―60―
僅か10メートル先に、ニヤけた表情を見せるディステランテ評議員が馬上に乗り、こちらを見つめていた。
アヴァインはそのディステランテに素早く走り向かい、剣を抜き叫び、吼え切りかかる!
『ディステランテ───!!』
そうして、ディステランテの腹を突き刺した筈が……何故かその相手は、ガストンに変わっていた。
「ガストン……何故、お前が?!」
ガストンは吐息をつき、こう言った。
『悪いがな。これが、俺の仕事なんだよ、アヴァイン』
そう言い切り、ガストンはアヴァインを容赦なく切り捨てたのだ。
アヴァインはそのまま口から血を吐き倒れ、背後を見た。すると、燃え盛る炎の中にルナ様の姿を見つける。
『ル……ルナ様……ルナ様ぁ───!!』
そこでハッと気がつき、目を開くと。そこには、見た事もない見知らぬ天井があった。
「ここは……どこだ?」
そこでようやく、自分が夢を見ていた事にアヴァインは気がつく。
それにしてもここは、実に薄汚れた倉庫か何かの中の様な天井だ。
体を起こし辺りを見回し、ようやく分かったが、ここは天井裏の様だった。
「───うっ!!」
急に、顔の辺りに痛みを感じ触ると、自分の顔に包帯が巻かれていることに気がつく。
「そうか……これは、夢なんかじゃなかった」
フォスター邸での事。ディステランテを、自分が襲った事。あれは夢なんかではない。
アヴァインは重く感じる体を動かそうとしていた。と、そこへ───
ほんの4・5メートル程先にある床が急に上に開き、誰か人の顔がこちらを見る。
「お! アヴァイン、ようやく気がついてくれたか!!」
誰かと思えば、ファー・リングスだ。
「丁度、良かったよ。食事を持って来てやったぞ! あと、代えの包帯もな」
そう言い、アヴァインの目の前に色々な食べ物が入ったカゴを置く。中を覗くと、白パンとチーズにワイン……。
「白パンとチーズは良いけど……ワインは嫌いだな。ぶどうの絞り汁にしてよ」
「あのなぁー……贅沢を言ってられる立場かよ。まあ、そもそもワインは俺の分だ。お前はまだ酒は拙いから、こっちの水だ。そこは心配すんな。
しかし、もうそれだけ生意気なコトを言えるんだから大丈夫そうだな?」
ファーはそう言うと、アヴァインの手にパンとチーズ、それから水が入った小瓶を目の前に置いた。
「ハハ。すまないね、ファー」
「ああ、悪いって思うのなら。少しでも早く動けるくらいにまで、回復してくれよ。いつまでもここに居る訳にもいかないからな」
「というと、ここは……?」
「ルーベン・アナズウェル……。
あの、カルロス技師長の息子に当たる方の家さ。商人をやっているらしく、その倉庫の屋根裏部屋をお借りしているんだよ」
「カルロス技師長の……」
話には聞いた事がある。カルロス技師長には一人の息子が居るが、不仲で、セントラル科学アカデミーへ行く事もなく、商人になったのだという。
では、ここはそのカルロス技師長の息子の……。
「まさか! 勝手に借りた、なんて事は……?」
「心配をするな。そんなコトはしていない。実はあのあと、地下から上へ行くとルーベンさんが居てな。どうやら、向こうはお前さんのコトをよくご存知だったらしい。
事情を話したら、直ぐにここへ案内し、匿ってくれてな。傷の手当までしてくれたんだ。あとでちゃんと、お礼をしろよ!」
「ああ、そうする」
食事が終わったあと、ファーはアヴァインの顔に巻いていた包帯を取り言った。
「随分と傷口は良くなってきている……けど、この傷は残念だが、消えずに残るだろう。そこは覚悟しておいてくれよ」
ファーは気遣う様に、そう言ってくれていた。
「心配はないよ。私は既に、一度は死んだモノと思ってる」
小さく笑いそう言うと、ファーは少しだけ安心した表情を見せる。
「兎に角、喰うモン喰ったら。もうひと眠りしていな! この3日間、お前は殆どまともなものを喰ってなかったんだ。先ずは、失われた体力を戻しとかないとな。
話は、それからだ」
「3日……私は、3日間も眠っていたのか?」
「ああ……もう、ずっとうなされっぱなしだったよ。ケイ様、ケイ様、私の愛しきケイ様!ってなぁ~♪」
いや、それは有り得ない。
アヴァインは吹き出し笑い、言った。
「ファーの冗談は、実に、分かり易くて良いな♪」
それを聞いて、ファーは困り顔に言う。
「実際、お前さんの看病を私がやっていたから良かったものの。これがケイリング様だったら、今頃は発狂ものだったろうなぁ~」
いや、それも有り得ない。
「ハハ。ルナ様もシャリル様の事も、ケイは既に知っているよ。それに、シャリル様はまだ6歳の子供だし……」
ルナ様は、もうこの世には居ない……。
「そう……か。なら、まぁーいいや」
ファーはそれで立ち上がると、この屋根裏部屋から下へと降りてゆく。
「兎に角、ゆっくりと休めよ。お前の体力が戻り次第、今後のことについて話し合おう!」
「ああ。分かったよ、ファー。そうする……」
今後……ああ、そうだった。ファーはあの時、ディステランテを追おうとする私を引き止めて、こう言ったのだ。『機会はまた、時期に来る』と───
そうだ。今は兎に角、その為にも体力を十分に回復しておかなければな……。
アヴァインはそう思い、静かに目を閉じ深い眠りについた。




