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第三話 狩人兄弟 

エメラルドの湖 石の壁 羊が草はむその先に

真っ暗森の幻キノコ 消えてなくなる不思議なキノコ

きらきらまん丸 お月様 きらきら光る虹色キノコ

涙はいつも隠し味 消えてなくなる魔法のキノコ


 ジライマは童謡を歌いながら、金緑の光が差し込む森の中を歩いていた。街を出てから、エメラルド色の美しい湖と巨大な石の遺跡のそばを通り過ぎ、羊が群がるのどかな牧草地を抜けた。童謡の詩が示すとおりであれば、幻のキノコはこの森にあるに違いなかった。

 無事に森に辿りつけたのはよかったが、夜をひとりで過ごせるかどうかジライマは心配だった。なにしろ生まれてこの方、一度だってひとりで寝たことなんてないのだから。いつも眠るまで侍女のデインティがそばについていてくれたし、深夜に目を覚ますことがあっても、続き部屋の向こうから聞こえてくる彼女の寝息を聞きながら、安心して眠りについていたのである。

 ジライマは幻のキノコを探すという秘密の計画を、信頼していたデインティにだけは打ち明けたが、頭ごなしに反対された。「恐がりなお嬢様がひとりで森になんか行けっこありません」そんな風に言われてしまい――ジライマは内心、デインティが自分にお伴してくれるものだとばかり思っていた――もはや後には引けなくて、ほころんで取れてしまったドレスのボタンを彼女が縫い付けている隙に、屋敷を飛び出したのだった。

 世間のことなど何ひとつ知らない深窓の令嬢が、あるかどうかもわからないキノコを探しにたったひとりで森へ行くだなんて、有能な侍女であれば反対するのは当然だった。最悪の場合、自分がお嬢様のお供をしなければなるまいと、忠実なデインティは密かに心の内で決めていたのだが、そんなことを知りもしなかったジライマは、彼女を出し抜き、ひとりぼっちでこうして森を歩くはめになったのだった。


 幻のキノコを探しに森へ行かなければならない――。


 それが病に臥せっていたおばあ様のうわ言だった。

 ベッドに横たわる祖母の姿を見つめながら、ジライマは心に決めたのだ。大好きなおばあ様のために、自分が必ず幻のキノコを見つけなければならないと。キノコを見れば、おばあ様はきっとまた元気になってくれるに違いない。

 すっかり痩せ細ってしまった祖母の顔を思い浮かべるたびに、ジライマはこの旅すがら幾度となく涙ぐんだ。今だって、ちょっと気を抜けば涙はいつでもこぼれ落ちそうな有様だった。しかし、彼女はぐっと歯を食いしばり、必死で悲しみと心細さに堪えるのだった。

 鬱蒼と茂る木々によって光を遮られた森は、昼間であるにも関わらずちょっぴり薄暗かった。だが、思っていたほど恐くはないとジライマは思った。それというのも、先程の宿を出てからずっと、自分の後を誰かがついて来ていることに気がついていたからだ。きっとデインティが心配して来てくれたに違いない――。そう、確信していた。

 ジライマはしばらくノイバラの生垣に囲まれた小道を歩いていたが、やがて足を止め、振り返って言った。

「デインティ、そこにいるのはわかってるのよ。私を連れ戻しに来たのね?」

 生垣に身を潜めているのか、辺りには誰の姿も見あたらない。鳥のさえずりしか聞こえない静かな森に、ジライマの声が響き渡る。

「幻のキノコを見つけるまで、私は絶対家には帰らないわよ!」

 ガサガサと近くから枝葉の揺れる音がした。「痛ぇ」という声とともに、ブラックベリーの花びらが地面にひらひらと舞い落ちて、棘まみれの灌木の後ろから二人組の男が姿を現した。

「だ、誰よ、あなたたち」

 デインティだとばかり思っていたのに、見知らぬ男たちが現れてジライマはひどく驚いた。見知らぬ? いいや、さっき宿の食堂で見かけた気がする。確か隅の方のテーブルに座っていた二人組だ。

「お嬢様がひとりでこんな森の中をうろついたりしちゃ駄目だよ。狼男よりも恐~い恐~い狩人に狩られちゃうからねえ」

 大きい方の男が言った。屈強そうな太い眉毛と丸くて赤い鼻先が、もじゃもじゃとしたオレンジがかった金色の髭の中で際立って見える。深い茶色の羽根付き帽子を被り、枯葉色の草臥れた服に皮のブーツを履いていた。がっしりとした幅広の肩には、黒く光る細長い猟銃を担いでいる。

「おとなしくその鞄をこっちに渡しな!」

 大きい方の男に隠れながら、小さい方の男が言った。大きい方と同じ格好をしていたが、骸骨みたいにひょろひょろとして見るからに弱そうだ。ペタリとしたオレンジ色の猫っ毛が、頼りなさ気に額に張り付いている。

 物盗りだ――。

 ジライマは慌てて森の奥へと走ったが、ドレスの襞が足に纏わりついてきてすぐに転んでしまった。地面に倒れた弾みで鞄が転がり、駆けつけた男たちはすぐさまそれを手に取ると、中を覗いて嬉しそうな悲鳴を上げた。

「すげえよアニキ! 女の子の寝巻きが入ってら!」

「馬鹿野郎! そんなもんより金だ! 金!」

 二人が鞄に夢中になっている隙に、ジライマは逃げ出そうとした。だが、追いかけてきた小さい方に左腕を捕まれた。

「離して!」

「可愛いなあ。お嫁さんにしたいなあ」

 少しばかり飛び出して見える丸い瞳で、小さい方が熱っぽくジライマを見つめると、アニキと呼ばれていた大きい方の狩人が、「馬鹿野郎!」と怒鳴りつけた。口調は怒っていたが、取り出した札束を舌で濡らした指先で一枚ずつ数えていくうちに、顔はどんどんほころんだ。

「こんだけあれば、狩りなんかしなくても毎日酒が飲み放題だぜ!」

「すげえやアニキ! 俺たち金持ちになったんだな!」

 ひゃっほう、と小さい方が両手を挙げて喜んだ隙に、自由になったジライマは全速力で疾走した。

「あっ、小娘が逃げちまう!」

「ほっとけほっとけ。どうせ迷子になってくたばっちまうだけのことよ。それか噂の狼男に喰われちまうさ。これ以上森の奥に深入りしたら、俺たちの方が危ねえや」

 二人は追いかけなかったが、ジライマは恐怖でそのことに気がつかず必死で走った。お気に入りの帽子は木の枝に引っかけて途中で落としたし、ドレスのフリルはブラックベリーの棘で破れてしまった。それでもなりふり構わず無我夢中で走り続けた。

 いくつもの茂みを抜けて、羊歯の生える湿った場所を通り過ぎ、やがて、わずかに木洩れ日の差し込む開けた草地に辿り着くと、ジライマは疲労からぱたりと倒れ、そのまま気を失った。

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