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 翌日、その日に予定していた通り、カルタゴの街で商売を始め、全て順調に売れていた。その後、店は数名の使用人に商品の販売方法や価格相場などを指示し任せ。その責任者として、アヴァインは執事のハマスにお願いをした。ハマスは一言「お任せください」と言い、快く引き受けてくれた。

 それでハインハイルやミカエルと共に、例のその老婆の住む街外れへと目指すことにしたのだ。

 宿屋の女将に、その老婆が住む家までの簡単な地図を書いて貰っていたが。いざ向かってみれば、その必要はなかったことに気づく。水筒を持った人たちが時折歩いているので、それに着いていけば間違いはないのだから。

 街の門を出て30分も歩いた所で、右手の細い道へとみんな曲がって行く。その細い道を更に40分も歩いた先に、小さな門が見え始めた。


「……あれかな?」

「ええ、恐らくは……そうなのでしょうね?」

「兎に角、行ってみましょう」


 意外に思っていたよりも質素、というか……庭の広さ以外でいうと、家自体は普通の家とそう変わりない大きさで屋敷といえる程のものではなかった。ただ、何故かそうした同じ位の家が3軒も建っており。守衛用らしき小さな建物が門の近くにもう1軒あるだけだった。宿屋の女将が屋敷などというから、もっと大きな家を想像していただけに拍子抜けしてしまう程だ。

 例の湧水は、その家の門を抜けた正面の広い庭の真ん中にあり。3軒の家に囲まれる形であった。大きさとしては直径5メートル程で、深さは一番深いところで1.5メートルあるかないかだ。信じられないほどの透明度だが確かに底の方ほど色が濃く、時折、黄金色に何かが光っている。

 水は、底の方から少しずつだが湧き出していた。


 水筒を携えた人々はその湧水に作られた《取水場》に並び、その手前の男に銀貨3枚を払って先へと進み。みんな何故か緊張の様子で水筒に水をそっと入れていた。

「はい、次!!」

 取水場の傍らで、2人の男から守られる様にして1人の老婆が鋭い眼光を見せ、厳しい口調でそう言ったのだ。それで慌てた様にして先の人はその場から立ち去り、次の人が銀貨3枚を払い急ぐ様子で水を汲んでいた。


 どうやらあの老婆が、例の盲目だったという方なのだろう。とてもそうだったとは思えない程に、その瞳は鋭いほどに輝いていた。

「ちょいとアンタ! 今、ここで飲もうとしたね?!

今ここで飲むのは禁止している筈だよ。キチンとルールを守れないのなら、さっさとここから出てお行き!」

「あ、すみません! 直ぐ、汲みますので……」

 それでその人は、水筒の中へ水を入れ、直ぐに逃げるようにして立ち去っていった。

「はい、次!! 早くしな! もう日が暮れちまうよ」


 そんな調子で、次の人が水を汲んでは直ぐに去って行く、を繰り返している。

 ある者は、樽を抱えて来ていたが。そんな男を老婆はひと睨みすると、その中へ水筒一本分の水だけを入れさせ、追い返そうとしていた。

「そりゃ、ないだろう!? 銀貨10枚出す、ってんだからよ! この樽一杯、水を入れてくれよ!! なあ?!」

「いいや、駄目だ。汲んで良いのは、『この取水場に溜まった水だけ』というルールだからね。取水場の残りを御覧、もう半分も残っちゃいないだろう?

そしてアンタの後ろの列を見てみな。まだ30人近くは居る。この取水場の水が空になったら、残りの者は明日再び出直さなければならなくなるんだよ。

アンタはそれを、可愛そうだとは思わないのかい?」

「ああ、全くに思わないな!

結局のところ、アンタと俺が結果得をしたら問題は何もない筈だ。アンタだって、金儲けしたくてこんなコトをやってんだろうよ?

この樽一杯入れてくれたら、銀貨20枚! ……いや、30枚は出すからよ!

これならアンタだって儲けるじゃねぇーか? なあ?!」

「……ふん。全く話の通じない男だね、アンタも。アンタみたいな男相手に何を(さと)した所で、つくづくムダだねぇ……。

構わないから今直ぐ、その男をここから摘み出しな!」

「お、おいっ!!? なんでだよッ?!

じゃあー銀貨50枚出す! ええい、60枚出すから!!」

「ふん。そんな汚い金、わたしゃ欲しくもないね。いいからさっさと追い出しちまいな!」


 男はそれで2人の男に連れ出され、門の外へと叩き出されていた。

「チクショー!! このクソババァー!!! 今に目にもの見せてやるからなぁー!」

 男はそんな捨て台詞を吐き、立ち去って行った。


 どうやら……あの取水場に溜まった水だけを、ここへ訪れた者に銀貨3枚で分け与えているらしい。しかも一度そこの水が無くなると、次にその取水場に水が一杯に溜まるのは、6時間とか8時間後ってことなのだろう。

 それだけこの湧水から湧き出る水の量は、思っているほど多くはない、って事の様だ。だから1人、水筒一杯までと決めていたのだろう。

「なにやら随分と厳しいルールを決めているなぁー……と、思っちゃいたが……」

「湧水の量が限られている、となると。それも納得出来ちゃう話ですね」

「ふむ……しかし、そうなるとです……困りましたね」

 『汲める水の量が限られている』、となると。『この水を他所の街で売る』、というのは少々馬鹿な発想と言えそうだ。

 アヴァインにハインハイルとミカエルは互いにその事を悟って、困り顔で互いに顔を見合わせる。

「はい、次! 急ぎな!!」


 それからも次々と銀貨3枚を払い、水筒一本分の水を汲み、立ち去り。30分程でアヴァイン達の番が回って来たが、後ろの人に譲り、そこで三人は列から外れることにした。

「はい、次! アンタ達で最後だよ。早く汲んで帰りな!!」

 3人は顔を見合わせ、肩を竦めた。汲め、と言われても水筒なんて初めから持って来ていなかったのだ。

「なんだい、アンタら? 水を汲まないのかい?

だったらさっさと帰りな! 目障りなだけだよ」


 3人は吐息をつき、仕方なく帰ろうとし、アヴァインはふとその老婆の瞳を見た。すると偶々、その瞳の奥で時折光る黄金色の光をアヴァインは(とら)えた。

 『なんだろう、アレは……?』よく見ると老婆の前髪や眉も部分的に黄金色の色をしていたのだ。そしてその老婆の背後に見える黄金色に輝く湧水……そこには何か、同じ性質めいわものをアヴァインは刹那的に感じる。


 と、その時。その老婆の背後を、取水場ではなく直接湧水のそれも濃度の濃い深くへと何か専用の容器で水を無造作に汲み始めている一人の40半ば位の男が居た。

 その自分達3人の驚いた目線を老婆は追い、背後を振り返ってギョッとしていた。

「こーら、パウロ! まだ客人が居るって時に、無造作にそうやって汲むなと何度言ったら分かるんだい!!」

「───うわっ!?

いやあ~、ハハハ。すまない。研究用の水が足らなくなったもので、ついついな♪ 今度からはもう少し気をつけ……って、アレ??」


 パウロとかいう男の人は、何とも驚いた顔で目を見開き、次にこちらを指差し言った。

「ミカエル……? アンタ、ミカエル技師じゃないのかあー??」

 ミカエル……技師?

「パウロ……もしかしてあの、パウロ技師か?!」

 パウロとかいう人は、うんうんと嬉しそうに頷き。次に家の方を向いて誰かを呼んだ。

「おーい! みんな、ミカエルさんだ! ミカエル技師が来たぞぉー!!」

 その声を聞いて、その家の窓辺に2人の男が驚き眼に顔を貼り付け見せ。間もなく家の玄関を壊すくらいの勢いでドタバタと飛び出して来て、ミカエルの手を力強く握りブンブンと振り回す。

「ポルトス技師に、バリエル技師もか!?」 

「ああー! ミカエル、久しいなぁー! 元気だったかぁ?」

「今までどうしてたんだあー? って……お前、その格好は……」

「ハハ。見た通りの商人ですよ。今ではね♪」

 それを聞いて、パウロとポルトスとバリエルって人はキョトンとし。間もなく呆れ顔を見せ、「やれやれ……」といった様子で吐息をついていた。




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