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メイド達は、アヴァイン一行が眠る屋敷とは別棟で二階建ての質素な住居で寝泊りしていた。
アヴァインたち雇い主が寝静まる頃、ようやくお風呂などにも順番で入り。寝床に着く。そんなハウスメイドの一人が、風呂上りに窓辺から見える屋敷本宅を遠目に潤む瞳で見つめ、自身を抱きしめながらこう愛おしむかのようにして言った。
「ああぁ~~ん♪ わたくしの愛しきアーザイン様ぁあ~」
それは、いつもアヴァインの後ろに控えている今年16歳になったばかりのメイドだ。
この部屋には、同じくらいの年齢のメイドがあと2人居る。この部屋は3人部屋だった。といっても、小さなテーブルが部屋の真ん中にあり、あとは本当に寝泊りするくらいの広さでしかない。
「もぅ辞めときなよ、ロムニー。傍で見ていて、みっともないったらありゃしないんだからさぁー」
「そうそう、辞めときなさい。
どうせ私ら2等市民なんて。あの人たち1等市民からは、まともに相手なんてされないんだから。頑張っても良い様にもて遊ばれて、最後は野良ネコみたいに捨てられるだけなんだよ」
二人はロムニーを心配してそう言ったのだ。
しかし、ロムニーという名で二人から呼ばれたハウスメイドの方は、不機嫌そうに振り返り半眼に口を開く。
「コーゼに、クライン……。残念だけど、あの方は。そんな冷たい人なんかじゃぁあ~~ないわよ!」
そんなロムニーの言葉を受けた2人は、互いに驚いた表情で顔を見合わせ。次に、半ば興味だけの思いで口を開いた。
「どうしてそう思うの?」
「そう言い切れる根拠は、なに??」
「どうしてって……」
ロムニーはそこで『ンー…』と悩み顔に暫し考え、それから『ポン☆』と一つ手を打ち自信満々に言う。
「単に、そんな気がしたからよ!」
「た…単に、って……」
コーゼとクラインは、ロムニーの返答に思わず頭を抱え込んでしまう。
「だって、アーザイン様はなにかと。このわたくしに対して、とても優しいんですものぉ~~♪」
ロムニーのその根拠とも思えない理由を聞いて、クラインは思わず頭を抱え悩み。吐息をついて、ついついこう零してしまう。
「そりゃまぁ……確かに、優しいのは認めるけどさぁー」
「けど……なによ? クライン」
異を唱え始めたクラインをロムニーは再び不機嫌そうな表情で振り返り見つめ、気持ち睨む。
まあ元が可愛い系なだけに、迫力はその程度でしかないが。キャラクターギャップというモノは、時としてそれなりの威力を見せるものだ。
「それで……? なにが言いたい訳ぇ?」
「あ、いや! だってそこは、さぁ……まぁあ~なんていうかぁ…。
それこそあの方の本質ってモノで、特別ロムニーにだけ優しい、って訳でもなさそうなんだから。期待するだけムダなんじゃないの? かなぁ~…なんて、ハハ♪ 思っちゃったりして……アハハ…♪」
ロムニーが今だに見せる。可愛いんだけど、どこか迫力のある雰囲気に飲まれ。クラインは最後辺りから勢いなくそう言った。
それへ、コーゼが引き継ぐように繋げ言う。
「そもそも屋敷の中でもあの仮面を外そうとしない、っていうのも可笑しいじゃない。
もしかするとあの仮面の下は、ヒドイ火傷の痕があるのかもしれないわよ? ロムニー」
「あ、それなら無いわ」
「え? どうして、そう言い切れるのよ?」
「だってわたし、見たもの……」
それを聞いて、2人は再び驚いた表情で顔を見合わせる。
「え? もしかして、アーザイン様の素顔を??」
「うん、そうよ♪
まあ……『ちょっと』だけ、確かに怪我はしていたみたいだけどさ。
それがねぇーっ。よく見るととぉお~っても驚くくらい、ハンサムで素敵な方だったのよぅ~~♪」
アヴァインは屋敷内でも警戒して仮面を外すコトはなかった。万が一のことがあれば、ハインハイルやミカエルにも迷惑を掛けると思っていたからだ。
しかし朝早く、気分よく外の井戸で自ら出向き顔を洗っていたところへ突如としてタオルが差し出され「ありがとう」と受け取り。誰かと思いその相手を正面に見つめみると、そこにはなんとロムニーが立っていたのである。
アヴァインとしては、実に迂闊な出来事だった。
ここにもしファー・リングスが居たら、『相変わらずだなぁ~お前は』と呆れた表情を向けていたコトだろう。
その時のアヴァインの思いは別として。ロムニーの心はそれ以来、アヴァイン・ルクシードこと仮面の商人アーザインの虜となっていたのである。
「ハハ……なるほどねぇー…」
二人はロムニーのその一言を聞いて、ようやく納得いった顔を向ける。同時に、呆れ顔を向けて、であるが。
これまで何度か外への御遣いで一緒に出掛けたことがあるのだが。ロムニーはその都度、ちょっと表向きが良さ気な男が居ると直ぐに反応を示していた。
そういう困った、極端に面食いすぎるところがこのロムニーにはあるのを二人は見知っていたからだ。
「それはそうと……あのコージーっていう従者。一体、なんなのかしら??」
今度はイキナリ話が変わった。
「私たちと同じ立場な筈なのに。どうしてあの子だけが特別に『あっち』の屋敷で寝泊りする訳ぇ?」
ロムニーは不機嫌そうに腕を胸の辺りで組み、そう言ったあと。横からの見た目も綺麗に整った横顔を、屋敷本宅の方へと向けている。
コーゼとクラインは、ベットの上で互いに顔を見合わせ思わず吐息をつく。
これで性格さえ良ければ、さぞやモテたのだろうに……と。
対し、話しを振ったのにまるで言葉のひとつも返して来ない反応の鈍い同部屋の二人を見つめ。ロムニーは窓際で勢いよく正面へ振り返り直り。次に、両方の腰に両拳を軽く当て、気持ち憤慨の構えを見せ口を開いた。
「ねぇー! これってさぁー!! 『なんかおかしい』って。あなた達二人は、なんにも思わない訳ぇ???」
それで仕方なく、二人は口を開く。
「ンー……それはだって、《従者だから》なんじゃないのぉ?」
「うん……たぶん、そうだよなぁ?
そう解釈していたから。私は別に…特にはなにもなぁ~……」
余りにも意外なほど落ち着いた2人の返答を聞いて、ロムニーは『もしかしておかしいのは自分の方なんじゃないのか??』と一瞬だけ心配にもなったが、すぐに気持ちを切り替えて言う。
「ちょっ! ちょっと!? 待ってよ……従者だと、私たちとは扱われ方が違う訳ぇー?
それはそれで、おかしいとかナンにも感じないの?!」
「ンー……理由まではよく知らないし、分からないけど、さ。従者って、そういうモンなんじゃないの??
それを言い出したら。執事のハマスさんだって、『あっち』に居るんだよ? ロムニー」
ロムニーが話をややこしくしているので、敢えてココで更に簡単で分かり易いコトを言えば、だ。ハウスメイドだけがこの別棟に住んで居る。
男住まいの中に女性という訳にはいかない、という配慮によるモノが理由としては大きかったのだ。
逆に、女性ばかりが居るこの建屋内に。13歳にこの前なったばかりの、そういう意味では微妙な年頃であるコージーが居ることの方がむしろ不健全というか健全というべきか……それはそれで問題があるだろうと思う。
但し例外として、屋敷管理人も『あっち』住まいである。これについては、その彼女の役職や立場と年齢的な観点からいって、自己管理・責任能力もあり、特に問題はないだろうと判断してのコトだった。
「……だめ」
「は??」
「なにがダメなのよ、ロムニー」
「そんなのわたしには、納得出来ない!」
「納得出来ない、って言われても……」
「なぁ~?」
二人はそこで再び吐息をつく。
「執事のハマスさんなら、まだ理解は出来るけど。わたし達よりもかなり年下の《あの子》だけが特別扱いなのって、なんだか納得出来ない!
そうよ、これは明かな差別よ!!」
「さ、さべつ……って…」
「あきらか、って……」
二人はそれでほぼ同時に、頭を抱え込んだ。
「明日、ハマスさんにお願いしてみる!」
2人が頭を抱え込んでいる間に、ロムニーはそんなコトを言う。
「お願いって……なにをよ??」
「あ……もしかしてロムニー……アンタまさか?!
ちょっと待ちなさいよ! なにも、そこまでするコトは!!」
自分たちは《こっち》で、あのコージーって子だけ《あっち》で寝泊りしている。
それに納得出来ないロムニーは、もしかすると……執事のハマスに「従者であるコージーも『こっち』で寝泊りするべきだ!」と、進言するつもりなのではないのだろうか? とクラインは思い至ったのだ。
が、次にロムにーが言い放った言葉は二人の予想を遥かに超えるものだった。
「いやよ。待たない!
私も『アーザイン様の従者にしてください』って、明日お願いしてみる!」
────ドテッ☆!!
「はあッ?!」
「へぇッ??」
思わず流石の二人も、これにはビックリ眼だ。……というか、相手にするのも急にバカバカしく思えてきた。
てな訳で……コーゼは呆れ顔をし。吐息を一つつくと、間もなく布団の中へもぐり込みながら言う。
「はぃはい。ご勝手にどうぞぉ~。
ふわぁあああ~~……それじゃあ~私はこれで眠むるからぁあ~。二人共おやすみぃ~~♪」
「(あ! ず、ずるい……)
と、という訳でぇ~……私ももぅそろそろ寝るから。ロムニーは精々、ひとりでそうやって頑張っててねぇ~? それじゃあ、おやすみ~…」
コーゼに遅れて、クラインも布団の中に潜り込み始めていたのだ。
「え?? ちょっと!? どうして誰もここで『引き止めてくれない』のッ!?? それってちょっと、ひどくなぁあーい?? 冷たすぎるってモンよッ!!
それでもし、この私がココを『首』になったら、どうする気なの? 二人共ぉー!!」
「知るかあっ!!」
「自業自得でしょ! ぶわぁかあッ!!!」
次の瞬間、というかほぼ同時に。コーゼとクライン二人の枕が同じタイミングで『ボフン☆』とロムニー目掛けて飛んできたのは……言うまでも無い。




