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その話に驚き、ファーに目を向けると。ファーはそれに気づき、黙って頷いていた。
この数日間の間に、パレスハレスでは大きな政情の変化が起こっていた。
科学者会の主要な人員の度重なる、拘束。評議会議員の、反ディステランテ派とされる評議員に付き纏うスキャンダルの数々。そして、貴族員であるスティアト・ホーリング氏への脱税疑惑。それから、オルブライト・メルキメデスのフォスター将軍とアヴァイン・ルクシードとの関与。
反ディステランテ派とされる者は、ことごとく衛兵などからの調査対象とされ。ささいな事でも大きく取り上げられ次々と処罰され、拘束・断罪されていたのだ。
今までルーベンが語っていた話の全ては、こうした急で強引な政情の変化とバランスを欠く傾きに対する懸念の思いからであった。
これまで、父であるカルロスに対する子供の様な反抗心から商人としての道をひた走り、政治に対しては無頓着だった彼ルーベンであったが。その父カルロスが失脚し、改めてこの国の有り様を見た時に、彼ルーベンなりに感じるものが生まれ始めていたのである。
「聞けば、あなたも……ファー殿も、その縁の者だと聞き及びます。
出来れば、ですが。君達は、その方の元へと戻り。その力となり、助けとなって貰いたい。
私は私なりで、このキルバレスの中で、賛同出来る評議員や、その育成を行い。出来得るだけの協力と援助をしましょう……」
ルーベン・アナズウェルの話は、よく理解出来た。それは、アヴァインも最近になってよく感じていたコトだったからだ。
しかし、
「それは出来ませんよ。ルーベンさん。
私は、お尋ね人です。私なんかがオルブライト様の元へ行けば、それこそ迷惑を掛けることになる」
言うと、ルーベンは小さく笑った。
「あなたはあの日、フォスター邸へ向かった指揮官の事について、何も覚えてはいませんか?」
指揮官……そういえばあの時、燃え盛るフォスター邸を見つめながら膝を崩していた男が居た。『私じゃない……私のせいじゃないんだ……』と何度も嘆き呟いていた男だ。
「その日、そこで何が起こったのか。私は、全てをその者から聞いています。そして、その男はディステランテから罷免され、今では私の元で匿っております。
この男の証言さえあれば、あなたに対し、同情的に思う者も少なからず現れることでしょう。
いや、寧ろ……この件は、彼ディステランテを追い詰める際の切り札にも成り得る!」
「切り札……」
ルナ様を殺害したのは、直接ではないにしろ。間接的にはディステランテ評議員だとも言える。少なくともアヴァイン自身はそう思い、彼を許すことが出来ないで居た。
ルーベンは、その思いを……その状況を、彼ディステランテを追い詰める為の武器に変え、パレスハレスの最高評議会会場にて正しく正攻法で戦え、と恐らくは言っているのだ。
しかし今直ぐに戦うには、場が悪い。今のパレスハレスは、ディステランテ評議員にとって有利な構造と人員で成り立っている。だから今は退いて、オルブライト・メルキメデスの元で時期を待て……と彼ルーベンは言っているのだろう。
「ただ……その際に、一つだけ問題が出ます」
「ひとつ……それは?」
「どの様な理由があるにせよ。あなたは、この共和制キルバレスの正当な評議員を襲った無法者です。結果として、未遂で終わったにせよ。それは変わる事のない、事実です。
その処罰は、厳正に受けなければならない。その覚悟を持って、彼を追い詰めることになるでしょう」
それはつまり……それだけの覚悟が、お前にはあるのか? とルーベンはアヴァインに問うていたのだ。アヴァインは、迷う事なくそれには頷いた。
「よろしい。では……君に、この手紙を託そう」
「……これは?」
「私から、オルブライト様へ宛てた手紙です。
内容としては、今、言った様なことが書かれてありますから、くれぐれも落としたり盗まれたりする事がないようにお願いしたい」
これは……随分と、責任重大だな。
「分かりました。これは大切に、お預かりします」
「よろしく、頼む」
ルーベン・アナズウェルと、その子ルシアンはそれでこの屋根裏部屋から降りて行った。
アヴァインは2人が去ったあと、この手紙を見つめ。隣のファーに一つ尋ねた。
「ルーベンさんが、オルブライト様に直接これを渡さず。この私に預けた、って事は……」
「ああ、オルブライト様は先日。アクト=ファリアナへと発たれた。
まあ、どの道だ。今は、貴族用の屋敷への人の出入りにも厳しいチェックが行われているからな。こんな内容の手紙なんか、とても無理だったよ」
「なるほど……ではアクト=ファリアナへ、これを何としても届けなくてはならない、って事か」
「まあ、そういうことだな」
アヴァインはそこで吐息をつき。そして、ここで本気の覚悟を決めた。
まだ、自分の心の中に迷いの様なものがあったが。今はこの手紙をオルブライト様の所へ無事に届ける、その事だけを考えよう……。
アヴァインはそう決めたのだ。




