―59―
「やれやれ……。このキルバレスも、随分と窮屈になったものだよ」
スティアト・ホーリングは貴族用の邸宅の窓の外を眺めながら、そう呟き言い。オルブライトと見合う形でソファーに座り、ブランデーを一口だけ含み楽しみながら飲んだ。
「科学者会も、カルロス技師長を始め。今回の件で、多くの主要な人物を欠いてしまう有り様だ。実に、嘆かわしい話だよ。評議会だけが……というか、ディステランテ一人が独占しているのと変わりないんじゃあないのかぁ?」
「ハハハ。お陰で、皇帝制などを改めて始める必要もなさそうですね」
相変わらず落ち着いた物言いをするオルブライトを見て、スティアト・ホーリングは困り顔を見せた。
「そんなにも落ち着いて、笑っている場合かぁ?
益々我々の立場は、肩身の狭いモノになった、ってコトなんだぞ。
まあ、カルロス技師長が居なくなった時点で、科学者会なんぞ飾りみたいなモンで大した影響力もなかったがなぁ……。それでも、牽制くらいにはなっていた。
今後、ディステランテはやりたい放題にやるコトだろうよ」
「ならばいっそ、ツンツン子狐は卒業し。デレデレ子狐に興じてみますか? お互いに」
そんなオルブライトの冗談めいた言葉を聞き、スティアトの方は「そんなバカな冗談だけは言わないでくれ」といった具合に、顔の前で右手を左右に振って呆れ顔だ。
「最悪、もうどうしようもなければ、そういう事も考えなければならないのだろうが……今はまだ、考えたくもない冗談だよ、それは」
それを受け、オルブライトも「まあ、それは確かに」と納得顔を見せ、小さく笑う。
「それはそうと、君の娘は、今はどうしてる? 少しはあれから、落ち着いたのかね?」
「ああ、ケイならば今朝方。アクア=ファリアナへ帰しましたよ」
「帰した? しかも、今朝方に?」
昨晩の、あの錯乱した状態から考えれば、数日は安静にして休ませて置くのが当然だろうと思っていただけに。スティアトとしては意外に思え、つい勘ぐってしまう。
「そんなにも急いで帰さなければ事情でも、あったのかね?」
別にこれで、オルブライトを何かの策に嵌めるつもりなどない。単なる興味からの勘ぐりだ。
スティアトは再びブランデーを一口だけ含み、楽しんだあと飲んだ。
そんなスティアトの惚けた様子を見て、オルブライトも仕方な気に口を開いた。
「昨晩、ケイが抱いていた娘……。
実は、フォスター将軍の子でね。アヴァイン殿から守る様にと、あの子が頼まれたらしく。決して離そうとしなかったものですから、仕方なく」
「お……おいおい。それは流石に拙いだろう」
スティアトは驚き、呆れ顔を見せたあと頭を抱え、それからソファーに深く座りなおし、吐息を漏らす。
「ディステランテにこの事がバレたら、お前もヤバイぞ。その事を分かった上で、やったのかぁ?」
「まあ……覚悟の上だよ。勿論、最善の注意を払って送り出したから、そう心配はない筈ですよ」
それを聞いて、スティアトは再び呆れ顔をする。
「お前って奴は、時折、どうしてこうも大胆になれるのかねぇ~?
私にもそういう所を、是非とも分けて貰いたいものだよ」
「大胆と言えば、本日の最高評議会での貴方の発言も、なかなかのモノでしたよ。お陰で私は、大変に助かり、危ういところを救われた訳ですが」
その言葉を受け、スティアトはふっと笑い、肩を竦ませソファーに座り直す。そんなスティアトを見て、オルブライトもソファーに座り直し、小さく微笑む。
言葉一つ一つには飾り気のない男だが、実に生きるのがこのスティアト・ホーリングという人物だった。つくづくこの男を友として良かった、とオルブライトはこの時そう感じていた。
《第四章【輝かしくも楽しい思い出と……別れ】》これにて完結です。
ご意見・ご感想などを頂けたら幸いです。今後の作品制作に生かしたいと思います(__
評価・お気に入り登録などもよろしければお願いします。これにつきましては、励みになりますので♪^^




