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アクト=ファリアナの闇市がある裏通りに酒場があり、その奥の扉を開けて中へと入り抜けると、地下へと続く階段があった。その階段を降り切ると2人の見張りらしき男が居た。
「よう、お疲れさん♪ ちょいと通らせて貰うよ」
男はその2人に軽く挨拶し、特にそこで引き止められることもなく簡単に通過出来ていた。所が、アヴァインが通ろうとすると身体を張り通行を邪魔してくる。
「大変に申し訳ありませんが、会員証のご提示をお願い致します」
会員証……?
「ああ。この人はまだ、会員じゃないんだ。だからまだ持っていない。でも、信用は出来るよ。私が保証する」
「そう……ですか。分かりました。ハインハイル様がそう仰るのであれば……どうぞ、お通りになれて結構です」
ハインハイル……? どこかで聞いた名だけど、どこでだっけ??
「そいつはありがとう。なかなかに嬉しいこと言ってくれるじゃないの♪
ところで、ブリティッシュは今、中に居るのか?」
「はい。この奥に居りますよ」
「そいつは良かった。では、そういう訳だから一緒について来てくれ」
ハインハイルはそう言い、奥の扉を開け中へと入る。アヴァインもそれに遅れて中へと入った。
そこは大広間となっていて、沢山の人々が話をしたり、酒を飲んだりしていた。
ハインハイルは更にその奥へとサッサと歩いて行き、見張りが立つ扉を開け中へと入っていく。アヴァインも急ぎ足にそれに追い付き中へと入る。するとその入った広い部屋の奥に、30歳半ば位の顔立ちの良さそうな女性が居て、何か書き物をやっていた。随分と忙しそうだ。
この部屋は随分と豪華で、色々な国の装飾類や鉱物や標本、それに沢山の書物などが並べられ飾られていた。
「ブリティッシュ。新しい会員となる『予定』」の男を連れて来たよ」
ブリティッシュという女性はそれで面を上げる。とても意思の強そうな瞳の色をした赤毛の女性だ。
「へぇー……これはなかなか、良い顔立ちの男じゃないか。特にその顔の傷が、堪らなくゾクゾクするねぇ~」
ブリティッシュって人はそう言い、艶美に笑んでこちらを見ている。
アヴァインは年増好みではなかったが、そのブリティッシュの総じて綺麗な容姿と顔立ち、それから雰囲気になにやら魅力を感じた。
ところがそのブリティッシュは、それまで艶美にこちらへ向けていた表情を急に冷やかなものに変えハインハイルの方を向く。
「それでハインハイル。その〝予定〟……ってのは、どういうコトだい?」
「ああ、今は手持ちの金が無いらしくてな。入会費とかが払えないそうなんだよ」
「……入会費が、払えない……って? それじゃあ~、会員にはなれないんじゃないのかい?」
「まあーそうなんだが。信用は出来そうな男だし」
「信用が……出来〝そう〟……?」
「あ、いやいや! だからな、『後払い』って事で、なんとかならないかと思ってだな」
───ダン!!☆
「───ハインハイル!!」
ハインハイルがそう言った途端、ブリティッシュとかいう女性は怒り心頭な表情で目の前の机を叩き、怒鳴り始めた。
「何度言ったら分かるんだいッ、アンタは!! 『払えない』『入る気のない』人間をホイホイと気軽にここへ連れて来るな、と何度言ったら分かるんだいッ!
コイツがもし、実は役人で、成りすましだったらどう責任を取るつもりなんだい?!」
な…成りすまし……って?
「だ、大丈夫だよ! コイツは、そういう奴じゃないって。なぁあ~? そうだろう??」
「だったらアンタ、今直ぐに払いな!」
「……え?(汗)」
払いたくても、お金が足らなくて払えないのだ。そんなことを言われても困ってしまう。
「だから、そんな無茶を言いなさんな。コイツはまだ、払えるだけの金を持ってないんだよ!」
「だったら、ハインハイル。アンタが肩代わりしな!」
「おいおい。俺とお前の仲で、そりゃあ~無いだろう?」
俺とお前の仲……?
「兎に角、お断りだね! 他の会員の手前もあるんだ。そんな特別扱いなんか、出来やしないよ」
「はぁ……わかった、わかった。無理言って悪かったよ。じゃあ、またな」
ハインハイルはそれで諦めたらしく「行こうか」と言い、出口へと誘う。
アヴァインは頷いて、ブリティッシュという人に軽く会釈をし、ハインハイルと共に出て行こうとした。
「ちょいとアンタ、待ちな!」
呼ばれ、振り返り見ると、ブリティッシュがこちらを真剣な眼差しで見つめている。
「どうもアンタ、どこかで見た顔だけど……前に私と、会ったことは?」
「……」
おそらくは、至る所に貼り出されてある手配書の似顔絵を見てのことだと思う。これは拙いな……。
「いえ、初めてだと思いますよ? ブリティッシュさん。
でも、どこかですれ違ったことくらいならあったのかもしれませんね?」
笑顔でそう返して置く。
「……そうかい? まあ、そうなのかも知れないねぇ……」
どうもそう言っている割に、それを鵜呑みにしている風でもない。なかなか目聡い人のようだ。アヴァインがそれとなく言ったその言葉からも、なにか釈然としないものを感じ取った様だ。
どうもこういうタイプの人は、苦手なんだよなぁー……。
でもブリティッシュって人はそれでそれ以上に詮索するのを辞めたらしく、ふっと笑み言った。
「まあ、金が出来たらいつでも来な。こちらとしちゃ、大歓迎なんだ。いつでも気軽に来なさいよ♪ 損はさせないからね!」
「はい。その時はよろしくお願いしますよ♪」
ホッとした思いでアヴァインはそう返した。
それでブリティッシュの居る部屋を出ると。同時に、隣のハインハイルはため息をついていた。
「なんだかスマンね。最近は取り締まりが厳しくなってるモンだから、アイツもちょっと神経質になっていてなぁー」
「あの……取締り、って言うと。ここは非合法なことをやっている所なんですか?」
アヴァインのその言葉を聞いて、ハインハイルは驚いた顔を見せた。
「アンタ、もしかしてモグリかい?」
「えと……まだ何も、本当に知らなくって。どうもすみません……」
そう言うとハインハイルは吐息をつき。大広間の一角を指差し、2人でそこに座って飲み物を頼んだ。
間もなく、ハインハイルには黒ビールが。そしてアヴァインには、ぶどうの搾り汁が置かれた。
「ここは私が奢るよ。時間をムダに取らせてしまったせめてものお詫びだ。本当に、悪かったね」
「いえ、こちらこそ。色々と気をつかってくれた様で……」
「いやいや。結果的にはこの有り様だしなぁー……。まあ、取り敢えずはカンパイといこうか」
「ええ、そうですね」
「よし! ではこの出会いに、先ずはカンパイだ!」
「ハハ♪」
お互いにグラスを持ち上げ、カンパイをして一口だけ飲んだ。
「ところで……さっきの、『合法』か『非合法』か、なんだが……」
一口飲んで、ハインハイルは思い出したように口を開いてきた。
「元々、ここがキルバレスの支配下に置かれる前のコーデリア国だった頃は、合法だったんだよ。ところが……キルバレスに併合されてからは、非合法となった、ってのが経緯でね。
っていうのも、キルバレスはキルバレスで《商用ギルド》ってのを開設していてさ。商人はそこへ登録する事を義務付けている。まあ、半数以上の商人がそこへの登録なんぞしちゃ居らんがね。
そこでも一応、うちと同じ様なサービスはやっちゃいるが。交易情報は、うちのよりも全くってくらいに遅いし内容も正確さも愕然に落ちる。しかもそのクセ費用は高いし、割引すらしていない。これじゃなんの為のギルドなんだか首を傾げてしまうほどでね。
だから未だに、うちみたいな所への需要は無くならない、って訳でな。
しかしそれだと、《商用ギルド》を公式に開設運営しているキルバレスとしちゃ、面目が立たないし、利益も減る一方だ。なので、そこへ法的規制を掛け取り締まってる、って訳でなぁー……」
それは、つまり……。
「キルバレスが既得権益確保の為だけに、規制を強いている、という事でしょうか?」
「んー……まあ、建前上の言い分としては色々と言っちゃいるが。現場の我々から見ると、どうもそう映るんだよねぇー。これがどうしても……」
実際に、キルバレス公認の《商用ギルド》に登録をした事もないし。《ハインハイル交易ギルド》に入って利用した事もないから、今は何一つ判断出来ないが。もしもそれが本当なのだとすれば、問題だな。
アレ……? ちょっと待って。《ハインハイル交易ギルド》って……。
「あの……ハインハイルさんって、もしかして……」
「え? 私か??
言ってなかったかなぁー……。私はここの創設者で、ハインハイル・オルベニオ。
さっきのブリティッシュは、私の妻で、ここのギルドマスターだよ。
どうも商才は、私なんかよりもアレの方があるみたいだったんでなぁー。それで、こうなっちまったのさ。ハッハッハ♪」
正直、これにはかなり驚かされた。




