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ヒーローに命乞いをした結果

作者: 猫図木奈緒

「命だけは勘弁して下さい!」

「あぁん?」

「私には妻と三歳になる娘がいるんです!」

 今まさに仕留められそうになっている怪人が声を震わせ涙を浮かべながら懇願した。

 正直言って、相手を舐めてかかっていた。

 自分と戦闘員数十名という数の暴力をもってすれば余裕で倒せる相手だと思っていた。

 しかし、その考えは甘く、周囲にはコテンパンに叩きのめされた戦闘員たちの姿。

 それは、まさに死屍累々の様相を呈している。

 怪人自身も手痛い仕打ちを受けて戦意を喪失してしまった。

 完全なる敗北である。地獄に送ってやると息巻いていた自分が恥ずかしい。

 怪人の視線の先には戦いの相手、正義のヒーローが立っている。

 その名をアカセイギ。世界の平和を守る戦士・セイギファイターズの一員である。

 アカセイギは血のように赤い釘バットを肩に担ぎ、ドスの利いた声で言った。

「んなの知るか。お前みたいなのを始末するのが俺らの仕事だからよ。

 このレッド釘バットの餌食にしてやるッ」

 赤い金属製のマスクで覆われているため、アカセイギの表情を窺い知ることはできない。

 だが、鬼のような形相でこちらを睨みつけているに違いないと怪人は思った。

 そう思わせる気配というかオーラを放っていた。

 マズイ、殺られる。

「ままま、待ってください……!」

 怪人は恐怖のあまり糞尿をチビリそうになりながらも、正座をして地面に叩きつけるような勢いで頭を下げた。

「どうか、お慈悲を……何でもしますから」

「何でも?」

 怪人は顔を上げて、その問い掛けに答える。

「はい、何でも。あ、死ねとかエログロは勘弁して下さいね」

「必殺・レッド釘バッ―――」

「わぁぁぁぁっ、ウェイトウェイトウェーーーーーーーーーーーーーイトッ!!」

 振り上げられる釘バット。それを慌てて制止する怪人。

「んだよ? エログロ無しとか、つまんねぇだろうが」

「いや……、作者がビビりな上に童貞なんで、その辺は許してやってください」

「……チッ、わーったよ、しゃぁねぇな。さすがの俺もアイツには敵わないからな」

「あ、あざっす!」

 怪人は深々と頭を下げた。

「それじゃ……」

 アカセイギはしばらく思考した。その結果。

「アジトだ。アジトまで案内しろ」

「アジトですか……」

 アカセイギの提案に怪人は難色を示した。

 罠に嵌める以外で敵をわざわざアジトに案内する悪の怪人がどこにいようか。

「おーい、アカセイギ~」

「こっちは片付いたよ」

 声のする方向へアカセイギは振り向いた。

 青い戦闘服と黄色い戦闘服。アカセイギ同様、金属製のマスクをした二人が近寄ってくる。

「おう、アオセイギにキセイギ。ご苦労さん」

 アカセイギは二人に軽く労いの言葉をかけた。

「で、何してんの?」

 釘の宮を思わせる、変声期を迎える前の少年の声で尋ねるキセイギ。

 アカセイギはそれに答える。

「今からこの怪人にアジトまで案内させようと思ってな」

「へぇ~、一気に奴らを蹴散らせるチャンスじゃん」

 チャラそうなアオセイギが言う。

 それに対してアカセイギは「我ながらナイスアイデアだろ?ワイルドだろぉ?」と一昔前に流行ったギャグを織り込んで返してみせた。

「今、ス◯ちゃん関係なくね?」

 ツボにハマったのか、アオセイギは一人大笑いした。

 あぁ、自分たちはこんな奴らに負けたのか。だんだん惨めな気持ちになってくる怪人であった。

「じゃぁ、明日の朝、駅前に集合な。逃げたり、組織にチクったりしたら家族親戚全員血祭りだからな」

 アカセイギが不意にこちらに向き直り、凄みを利かせた声を放ったので、一瞬ビクリとしながらも怪人は「は、はい」と返事をした。

 これじゃどっちが悪党か分かりゃしないよ、トホホ……と、胸中で呟いた。


 翌日、怪人は約束通り駅前を訪れた。

 すでにセイギファイターズは三人全員集合していた。

「おぅ、逃げずによく来たな」

 煙草を吹かしながらアカセイギが言った。

「あぁ、はい……あの……」

「ん?」

「今からでも別の要求に変更してもらえませんか?」

 怪人は無理だろうと思いながらも願い出てみる。

「敵をアジトに案内するのは組織に対する裏切り行為ですし……」

「レッド釘……」

 願い虚しく、往年の名選手のようなフォームでレッド釘バットが振りかぶられた。

「分かりましたよ、案内すればいいんでしょ。案内すれば……」


 電車、バスを乗り継ぎ、辿り着いた先は人はおろか動物の気配すら感じさせない。

 組織の科学技術を駆使したことにより、それそのものが巨大な要塞と化した山。

 そこにそびえ立つ巨大な金属の扉が一行の眼前にあった。

「ふーん、ここか……で、なんで俺ら戦闘員の格好させられてるんだよ?」

 とアカセイギが訊く。怪人はそれに対して、

「ヒーローの姿のままじゃ即バレてしまいます。しばらくはそれで我慢してください」

 と答えた。

「なんか屈辱的だなぁ」

 キセイギが不満を漏らす。

「そのストレスは奴らにぶつけたらいいんじゃね?」

「そうだね。よぉし、ぶっ壊すぞー!!」

 アオセイギの言葉にキセイギは奮起した。

「しー、ご近所迷惑になりますよ」

 怪人は二人を注意すると、インターホンのボタンを押した。『ピィンポォ~ン』と妙に間抜けな音が鳴った。

「怪人番号76526です」

 怪人はインターホンに向かって話す。それと同時に彼の体が赤外線スキャニングされる。

 読み込まれた情報の解析のために要した数秒の後、

『セイタイジョウホウ ト バンゴウ ヲ カクニンシマシタ ドウゾ オハイリクダサイ』

 という合成音声とともに扉が開いた。

「よし、突にゅ……」

「あ、待ってください」

 勇んで中に入ろうとするアカセイギの腕を怪人が掴んだ。

「なんだよ急に」

「今から全員参加の朝礼があるんです。謁見の間に行きますよ」

「えー、めんどくせーよー」


 数百人規模の軍団が一言の声も漏らさずに朝礼の開始を持つ光景。

 謁見の間は物々しい雰囲気に包まれていた。

「これより朝礼を開始する。まずは首領の有難い御言葉から」

 幹部の一人がそう言ってすぐに、舞台袖から黒いローブに鋭い棘付きの肩パットを身につけた人物が姿を現す。鬼が現実に現れたような強面は悪の組織の親玉の風格を十分に漂わせていた。

 アレが首領か、いかにもな面構えをしてやがるな。とアカセイギは胸中で呟いた。

「え~、諸君おはよう。今日は快晴で絶好の侵略日和で……」

 首領の話が始まった。

 そして三十分経過。

「……」

「そしたらウチのカミさんがこう言ってね……」

 首領の話はまだ続く。

 さらに一時間が経過。

「…………」

「ご近所の山田さんが……」

 首領の話はまだまだ続いている。

 …………いったい、いつまで喋ってやがる。

 アカセイギは小学生時代、朝礼時に貧血で倒れたことが度々あった。それは決まって校長先生の長い挨拶の時。

 現在、貧血は改善しているものの、そんな過去を持つ彼にとって長話はただの苦痛でしかない。

「長いわ!!!」

 とうとう我慢の限界を突破してしまった。

 怒りに任せて放たれた拳は容易に首領の顔面を歪ませ、天高く吹き飛ばした。

 呆気にとられた幹部や怪人軍団は一瞬遅れて事態を認識し、下手人を捕らえようと飛びかかる。

 だが、全身怒気の塊と化したアカセイギとって彼らはカス同然でしかない。

 ちぎっては投げちぎっては投げの大暴れ。まさに無双状態!

「おいっ、お前らも派手にやっちまえ!」

「オーケー」

「うん、僕、頑張っちゃう」

 呼びかけに応じたアオセイギとキセイギが参戦。

 アカセイギだけでも圧倒していたのに更に二人が加わることで謁見の間に阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれる。

 断末魔が、まるで戦闘BGMの代わりのようだ。

「うわ……筆舌に尽くし難い惨劇が今、目の前で…………」

 アカセイギ達の恐ろしさを身を持って知った怪人は柱の陰から、ただ見ていることしかできなかった。

 組織への忠誠心よりも己の命の重さが勝った。


 惨劇ともいうべき戦闘は、その後、約三時間続いた。

 結果、山の要塞は跡形もなくなり、風通しの良い更地となってしまった。

「どエライことになってしまった……」

 ガックリとうなだれる怪人。

「じゃぁ僕達、先に帰るね」

 キセイギが手を振り、アオセイギと共に去っていった。

「おぉ気をつけてな…………フー、スッとしたぜ」

 二人に手を振り返し、戦闘後の一服をキメるアカセイギ。

「お、まだお前が残ってたか」

 ふと振り向き、怪人の方へジリジリと近寄る。怪人は、おののきながら後退。

 しかし、スピードで勝るアカセイギは瞬時に怪人の真正面まで近づいた。

「ヒィッ」

 ……ダメだ、抵抗できない。

 怪人が小さい悲鳴を上げた。体の震えが大きくなる。

「ま、待っててててて、くくくください!みみみ見逃して!!」

「いや、ダメだね」

 無表情なはずのマスクが凄みのきいた表情を見せる。

 怪人は思う。どうやらここまでのようだ。人生終了のお知らせ。

 妻よ、こんなヘタレな自分を愛してくれてありがとう。新しい旦那を見つけて幸せになってくれ。

 娘よ、お母さんの言うことをよく聞いて立派な大人になるんだぞ。お父さんみたいなダメな男に引っかかるんじゃないよ。

 心の中で家族へのメッセージを送り、最期の時を待つ。

 そしてアカセイギが右ストレートのモーションに入った時、それは起こった。

 どこからか、大して歌もダンスも上手いわけではないのに事務所のゴリ押しで人気をでっち上げられているにもかかわらず、その人気を自分の実力で獲得したと勘違いしているアイドル歌手の歌声が流れてきた。

 アカセイギは怪人の顔面スレスレで拳を止め、戦闘服のポケットをまさぐる。

 取り出されたのは携帯電話。歌声は電話の着信を知らせるものだった。

 アカセイギは通話ボタンを押した。

「もしもし……おぅ……はぁ、やめるだと!?

 …………ふざけんなよ、それお前のワガママじゃねぇか! おいっ―――」

 そこで通話は切られてしまった。

 再び怪人を睨み、両手で彼の肩をガッチリと掴むアカセイギ。

 今度こそ終わりかと覚悟を決める怪人。

「おい」

「はい……」

「やらないか」

「えぇっ!? 何言ってるんですか!? 私は健全な男ですよ。ソッチの気は全くありません!」

「違うよ、そうじゃなくてだな、うちのチームの雑用やってる奴が『飽きた』とか言って急に辞めちまいやがったんだ。だから、お前やってみないかと」

「え、でも私、敵ですよ? 敵をそんな簡単に雇っていいんですか?」

「今のところ他に思いつくアテがないんだ、頼む。さもないと……」

「家族も親戚も血祭り」

「そう」

 考える間もなく「……分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」と怪人は言った。

 深く溜め息をつく姿は、もうなんか色々と諦めた様子だった。


 こうして、ひとつの巨大な悪が滅び去った裏で一怪人の再就職が決まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 取り敢えず再就職に成功したんだしめでたしめでたし。……なのか? まぁ履歴書に組織裏切って壊滅させちゃいました☆てぺろぺろ☆ なんて書けないし、赤い人に雇われて良かったのかも知れない。
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