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次の日の朝。アヴァインは、カルロス技師長が居るらしい首都キルバレスから南東にある大農園に向かった。馬でなら、片道2時間程の距離だ。出掛ける際に、ケイリングも一緒に行きたがる様子を見せたが、今回ばかりはそれは断った。
カルロス技師長と落ち着いて話をしたかったからだ。
この大農園では、300人もの労働奴隷が働かされているのだという。そして、そんな彼らを50名の兵士が監視していた。
大農園の入り口で、衛兵長官からの許可証を見せると、中へは意外なほど簡単に入ることが出来た。しかし、案内してくれる訳でもなく「勝手に探せ」と言わんばかりの対応振りだ。仕方なく、この広い農園を一人であてもなく探すことにしたのだが……。それにしたって、何て広さだよ。思わず、探し始めて僅か15分ほどでため息が出てしまう。
「あ、すみません……」
ため息をつき。ろくに前も見ないで歩き始めたところで、一人の老人の肩に体がぶつかってしまった。それでバラバラと、その人の籠の中のジャガイモがコロコロと転がり落ち広がってしまっていた。なんて、迂闊なんだろう。
「申し訳ありません。直ぐに拾いま……」
「ふむ、それはすまんのぅ。助かるわい。ワシもちょいと、うっかりしておったでなぁ……」
「カ……カルロス……技師長?」
すっかりと痩せ、一目では分からなかったが。その顔は間違いない、カルロス技師長だ。
「ん? ほぅ……お前さんか、アヴァイン。久しいのぅ……元気にしておったのかね?」
「はい……はい…カルロス技師長───!!」
アヴァインは、窶れ疲れ果てた様な姿のカルロス技師長の体を思わず、涙を溜め抱き支えた。
カルロスは、手にしていた籠をそれで再び落とし。中に残っていた残りのジャガイモは、それで全て転がり落ち、バラバラゴロゴロとその場を中心にして散乱してしまっていた。
労働奴隷用の休憩室らしい小屋に、アヴァインは招かれ、カルロス技師長にお茶を淹れて貰っていた。
座り心地の悪い椅子に、体重を乗せれば今にも折れてしまいそうな程、か細い足のテーブル。そして、かび臭い小屋の中の空気……。
カルロス技師長がこんな所に、もう2週間も居たのかと思うと、なんだか悲しくなる。
「どうだね? なかなかに良いところじゃろうが、ここは。ハッハッハ!」
目の前に、淹れたばかりのお茶を置きながら、カルロス技師長が笑い、そう言ったのだ。
アヴァインの気分としては、笑ってられやしない。苦笑までが、精一杯だ。
「なんとか手を打って、ここから早く出られる様に手配しますから。それまでの間、申し訳ありませんが、ここで我慢していて下さいね」
「ふむ……それは、ありがたい事だがのぅ……」
カルロス技師長はそう言うと、立ち上がり。出入り口近くに立て掛けて置いたクワを手に取り、そのまま小屋を出てゆく。思いもしないカルロス技師長の行動に対し、アヴァインはそれに遅れて慌てて立ち上がると小屋を直ぐに急ぎ出た。
小屋を出てみると、カルロス技師長は近くの土を手にしたクワで掘り起こしていた。
何度も何度も……そして、噴き出す汗を拭い。アヴァインを何か悟った様な瞳で見る。
「ワシはこれまで、何一つとして生み出して来んかった……。その事が、ここに来て、よーく分かったわい!
この国の為、この国に住む人々の為にと、これまで粋がってはおったがのぅ……。この身を作る、イモ一つの作り方すらも満足に知らず。これまでワシは生きておった」
「それが何だというのですか?! 技師長は、この国に光をもたらしました!
今のキルバレスがあるのは、技師長、あなたが居てくれたからこそなんですよ!!」
「……ふむ。しかしのぅ、その光とやらは、闇をも作り出しておった。それまではなかった、闇をだ。空しいばかりよ」
それから再び、カルロス技師長は耕していた土を見つめる。
「アヴァイン、ワシはもう……疲れたのじゃよ。分かってくれ。今はここで、こうしてのんびりと過ごして居るのが、幸せなことの様に思えておるのだ」
のんびり……? とても、そうは思えなかった。おそらく、ここでの労働は過酷な筈だ。あれだけふくよかだったカルロス技師長が、もうこんなにも、頬がコケる程に痩せ細ろえてしまっている。このままでは、やがては倒れてしまうに違いない。放ってはおけるものか!
そう思うアヴァインの気配に気づいたのか、カルロス技師長は再びこちらを鋭い覚悟のある瞳で見る。
「ワシはな、アヴァイン。これまで、多くの者をキズつけてしまう様なものばかりを作り出しておった。今はな、その罪をこうして、この様にして、身に受けておるのよ……」
カルロス技師長はそこで再び、クワを思いっ切り振るい、手から血が出るほどに、土を掘り起こしていた。それからまた、アヴァインを見る。
「ワシの事はもう良い。
アヴァインよ……これからはお前たち、若き世代が時代を切り開いてゆくのだ!
この土の様に……新しき、より良き土壌から生まれ出る、イモの様にのぅ……。
それはやがて、この国の、新しき体の一部となろうからなぁ。よいか?」
「は、はい……」
アヴァインは、その時のカルロス技師長の覚悟ある眼差しの瞳に魅せられ、思わずそう答えてしまっていた。
結局、アヴァインはそれでカルロス技師長とそこで別れた。その時のカルロス技師長の言葉を跳ね返せるだけの何かが、自分にはまだ、備わってなかったのだ。本当に、情けないとしか言い様がない。
カルロス技師長は、もう過去の人なのだろうか……。
アヴァインは、正直、分からなかった。首都キルバレスへと続くこの帰りの街道が今はやけに長く、遠く、この時のアヴァインには感じられていた。




