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「……それで、カスタトール。お前はカルロス技師長を見て、どう感じた?」
カルロス技師長と別れ、最高評議会議事堂パレスハレス内を歩きながらも、フォスター将軍は時折周囲の人目を気にしながらカスタトール将軍に問う機会を伺う。それから空かさず、真剣な面持ちで口を開き確認していたのだ。
それに対し、カスタトール将軍は重苦しい思案顔だった表情を途端に緩め。軽く肩を竦ませたあと、次に困り顔を見せて頭を掻きながら次第に弱り顔となり、口を開く。
「まだ、なんとも言えませんね。流石に年長者だけあって、本心を隠すのに長けておられる」
「そうか……私はてっきり、あの方も改革派なのだと期待していたのだがな……」
「ハハ。少なくとも、単純な保守的思想の持ち主ではないと思いますよ? 私の目から見た限りは、ですがね」
カスタトール将軍は肩を竦めながら軽く微笑み、そう言った。
それをみて、フォスター将軍も「そう願いたいよ」と呟き言い、同じ様に微笑み軽く肩を竦め返す。
間もなく、将軍とその関係者だけが入ることの許されている控え室へと入り、フォスター将軍とカスタトール将軍は見合う形でソファーに座った。
この室内は、黄金の装飾で飾られたそれは見事な一室であった。
「アヴァイン。すまないが、お茶を淹れてくれ」
「はい」
アヴァインと呼ばれた赤髪で端正な顔立ちの若き男は、フォスター将軍に仕える副官の一人で、歳はまだ十九歳である。その彼の地位としては、十分に若手といえる男だ。
今この室内には、フォスター、カスタトール。そしてアヴァインの三人だけが居る。出口には、もう一人の副官が、兵士二人と共に見張りに立っていた。
「アヴァイン……。お前の目から見て、カルロス技師長はどのように映った?」
「はい?」
お茶を両将軍に淹れて渡したところで、フォスターからそのように問われたのだ。
「私などのような者が、科学者会の元老である技師長に対し、なにか言うというのは……そのぅ~…あまりにも……アレですし…」
困り顔に目を泳がせそのように言うアヴァインを見つめ、フォスターは軽く苦笑し、次に頬杖をつき言う。
「ハハ。まあ、いいから。正直なところを素直に言え! 心配しなくてもこのことは誰にも言わないさ。なぁあ~? カスタトール」
「ああ、お前の正直な感想をひとつ聞かせてくれ。我々とはまた違った立場の者からの意見を、いまは聞きたいところなんだ」
両将軍にそう言われ、アヴァインは仕方無げに吐息をひとつつき言う。
「はぁ……それでは申し上げます……。だけど、絶対にこの事は誰にも言わないでくださいよ?」
「ああ、ハッハ! わかってる、分かっているよ♪ お前も意外と心配性なやつだなぁ~」
「そりゃあ……だって…」
冗談でも他の者に知られたら、左遷モノだよ。
「まあ~大丈夫だ。それとも俺たちを信じられないのかぁ? アヴァイン」
「あ、いえ! そんなコトは……」
そう言われると……流石に答えない訳にもいかなくなる訳で…。
アヴァインは再び仕方無げに吐息をつき、口を開いた。
「はぁ……わかりましたよ。それじゃあ、言いますよ?」
「ああ、ハハ。頼むよ♪」
「いいから早く言え。が、出来るだけ簡潔に頼むぞ、アヴァイン♪」
か、簡潔に、って……。
ホント勝手なモンだよなぁ~……。
アヴァインは困り顔にため息をつく。
「はい、わかりました。言いますよ。
えー……私の家は商家で、それもあまり裕福な方ではなかったのはご存知でしょうか?」
「ああ……そうだったな…」
「まさかのそこからか?」
「はい、まさかのそこからですよ……。
そんな私からすると、先月のカルロス技師長の発言は、我々庶民の感情を蔑ろにした許されないものでした。
私からすれば、三年間のカルロス技師長の謹慎は当然の結果に思えます。もっと重くてもよかった。以上です!」
「そう……なるのか…?」
「はい。そうなりますね!」
「ふむ……」
両将軍とも悩み顔を見せ、ソファーに深く座り直す。
「まあ……カルロス技師長を立てての改革は、もはや有り得ない、ということだろう……」
「……となると。科学者会からの評議会への意見は、今後、ほとんど影響力を持たないものになりそうですね?」
「ああ……どうやら、そうなりそうだなぁ……」
両将軍ともアヴァインの話を聞いて、とても残念そうな様子を見せている。
「あのぅ~……そうなると。どの様に困るのでしょうかぁ?」
アヴァインは一人話の流れが分からず、思わずそう問うていたのだ。
フォスターはそんなアヴァインを呆れ顔に見つめ、頬杖をついたままで言う。
「……アヴァイン。現在の評議会のほとんどの元老員の意見は、国土の拡大路線だ。それくらいは、知っているよな?」
「……あ、はい。それくらいのことなら」
「それに対し、科学者会は慎重論を唱え、《評議会》を牽制している。その《科学者会》の長が、カルロス技師長……」
引き続いて、カスタトール将軍がそう話を繋げて来たのだ。
そこまでのフォスターとカスタトールの話を聞き、アヴァインはそこでようやく一つの考えに思い当たり。ああ、そういうことか……と自分の考えの浅さにつくづく吐息をつく。
両将軍に気づかれない程度、ではあったが……。
「確かにカルロス技師長は、あのような失言をしたが……。決して戦争容認論者でない事は、彼のこれまでの行動が実績として、物語っている……分かるか?」
「はぁ。そう言われてみると、確かに……」
「おそらく、来年早々に出撃の命が下る南東への出兵に際しての人選は、評議会側の思惑がかなり色濃く入り込んでいるのは、既に明白だ。
私やカスタトールを含め、科学者会寄りの諸将のほとんどが、これに加えられていたからね。
評議会寄りのワイゼル候も、何故か今回の遠征に加えられていたが。これは恐らく、我々を監視させるつもりでのことだろう」
───!!
「あのぅ~……もしやそこで、何かが起きると?」
「それは分からないさ。確かな情報を掴んでのことじゃない。今のは、単なる状況証拠による想像の範囲に過ぎないんでね。そう気にするな」
それを聞いて、アヴァインはほっと安堵の吐息をつく。
「とは言え…………用心するに越したことはない……訳で」
「ああ、確かにな」
両将軍はそこで互いに目配せし、それからニヤリとしたかと思うと、アヴァインを見る。
「まあ……そこでだ。アヴァイン。君には一つ、頼みたい事がある」
「……え?!」