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「しっかしなんだなぁー、アーザイン。君がまさか、手配されているアヴァイン・ルクシードだなんて、流石の私も驚かされたよ」
「どうもすみません……返って迷惑になるだろうな、と思っていたもので……つい。申し訳ありませんでした。今まで言い出せなくって…」
「いや、いいさ。言われたところで、私もブリティッシュも対応に苦慮するばかりだったろうよ。事情も聞いて、まあ何というか……それなりに納得は出来たし。何よりもこれまでの付き合いで、お前さんって人間を少しは理解して来たつもりだ。
少なくとも、君は、手配書で記されているほど悪い人間ではない筈さ。
そう信じている。
そもそも私もブリティッシュも、違法を犯して商売をやってるところがあるんだ。うちのギルドなんて、所詮は非合法なんだからな。そう考えると、君と立場がそう違う訳でもないし」
そう言いながらも、ハインハイルは吐息をついている。仕方のないことだ。
あのあと更に色々な話をロゼリア婆さんの家で受け。こちらからも提案などをして、相手の了解も得て。今はハインハイルとミカエルさんと共に鉱山都市カルタゴへと向かい歩いていた。
その間、アヴァインは終始手元で握り持つあるモノを見つめ考えていた。
「それはそうとアーザイン。その……そんなモンなんかどうする気なんだ? それの売買は、流石の私も賛成出来ないぞ」
アヴァインはその手に、金属製の1メートル程はある棒状の筒を握っていたのだ。手元に近づくほど複雑な構造となっているコレは、《精霊兵器》と呼ばれるものであった。
アヴァインは、ロゼリア婆さんの家でのことを、再び思い起こす。
「君があの、カルロス技師長を警護していたアヴァイン君なら信用は出来そうだが。しかし……」
そうバリエル技師は言い、アヴァインの隣に居るハインハイルの方へと目線を移していた。
「ご心配はありませんよ。この方も信用出来る方です。私が保証します」
「ああ、そこは私も保証する。ハインハイルさんも大丈夫だ。
こう見えて、口は堅い人ですよ」
ミカエルさんもそれに合わせてそう言ってくれていた。だが、
「『こう見えて』っていうのは心外だけどなぁ~……。私も商売人だ。約束事は守るよ。
しかしなぁ……私はどうも、酒を飲むと口が軽くなる所があるらしいんでね。万が一を考えて、ここらで席を外させて貰いますよ」
そう言い、出て行こうとする。
「あと、ここで見聞きしたことは誰にも言いませんので、ご安心ください。では」
それでハインハイルは出て行った。
アヴァインとミカエル技師は吐息をつき、それを見送る。
「ふむ……では、話を続けますが。この事は念のため、他言無用で願います」
アヴァインとミカエル技師はそれに頷く。
「この小瓶の中の精霊水は、普通にこのまま空けると先程も話した通り、ヘドロになります。但し、この小瓶の中へこの注射器でここの水を更に精製したモノを注入すると……」
バリエル技師が手に持つ小瓶の中の精霊水が、それまでよりも濃く青白い光を放ち始めた。
「この状態でなら、空けても直ぐには腐らない。しかも、使えます。
といっても、人体実験するまでには至ってはおりませんけどね。
手っ取り早く分かり易くご理解して頂くには、この方法が一番早いでしょうから。少々そこで、お待ちくださいよ」
そういうとバリエル技師は部屋の片隅に置いてあった金属製の何か入れ物のようなものを手に持ち、小瓶を開けその中へと精霊水を入れる。更に何か薬液の様なものを加え。その入れ物を部屋の中にあった機械のようなモノの中にセットし、高速でしばらく回転させ。それから再び落ち着いた表情でお茶をし、再びそれを取り出すと、それには層が出来ていて、バリエル技師は下の層に溜まっていた少量のモノだけを抜き取り、棒状の何かからカートリッジを取り出しその中へとそれを注ぎ入れる。
「本当はもう少し時間を掛け置く方が、より良いのですが。取り敢えずこの位でも使える筈ですので……まあ、私に着いて来てください」
それからバリエル技師は家の裏口へと向かう。パウロとポルトス技師もそれに着いて行くので、アヴァインとミカエル技師もそれに着いて行くことにした。
ロゼリア婆さんの家の裏手は岩山が多く、そこは岩山に囲まれた場所だった。
広さとしてはそこまで広くはなく、そこには適当に育った5本の木が立っていた。ここはロゼリア婆さんのプライベートな離れの庭なのか、椅子とテーブルまであった。
驚いたことに、そこにハインハイルさんが座っていて、こちらを驚いたような困った様な表情で見つめている。
「ハハ。まあ、そう慌てて立ち去らなくてもいいですよ。あなたもそこで見ていてください。
但し、他言無用に願いますよ」
バリエル技師はハインハイルの人柄を悟ったのか、そう言い。ハインハイルはそれでため息をつく様にして、再びそこの椅子に座っていた。
バリエル技師は次に、棒状のなにかにコークスを取り付け、カチリ☆とやる。するとバン☆と音がし、煙がそこから立ち上がった。
「ちょっとだけ、圧縮を掛けてみました。まあ、これをご覧なさい」
バリエル技師が手に持つその棒状の一部はクリアガラスとなっていて、中が透けて見える。その中で青白い光が眩しいほどに輝き見えていた。
「コレは、パーラースワートロームでまだ開発中だったモノを私たちが幾つかお借りしてなんとか使えるレベルにまで仕上げたモノです。
《精霊兵器》と向こうでは呼んでいましたが」
精霊……兵器!? 聞いたことがある。これがそうなのか……。
「といっても、向こうで実戦配備されていたのはまだこんなにもコンパクトなものではなく。大砲の様なモノなんだけどねぇ~。ハハハ」
パウロ技師だ。
ずっと気にはなっていたのだが……ここらで聞いてみることにする。
「あのぅ……パウロさんとポルトスさんとバリエルさんは、パーラースワートロームに行かれたことがあるのですか?」
そのアヴァインの問いに3人は顔を見合わせ、間もなく笑っていた。
「行ったことがある、というか。私たち3人は、最初の現地調査団の一員でしたからね。グレイン技師などと共同でコレの開発に携わっていたのですよ」
「現地調査団……」
それは凄いことだ。というか、こんなにも凄いこの技術を。これから育てて行く上でも欠かせない大事な人たちを、キルバレスは国外へ放出させてしまっていたのか……。
「現地があんな事になる一週間前、『一時帰国するように』との通知が来ていたもので我々3人だけ戻ることにしたのですが。首都キルバレスに着いてほどなく、キルバレスがパーラースワートロームを攻めたとの話を聞き、当時は残念な思いをしたものです……」
「向こうでの状況を知らないあなた達には到底理解出来ないでしょうが。我々には、グレイン技師の気持ちが手に取るようによく分かる。
悪いのはグレイン技師ではない。寧ろ、キルバレスの方だ」
「まあ、そんな気持ちで居る私らは、科学者会でも肩身の狭い思いをし。ついにはその科学者会をも辞めることになったんだけどね」
「まあ、昔話はこの位にして。アヴァイン君はこれにどうやら大変な興味がお有りの様ですし、君が試しにやってみますか?」
「え?」
バリエル技師はそう言うと、アヴァインにその棒状の精霊兵器を手渡して来た。
「既に使える状態になっているから、取り扱いには注意してね。
この先端の穴が開いてる方から閃光が出るから、絶対人には向けない様に注意して貰って。あの木にぶら下がっている標的を狙ってみて。
構え方は、こう……」
50メートル先にある木の枝の途中に紐を括り付け、木で作られた的がぶら下げられた状態であった。
アヴァインはその棒状の精霊兵器の根元を脇に挟む様にして標的を狙って構える。
「あとは、左手をこの部分に添え。右手でこの部分に触れる。そしてあとは、こう思う。『行け!』するとコイツに取り付けてある《精霊晶》が反応して勝手に作動する仕組みです。
まあ『行け』でも『おりゃ!』でも『とりゃ!』でもなんでも良いよ。それで発射する筈ですから」
「ついでに『コツ』みたいなのを言うとだ。自分が嫌いな奴のことを頭に思い浮かべ狙って撃つと良い。不思議とコイツの威力が増すからな、ハッハッハ♪」
パウロ技師が笑いながらそう言う様子を見て、バリエルとポルトス技師は呆れ顔に見る。
なんとも不思議な話だが、兎に角言われるままにやってみよう……。
アヴァインは左手を先端途中にある白銀製の部分に添え、右手を手元にある同じく白銀製の部分に触れる。それから……あの日の出来事や、ディステランテの顔を思い浮かべた。途端、急にあの時の怒りが、アヴァインの中で燃え広がり始める。
「……ディステランテ」
───バシュッ! バシンッ☆!
「……え?」
青白い眩い閃光が的ではなく木へと向かい、その木の真ん中に見事な大穴をあけていた。そしてその木は、その大穴を塞ぐ様に一旦ズシリと真下に落ち、そのまま間もなくズシン☆と音を立てて後ろへ倒れる。ロゼリア婆さんの背後からの目線が、とても痛ほどに感じる……(汗)
それにしても、なんて威力なんだ……。これは、想像以上だぞ!
「あーあ……こりゃ見事にやっちまったなぁ~……アンタ」
「全く……うちの庭木に、なんてコトしてくれるんだよ」
「どうもすみません……(汗)」
「ハハハ! しかし君は、相当今の男のことを恨んでいるらしいなぁ~?」
その後、家の中へと戻り。これの更なる研究開発でお金が掛かる話や。ここの水の濃度を高め、保存が利く様にしたい等の話を聞いた。それならば、とアヴァインはお詫びの気持ちも兼ねて資金援助を申し出た。
「今はこんなモノでしか使い道がないが、このロゼリア婆さんの目を治した様に。もっと『人の役に立つものとなる可能性はある』と私は信じています」
「我々はこいつを、平和利用にのみ使用出来るよう努力するつもりだ」
「ええ、是非その様になることを期待しております」
そう言い、ミカエルとハインハイルからもその場でお金を借りて銀貨5千枚をバリエル技師に当面の資金として手渡し、互いに握手を交わした。
アヴァインはその代わりに《精霊兵器》である精霊銃を借り受け、何時でも使用可能な状態に精製された精霊水を小瓶3つだけ貰っていた。それを今、こうして手に持ち色々な思いで見つめていた。
ロゼリア婆さん家の裏庭でこの精霊銃を撃った瞬間、『これは使える!』と感じた。
これならば、多くの警護兵によって守られているディステランテを、他に犠牲者を出すこともなく撃つことが可能かもしれない。
アヴァインはそう考えていたのである。
《第七章【カルタゴの奇跡】》これにて完結です。
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