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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

同僚恋愛

作者: 眠都十位

 いつも通り玄関の鍵を開けて、疲れのせいでいつもより少し重く感じる扉を開いて中に入る。扉が閉まる音を背中に聞きながら、ふと足元を見れば見慣れた靴が行儀良く揃えられていた。因みに俺のものではない。持ち主はわかりきっているので、特に警戒することも無く玄関を去る。

 そこそこお高いマンションの一室が俺の家で、広さも部屋数もそれなりにある。

 リビングの戸を横に滑らせれば、揺れる金髪と、そこから覗く蒼の瞳。足元には空き缶が何本か転がっていて、部屋の中に居る男の頬はうっすらと上気していた。

「はぁ……。」

「……おかえり。」

 思わず溜息を吐いた俺を一瞥して、しれっとそう言う彼にもう一度息を吐く。

「何を飄々と……家主が居ない間に勝手に酒盛りすんなって、いつも言ってるだろう、冬樹。」

 いつもながら身勝手な恋人は、俺の言葉を華麗にスルーして、既に意識をテレビに戻している。

 三度目の溜息を吐き出して、空の缶を拾い上げた。


 こいつが家に、連絡無しで上がり込んでいる時は、機嫌が極端に良いか、極端に悪いかのどちらかだ。他は連絡を寄越す。そして、飲んでいる酒の値段が機嫌に比例するのはデフォルトだ。

 俺は拾った缶を見遣る。缶ビールと缶チューハイ……言わずもがな、機嫌なんざ最悪だとわかる。機嫌が本当に良いときなんて(滅多に無いが)、恐ろしい値段のワインを持ってきたこともある。


 ……さて。俺は、何かしただろうか。正直、冬樹は普段の感情表現がそれこそ乏しいので、こういったわかりやすい行動は有難い反面、原因がすぐにわからなくて困る。中身が意外と子供っぽいのも含め、こいつの考えは本当に読めない。

「……つむり、」

 原因を考える悶々とした思考は、判りやすく不機嫌な声に中断された。ふむ、喋ってくれるなら聞いた方が早そうだ。そう判断し、早々に口を開く。


「俺、何かしたか?」

 直球な質問に、冬樹は隠すことなく顔を顰めた。思い出すのも嫌だ、ってか。しかし、聞き出さなくてはいけない。下手をすれば俺の日常生活にも被害を及ぼすのが、冬樹だ。改善出来るところはしないと、後で後悔する。……俺がな?

 子供を宥めるような優しい声を意識しながら、口を開く。

「なぁ、冬樹。俺が何かしたなら、ちゃんと次から気をつけるからさ、」

「今日、」

 教えてくれるか?と続けようとした言葉は、変わらず不機嫌な声に遮られる。しかし答えてはくれるようなので文句は言うまい。

「今日の、昼。…お前、他の部署の女と、喋ってただろ。」

「――あぁ、そういう。」

 それだけ聞けば充分だった。


 一ヶ月程前に付き合い始めたこの恋人は、独占欲が人一倍…どころではなかった。

 男同士という引け目と、もともとの性分もあってか、常に、不安で堪らないといった表情をしていた。……まあ、基本的にポーカーフェイスなので、気付くのは俺くらいだっただろうけど。

 そんなわけで、当初はといえば、素晴らしいまでの嫉妬や束縛を頂戴したのだ。

 女と話せば綺麗な手口で違和感無く邪魔をされ。男と話せば痛い視線と家に帰ってからの文句を貰い。――同僚や同じ部署の人間とは否応なし関係を持つものなのだし、本人もそれはわかっているのだろう、そんな行動をした後には、必ずしおらしくなって、「ごめん」と言ってくる。これが可愛い。


 ……いや本当に、恋は盲目とはよく言ったもので。今までならウザいと感じた筈の束縛でさえ、愛しく思えるのだから、俺も大概末期である。

 それでもなんとか、俺がどれだけ冬樹を好きかと言い聞かせ、周りに気付かれて別れたくはないから手を出したりするなと言いくるめ、あとは優しく、キスやら何やら。そんな感じで宥めすかした結果、案外すぐに束縛は緩んだ。

 俺にしては珍しく必死だったなぁ、と今になって思う。俺はやっぱり、自分で思っているよりもこの、目の前のやたら綺麗な顔をした男が好きらしい。

 しかも結局のところ、同じことをされれば、行動はしないまでも、かなり盛大に腹は立つのだから、要するに似た者同士なんだろう。


 と、俺が思い出に浸っていると、不意に冬樹が思い詰めたような顔で口を開く。出て来る言葉は酷く可愛らしい。

「休憩なら俺のところに来い。」

 ん、とだけ答える。

「雑談したいときも、俺のとこ。」

 うん、と頷く。

「タバコ吸いに行くときも、誘え。」

 おう、と笑いかけてやる。

 命令口調の"お願い"は、酷く可愛い。もう、盲目でも何でも良い。俺は、こいつが好きだ。ただ、好きなだけ。


「な、冬樹。」

 手をとって、指先にくちづける。

「……なに、」

 拗ねた声。そこに不機嫌さはもう、ほとんど無い。指先に口づけたまま、爪に染み込ませるように、言葉を紡ぐ。

「好きだ、好き……、」

 すきだよ、ともう一度呟いて、冬樹を見上げれば、拗ねたような、照れたような表情があって、絡んだ視線に笑いかければ、眉間のシワが、ふっと無くなったのが見えた。

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