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「ん? なんだ……」
首都キルバレスに近づくにつれ、正規軍とは思えない、不揃いな装備を身につけた兵員らしき者達が街道沿いに屯していた。
キャンプテントを張っている者、夕食を用意している者、酒を酌み交わす者、そうした者達がチラホラと目についてきたのだ。その人数は、5千を軽く超えていると思われるほどだ。
アヴァインはそうした者達からの視線を感じながらも、真っ直ぐに首都キルバレス市内を目指し進んだ。下手に絡まれ口論となり命を落とす者も居る、と聞く。関わらないのが一番なのだ。
どうにか市内へと絡まれることもなく無事に辿り着いたが、このキルバレス内においても多数の目つきの厳しい、見るからに荒そうな男たちが街中を俳諧しているのに気づく。
「これは……どういうことだ??」
今朝、出掛けるまではなかった異様なキルバレス市内の雰囲気を強く感じ。アヴァインは、この状況を知ろうと最高評議会議事堂であるパレスハレスへ足を向け、衛兵長官を尋ねることにした、が。
「お! お前っ、アヴァインじゃないか。久しぶりだなぁー!! 元気にしてたかぁ?」
「え?! あ、えと……まさか。ガストンか?」
パレスハレス建屋内へと入り、中央階段を上がっていると。その途中で、思わぬ男と出くわしたのだ。
あのカンタロスの大水源で出会った、そこの責任者であるガストン・オルレオールだ。相変わらず、大きな体躯で、同じ衛兵の姿でもアヴァインとは随分と印象が違って見える。
「どうして、こんな所に居るんです?」
「おい、おい。どうして、って事はないだろう!
実はな、つい先月、ここの衛兵隊長の一人として配属されたんだ。
お前が抜けたからな。その代わりに、ってことでだよ」
「へぇー……」
そういうことか。つまり、私が帰る場所は今更もう無い、ってコトか? この人のせいで……。
もちろん、ガストンのせいでないことは分かっているが。思わず、そんな気持ちが出てしまう。別に、ケイリングの警護が嫌だという訳でもないのだが。
「それよりも、もう直ぐ俺の仕事は終わる。だからなっ、ちょっとコレでも、一緒に飲みに行かないか?」
ガストンは片目を瞑り、右手をクイックイッと口元へ数度ほどやり、飲む仕草をアヴァインに見せていた。酒を飲もう、ってことなのだろう。
「いや、私はこれから衛兵長官に……」
「衛兵長官? それならば、今は不在だぞ。俺もついさっき、業務報告で行ってみたばかりだが、居なかったんだよ。仕方ないから業務報告書だけ置いて、出て来たトコだ。なんだ? 急用なのか?」
「いや……そういう訳じゃないよ。
ただ、どうもこのキルバレス周辺の様子が変だからね。何があったのか、聞いてみようかと思っただけだよ」
「この周辺って……ああ、あのゴロつき共の事か? その件なら、この俺にでも説明くらいは出来るぜ。よしっ! だったら決まりだな。飲みに行くぞ───!」
「決まりだな、って───うわあああーッ!? ちょっと!」
アヴァインは、ガストン・オルレオールから首根っこを腕で絡められ、そのままパレスハレスを後にした。
それにしても、なんて強引な人なのだろう……。
パレスハレスから2キロ程離れた場所に、兵士らがよく行く馴染みの酒場があった。アヴァインとガストンの二人はそこへ来たのだ。
ガストンはテーブルに着くなり店員を呼び、早速とビールを景気よく頼み始めた。
「取り敢えず、4杯だ! じゃん、じゃん。持って来てくれやっ! わはは♪」
「いや! 私は、そんなには飲めないよ……」
アヴァインは、酒がどうも苦手だった。ワインなども、嗜む程度なのだ。
「そんなつまんないコト言うよな、なっ♪」
「はぁ……まあ、自分のペースで兎に角飲むよ」
「ああ! そりゃ、もちろんだ♪ 無理強いはしないさ」
人によっては、無理強いする者も居るけど。ガストンは、そういう事はしない人らしい。安心した。
「それよりも、ガストン。さっきの話だけど……」
「ん? ああ、あのゴロつき共の事か。アレはな、今回のフォスター将軍追討の為に集められた傭兵共だ。
各、属国や属州国も、正規の軍を出すのを今回ばかりは惜しみやがってな。結果、あんなゴロつきみたいな奴等ばかりが集まって来たんだよ。お陰さんで、今は、治安が悪化しやしねぇーかとヒヤヒヤしながらここでビールなんて飲んでる始末さ♪」
「ヒヤヒヤって……冷や冷やの美味しいビール、の間違いじゃないのかぁ?」
そんな下手な冗談をアヴァインが言うと。ガストンはニンマリ顔で受け、ガハハハハ♪と笑い出した。
「おっ♪ オメェー! なかなか、上手いことを言うなっ!! ガッハッハッハ♪」
そりゃあだって、どう考え見てもガストンはそんな心配なんかしている風には見えないモンなぁー。
「それにしても……最高評議会は、明日、開かれ。フォスター将軍についても、そこで決まると聞いていたのに。もうから随分と、手回しのいいことだな。まるで初めっから、フォスター将軍の討伐有り気、みたいじゃないか」
アヴァインのその言葉を聞いて、ガストンの表情が急に変わった。
「……みたい、なんてモンじゃないのさ。まさに、有り気、なんだよ。コレは、もうな……」
「え? それは、どういうことだよ??」
「余りここだと、大きな声では言えないけどな……。
当地のパーラースワートロームで対峙しているのが。評議会議員であるディステランテ・スワートの甥である、ワイゼル・スワート将軍だ。知っていたか?」
「ああ、それは聞いてる」
「そうか。だったら、話は早いな。
今回の討伐遠征も、言ってしまえば。そのワイゼル・スワート将軍の為に行われている、ようなものなんだよ」
「え? そうなのか!?」
「いや。コレは単なる噂と推測、って奴さ……。
実際の当地の情報は、あと一ヶ月か二ヶ月後にしか実態が分からない。本来ならば、当地の情報をちゃんと把握し得た上で、軍を動かすのが常識だし、筋道だ。
所がな、評議会……いや、ディステランテ候は、その情報が来る前に、性急に事を進めている。
余程、その情報が、ディステランテ候には不都合な内容のモノなんじゃねぇーのか? ってのが、俺達の間じゃ、そりゃあーもう大勢の見解なんだよ」
ガストンは酒をグイグイと飲み飲み、淡々とそう言っている。その表情は、不満気にも見えた。
「だったら、評議会議員の一人ひとりに、その点をどうにか正して貰うべきなんじゃないのかぁ?」
「それはそうだがよ。ディステランテ候の影に、みんな怯えちまってまるで駄目らしく。下手を言った途端、地方へ飛ばされた者まで居る、って噂だ。
それで皆、ビビっちまったんだとよ。もう、どうしようもねぇーのさ」
「どうしようもない、って……本当に、それで良いとガストン。お前は思っているのか?」
アヴァインがそう言った途端、ガストンの表情が急に険しいものに変わった。
「良い、なんて誰も言ってやしないし。誰も、思ってやしねぇーよ!
けどな……この国が大国と呼ばれる様になって、20年か30年となった今じゃな。しかもついに、アナハイトまで手中に治め、今やこのキルバレスに楯突こうなんて国が、どこにも居やしなくなった現在では、だ。
保守的権益思想の強い者が、よりよく勝ち上がってゆくんだ、とよ。
それなモンだから国政の奴等の多くは、国外から、国内の権益ばかりに目が行く様になるし。保守的思想の強い、権益のみに興味があるそうした協調者ばかりが馴れ合い、順当にのし上がって上に立っている。奴らからすれば、共存共栄なのだろうがな。視点を変えれば、単に国民を喰い物にしているだけの白蟻だ。
そうやって今のキルバレスって国が、最近は固まり始めている様に……この俺の目には、どうしても映るんだよ。
その内、この国は、大黒柱がスカスカのボロボロになるのやもしれん。
このパレスハレスに配属となって、その思いは少し前から有りはしたがな。今じゃ、確信にも変わって来てる始末さ。
なあーアヴァイン。俺はな、ちーっとばかし呆れてんだよ。
一体、何が、誰が、この国をこんなにも腐らせちまったんだよ?」
これはイケナイな……それを言いたくなる気持ちも分かるが、こんな所で声を大にして言うべきことじゃない。ちょっと飲み過ぎだ。
アヴァインはそう判断した。
実際、その目の前のテーブルの上には、もう12杯目のビールが置かれている有り様だった。




