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その頃アヴァイン達一行は、スティアト・ホーリング貴族員が治める《カナンサリファ》に滞在していた。
『この地に、根強いギルドの支部を作りたい!』とハインハイルが突如として言い出し、思わぬ長期滞在となったのだ。その間の滞在費用もハインハイルが全て持つ、というので。ミカエルとアヴァインの二人は「そこまでいうのであれば……」と肩を竦め互いに納得をし、一緒に滞在し協力することにした。
このカナンサリファの支部となる拠点として、一軒の広い庭付きの屋敷をハインハイルが借り入れた。しかもカナンサリファの領主が住むとされる大きな館が見えるほどに近い中心地近くにだ。
随分と立派な屋敷だが、なかなか借り手が見つからなかったとかで。これだけの物件にしてはかなり安い賃貸料で出されてあったらしい。
それにしても……。
「こんな立派な屋敷なんか借りて……本当に、大丈夫なんですかぁ??
目立ち過ぎちゃってません?」
「ああ、ぜんぜん大丈夫だ。心配は、まったくないよ♪」
《非合法》である筈のギルドの支部にしては、随分と思い切った場所の屋敷を借りたものだ、と初めはびっくりもしたし、呆れてもいたが。ハインハイルの話をよく聞いてみると、このカナンサリファでは自由な商売がある程度までは認められているらしく、他のギルドも盛大に開いて商いをやっているのだそうだ。
それを聞いて、ほっと安心をする。
アヴァインは今、そのハインハイルが借りた屋敷の3階の窓辺から見えるカナンサリファの領主の館を遠目に眺め見つめていた。流石に領主の館だけあって、庭園も広く屋敷も立派なモノだ。
「あ……べ……せ……ドヴぇー……」
「ア、ヴェ、セ、ドゥエ……です」
「あ…げ…」
「まるで違います。ハイ、もう一度」
同じ室内で、アヴァインの従者となったコージーが執事のハマスから正しい発音と語学を学んでいたのだ。
その様子を面白おかしくも頬杖をついて笑顔を向け見つめるアヴァインの方を、それに気づいたコージーは今にも泣きそうな表情を向け見つめている。
「ハハ♪ ハマス、コージーが今にも泣きそうだよ。今日はこの位にしておいたら?」
「そうは参りません。これからアーザイン様の従者として傍に居る以上は、最低限の教養だけはキチンと学んでもらいます。
その位の覚悟も無いのなら、今直ぐにココから出て行って頂きます。
よろしいですね? コージー」
ハマスはそう言うなり、コージーを無表情ながらも雰囲気的に威厳をもってひしひしと感じさせ見つめていた。
そんなハマスに見つめられ。コージーは蛇にでも睨まれたカエルのように震え上がり、再び泣きそうな表情に変え、こちらを見つめてくる。
どうやら『なんとかしてよ、この人!』って意味らしいが、ハマスの考えもよくわかる。
それに何よりもこれは、コージー自身の為にもなるのだろうし、な?
「ハハ……。まあ、コージー…そういうコトらしいから? とにかく頑張ってみてよ♪」
「ふぇ~ん……」
その後もハマスから語学や数の数え方などを教わり、従者としての礼節など連日仕込まれ続けていた。
それにしても、執事のハマスがここまで熱心に教育してくれるなんて意外だった。それはとても、ありがたいコトだ。
まあ、コージーの方はその分だけ。ちょっと大変みたいだけどね?
だけどいつかそれに感謝する日が、きっと訪れるコトだろうさ。
アヴァインはそんな二人の様子を頬杖をつき、ふと笑顔で遠目に見つめ直し、そのようして幸せな時を感じていた。




