻せ!

 枯れ草の這う掘っ立て小屋から、大きなイビキが聞こえてくる。森の静寂を破るように、ぐおお、がごご、ぷしゅるる~、と時折無呼吸になったりしながら波のように繰り返される。

 森の仲間たちは近くの茂みに身を潜め、小屋の様子を伺っていた。夜目が利く教授の琥珀色の瞳が、暗闇できらりと鋭く光る。

「シマリス、中の様子を見に行ってきてくれ」

「あいよ」

 クマの体を滑り降りると、シマリスはちょこまかと小さな体を暗闇の中に溶け込ませた。

 小屋では狩人の兄弟が十字に吊るされたハンモックの中で眠っていた。大きなイビキをかいているのは兄の方で、弟の方はチーズとジライマの鞄を腕に抱えてむにゃむにゃ寝言を呟いている。

 シマリスはロープをつたってハンモックに駆け上がると、弟の掌からそっとチーズを掠め取って、代わりに落ちていた空き瓶を握らせた。そして何事もなかったように皆が潜んでいる茂みへ戻り、クマの頭の上で戦利品のチーズをもぐもぐと頬張りながら現状を報告する。

「二人とも熟睡だったぜ」

「ミス・ジライマの鞄はどこにあった?」

「弟の方が抱きしめて眠ってた。チーズと空き瓶を摩り替えても気づかなかったから、うまくやれば起こさずに奪ってこれるだろ」

「よし。では、僕とクマで一緒に行こう」

 名指しされたクマは「えええっ?」と身を震わせて近くの木にしがみついた。「やっぱりやだあ! 教授ひとりで行ってよ。怖いもん!」

 どうあっても動かぬ巨体をあきらめて、教授は已む無くウサギを指名することにした。

「仕方ない、行くぞウサギ」

「え、俺かよ!」

 ウサギは逃げ出そうとしたが、スカーフの端を教授に捕まれ同行する破目になってしまった。

「僕らに何かあったときには、クマが茂みから飛び出してヤツらを驚かすんだ。いざというときには小鹿に鞄を渡すから、その健脚で猛ダッシュして逃げてくれ」

 クマは巨木の影から頼りなげに返事をし、浮かれた小鹿はちゃんと話を聞いているのかほとんど怪しいところだった。このメンバーで果たして大丈夫なのか教授は今更心配になったが、意を決してウサギを前に押し出し小屋へ向かって歩き始めた。

「押すなよ教授! 俺が後ろを歩くから前を歩けよ」

「なに遠慮するな。譲ってやろう」

 醜い小競り合いをしながら小屋の中に忍び込んだ二人は、弟のハンモックを遠巻きに覗き込んだ。寝返りを打った弟の狩人は、ヨダレを垂らしながら幸せそうな寝顔を浮かべている。

 教授によって抱き掲げられたウサギは、鞄の持ち手部分を口に加え、狩人たちを起こさぬようにそっと引っ張った。

「お嫁さんっ!」

 突然、弟が大きな声で叫んだので、教授とウサギの心臓は飛び出んばかりに跳ね上がった。「ウフフフ。可愛いなあ。むにゃむにゃウフフ」

「お、驚かしやがって。ただの寝言か」

 ドキドキしながら二人が再び鞄を引っ張ったとき、今度は弟の斜め下で眠っていたアニキの方が、がばりと上半身だけ体を起こした。

「その大金は俺様のものだ!」

 ひいいっ! と教授とウサギは驚きのあまり思わず二人で抱き合った。

 どうやら寝言のようだった。二人は落ち着きを取り戻すと、再び慎重に、しかしながら迅速に鞄を引っ張り出した。

「やったな教授。ちょろいもんだ」

「ああ。気づかれる前にさっさと退散しよう」

 ところが、二人がくるりと踵を返した瞬間、シマリスが弟に握らせていた空き瓶が手から落ちて、ガッシャーンという派手な音と共に床の上で粉々に割れ散った。飛び起きたアニキが暗闇に向かって銃を構えた。「そこにいるのは誰だ!」

 遅ればせながら目を覚ました弟がカンテラに明かりを灯すと、辺りが橙色の光で照らし出された。薄汚い小屋には酒の空き瓶が所々に転がっているだけで、誰の姿も見当たらない。

「誰かいるかと思ったが、気のせいか」

 大金が手に入ったので、神経質になっているのかもしれない。そう思い、兄の狩人はせせら笑うように唇を歪めた。そりゃ、神経質にもなるさ。何しろこんな大金が手に入ったんだから……。アニキは弟を振り返り、彼が両腕で大事そうに抱えている物を凝視する。

「おい、ジョッディ! おまえ、鞄はどうした?」

「鞄ならおいらがちゃんと両腕で抱きしめて眠って――」

 ジョッディと呼ばれた弟は、元々飛び出ているように見える丸い目を、眼孔から落ちそうになるほど見開いた。自分が大切に抱えていたのがイタチの剥製だということに気がついて頭が混乱し始める。

「あれ? ない……。鞄がない……」

「ないって、そんなはずないだろうが!」

 兄弟が混乱している最中、逃げそびれた教授とウサギはまだ小屋の中にいた。床に敷いてあった熊の剥製の下に潜り込んでいたのである。

 剥製の熊には片方の目に鋭い傷跡があった。こいつは臆病クマの父親で、森の動物たちから通称『片目親分』と呼ばれていた。小熊だった臆病クマが狩人に狙われたとき、我が子を守るために身代わりとなって撃たれたのだった。

 薄っぺらい片目親分の剥製を被った二人は、狩人の兄弟に気づかれないように、少しずつ匍匐前進して入り口に向かっていた。教授がジライマの鞄を抱えているため、親分の左胸の辺りは異様なほどに膨らんでいる。右胸はウサギが被っていたシルクハットのせいで煙突みたいに角ばっていた。それに気がついたジョッディが、夢でも見てるんじゃないかと目をごしごしと擦りながら叫ぶ。

「大変だアニキ! 熊の毛皮が動いてら!」

「馬鹿野郎! 死んだ動物が動くわけないだろうが!」

 教授とウサギは片目親分を背中に背負ったまま、なりふり構わず小屋の外に駆け出した。

「やっぱり熊が生き返ったんだ!」

「違う! 不法侵入者だ!」


 ズガーン


 アニキの鉄砲が勢いよく火を噴いた。

 教授はジライマの鞄を空中に放り投げる。「小鹿! パス!」

 すると、小鹿がそれをうまく首に引っ掛けて、ひゃっほーいと嬉しそうに走って逃げた。片目親分のマントをひらつかせた教授とウサギは、そのまま前方の茂みに飛び込んだ。

 猟銃に玉を装填しているアニキに代わって、自らの銃で狙いを定めたジョッディがゆっくりと茂みに近づいてゆく。

「どこの誰だか知らないが、なめたマネしやがって」

 ジョッディはすっかり人間の仕業だと思い込んでいたが、茂みから姿を現したのは、シマリスにつねられて「痛い!」と飛び上がったクマだった。

「わあああああ!」

 幽霊熊の出現に、ジョッディは恐怖に駆られて小屋へと逃げ帰る。

「大変だアニキ! やっぱりあの熊生きてたよ!」

「馬鹿野郎! そんなわきゃないだろうが!」

 狩人の兄弟がもめているうちに、教授と森の仲間たちは闇夜に紛れて森の奥へと帰還するのであった。

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