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第七話 遠い昔の約束

 大学の研究室から続く温室は、教授の大切な城だった。城と言えば聞こえはいいが、ほとんど自然に占領された廃墟のようなもので、何か特別な用が無い限り、わざわざここまで足を運ぶ生徒も稀だった。

「だーれだ?」

 教授が研究に没頭していると、少女はいつも決まって背後から忍び寄り、小さな両手でそっと彼の視界を塞いだ。毎日同じ時刻に同じことをされれば、いくら生徒に感心のない教授でも、否応無しに相手が誰だかわかるのだった。

「ミス・エーデン、僕はこれでも結構忙しい身なのです。用が無いならこの手をどこか他所へやってくれませんか?」

「ミス・エーデンはこの学校に三人いるの。どのミス・エーデンか正確に答えてくださらなきゃだめよ」

「僕の研究室に所属している、庭師の娘のアーデルハイト・エーデンでしょう。機嫌が良いときには講義中にも関わらず突然鼻歌を歌いだす。百合のような白い肌に、遠い異国の地に生息する毒キノコのような青茶色の瞳。傷を受けた際にこのような青みを帯びる菌類がありますが――ああ、いや、もっと的確な例えを用いるなら、高熱を加えたマジックマッシュルームの色合いによく似ている」

 普通の女の子ならまず間違いなく顔を顰めるところだが、この少女に限っては違った。心底嬉しそうに「毒キノコや幻覚キノコに例えてくださるなんて光栄だわ」と答えるのだった。

 少女は教授が手にしていた羊皮紙を風のように取り上げると、おぼつかない口調で蔓草のような文字を読み上げた。

「エメラルドの湖 石の壁 ヒツジが草はむその先に

真っ暗森の幻キノコ 消えてなくなる不思議なキノコ

きらきらまん丸 お月様 きらきら光る虹色キノコ

涙はいつも隠し味 消えてなくなる魔法のキノコ』

……面白い詩ね。教授が作ったの?」

「いいえ。これは『幻のキノコ』と呼ばれる珍種について書かれた資料の一部で――」

「幻のキノコ?」

 可愛い生徒が興味深げに顔を輝かせたので、教授は水を得た魚のように、幻のキノコについて自分の知っている限りを語って聞かせてやるのだった。

「消えてなくなる魔法のキノコ……なんてロマンチックなのかしら! ねえ教授、次の試験が終わって休暇に入ったら、一緒に幻のキノコを探しに行きましょうよ!」

「本気で言っているんですか、ミス・エーデン? つい今しがた話したとおり、この世に存在するかどうかもわからない幻と言われているキノコだよ?」

「あら、違うわ。きっと教授に見つけてもらうのを今か今かと待っているのよ」

 少女――アーデルハイト・エーデンは、一方的に自分の小指を教授の小指にそっと絡めた。突然触れられた人肌の温もりに、教授の心臓は驚いて跳ね上がる。

「二人で幻のキノコを探しに行きましょう。約束よ、教授」



 オオカミみたいな教授の遠吠えが、夜空に瞬く星たちをチカチカと震わせる。満月はすでに空高く昇っていた。

 残念なことに、二人の約束が守られることは無かった。けれども、教授は人間が生み出したこの脆くて儚い不安定な約束というものを、このときばかりは信じてみようと思ったのだ。人と人との繋がりを。未知なる未来へと続く、希望の蔓草を――。

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