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驚いたことに、ミカエル・カンパウロは元々、キルバレスの科学者会に所属していたそうだ。そして、パウロにポルトスとバリエルの3人も、つい最近まで同じ科学者会で勤めていたらしい。
「まあ~最近の科学者会は、まるで監獄同然だったしね。常にディステランテ側の人間に見張られていて、もぅ息が詰まりそうな場所だったよ……」
「そうそう。それにな、次から次にちょっとした事でも咎められるし。最悪、牢獄に送られた奴まで居る始末でさ」
「ああ、それで何だかもう色々と嫌気がさしちまったモンだからさぁ~。俺ら3人で話し合い、科学者会を引退することにしたんだよ」
「そうか……それは随分と大変だったなぁー……」
「ああ。今のキルバレスはミカエルさんが居た頃とは大違いだよ。
こんな事態になったのは全て、カルロス技師長が居なくなってからだけどな」
カルロス技師長か……久しぶりにその名を聞いた気がする。
「今思えば、あの人が俺たちを守ってくれていたんだよな。
それなのにあの時は何も出来なくて、情けない話だよ……。今なら、その時に科学者会を辞めたミカエルさんの気持ちもよく分かる」
「ハハ……それよりもここへは、いつから?」
「えーと……つい先月くらいから、だったか?」
「ああ。このカルタゴに着いて、ロゼリア婆さんの噂を聞いて。それ以来だからな」
ロゼリアとは、この老婆のことだった。
今は家の中へ通され、テーブル二つを繋ぎ合せ、みんなでお茶と簡単な食事を頂き寛いでいたのだ。
そして、ロゼリア婆さんはというと……実に不愉快そうで、面白くもなさそうにこちらを眺めお茶を啜っていた。
「ああ、全くだよ。幸か不幸か、こんな宿六3人も無駄に私しゃ抱えちまってねぇ~。本当に大変ったらありゃしないよ」
「おいおい。そりゃあ~ないだろうよぅ……」
3人はそれへ吐息をついている。
「カルタゴの街で、この3人と出逢っちまってね。この男と来たら失礼にも、このわたしの目を強引に開いて見るなり『アンタ! 精霊水を飲んだのかぁ?!』っていきなりこうだよ」
精霊水……って、え?
「その時に、わたしの目の中にこの男の唾が沢山入っちまってねぇ~。気色悪いったらありゃしなかったよ。まったく……」
「わはは♪ 何せ、このロゼリア婆さんの症状が、パーラースワートロームの民とまるで同じ様子だったモンでな。思わず嬉しくなっちまって、ついついな♪
まあ~向こうの民は、青白い瞳に白銀の髪、ってのが大体なんだけどよぅ~」
パーラー……って、え?
「その後、実際にここで調べてみたら。どうやら性質があっちのとは異なるみたいでさぁ~。別物の様なんだ。
しかし、このロゼリア婆さんのこの目を見える様にしたのは確かに、この水で間違いないだろうと思っている」
「それで今、こうして三人で色々と研究中って訳だよ」
「ほぅ……」
「まあ、その研究っていうのがどんなモンなのかは知らないけどね。なんだか面白そうなんで、わたしも付き合ってやってる、って訳さ」
ちょっと待って……今、パーラースワートロームとか。精霊水とか、言っていた様な……?
「ミカエル技師。このルーペで、ロゼリア婆さんの瞳の奥をちょいとよく見て御覧なさい。よくみると、金色の粒子が見える筈だ」
ミカエルはバリエル技師からルーペを借り、言われるまま覗いていた。その間、ロゼリア婆さんの方は実に迷惑そうだ。
「ああ……確かに。だが、点滅している様にも見えるが……これは?」
「ええ、見えたり消えたり……実に不思議な現象ですが、この様子自体は精霊水と何ら変わりないんですよ。しかしこの水は、精霊水とは性質がどうも異なり。モノが本来持つ機能を高めたりするみたいでな。詳しいメカニズムは未だにサッパリだが、ロゼリア婆さんの場合は運良く盲目だった目がそれで治っちまった、という訳だよ」
「それで……あることを思いついて試してみたんだが……」
そう言いながらバリエル技師はポケットの中から小瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。それは青白い色をした不思議な水だった。
「まあコレが、精霊水なんだが……」
「……え?!」
アヴァインも本物の精霊水を見るのは、これが始めてだった。思わず身を乗り出して覗き込んでしまう。
「ここの水にも言えることなんだが、この精霊水は空気中の酸素に触れると少しずつだが劣化をしてしまう。大体10日ほどで効果は無くなり、20日程でこの水は忽ち腐っちまうんだ。それも驚くほどにね。
この小瓶の中に入れててもそれは変わりなくてな。水の中に溶け込んでいる酸素にも反応して、腐っちまう。だからこの小瓶の蓋を開けた途端、こいつは恐らくヘドロだよ。
所が、だ……」
「おい待て、バリエル技師! ミカエルさんは良いとして、あとの二人にこの先の話を聞かれるのは不味いんじゃねぇのか……?」
ポルトス技師に言われ、バリエル技師は立ち上がり何かを取りに行こうとしていたが。そこで踏みとどまっていた。
「あ……そうだな。流石に、ここから先は拙いか?」
「別に悪いことをしている訳でもないが、ディステランテ側の人間に知られるのは困るからなぁ~」
「ふむ……」
どうやらハインハイルさんと自分は、まだ信用されていない様だ。それは仕方のないことだろう。しかし、この先の話はとても気になるし……少なくとも、自分がディステランテ側の人間ではないことを証明した方が良さそうだ。
「それならば、心配はありませんよ」
アヴァインはそう言うとその白銀の仮面を外して見せた。
「私は今でも、カルロス技師長の側の人間ですからね♪」
「え……?」
「……あ!! もしかして、アンタは!?」
どうやらパウロ技師が間もなく気づいてくれたらしい。




