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この地の中心には湖があり、メルキメデス家の屋敷……というか白を基調とした城は、それを見下ろし望むかのようにして建っていた。
首都キルバレスからここへ到着したのは、予定通りの10日後、夕方。多くの旧臣達が居並び、主の帰りを待ち侘びる中での到着であった。
「オルブライト様。御無事での御帰還、何よりでした」
「ああ、今回は素晴らしい指揮官の下。この様な正規の衛兵騎士団までもが付き添ってくれたのでな。全く、これまでにないほど安心に至る旅路であったと言えよう。
アヴァイン殿、ご苦労であった」
「ハッ。恐縮です、メルキメデス様」
「うむ」
どうにも見慣れないその男アヴァインの姿に、多くの旧臣達はヒソヒソと話し出し、注意深くこちらを見つめてくる。
「この者は、この度から、この我が娘であるケイリングの専属警護をしてくれることになった者で。名をアヴァイン・ルクシードという。
元々は、あのフォスター将軍の副官を務めていたそうだ。皆、共に、よろしくしてやってくれ」
フォスター将軍の名に、周りはそれまでとはまるで違った意味合いでざわめき始めた。ここでもフォスター将軍の名は、アヴァインに力を貸してくれていた。どんなに不満があろうとも、実際に戦ってみた者等からすれば、共和制キルバレスは認めざるを得ない真に実力を持った大国である。そのキルバレスでも、今では一番の有力・有能だとされるフォスター将軍は、そうした彼らからすれば、紛れも無い実績を兼ね備えた英雄将軍という認識なのだろう。
そのフォスター将軍の副官だった、とされるアヴァインも又。ただそれだけで、特別視する者は多数に及ぶ。まあ、アヴァインからすれば、その思いは単に迷惑で重荷に感じるだけのモノだったのかもしれないが。
その夜、主の帰還を祝う宴が催され。アヴァインは、その様子をケイリングから少し離れた位置から遠く眺めていた。というのも、オルブライト・メルキメデスやケイリングの周りには、自分など必要としない位の衛兵が多数控えていたからだ。
そういう理由もあり、少々そこから離れて眺めていたのだ。
それに、どうにもやはりこういう場には慣れないし、落ち着かないからなぁ……。
アヴァインは心の中で、そんな思いのため息をつく。
「アヴァイン様は一体どこで、ケイリング様の心を射止められたのですかな?」
突然、横から声を掛けて来る者が居た。誰かと思い横目で見ると、元・ケイリングの警護隊長だった副官のファー・リングスだった。
「はぁ? 何のことだよ、ファー」
「また、とぼけられて……。ホラ、見てご覧なさいよ。
こうしている間にも、ケイリング様はあなた様のことを気にしておられる」
「……」
見ると確かに、そうとも見えるのだが……。
だけどあれはむしろ、私がまたどこかで変なヘマをしでかさないかと、監視でもしている目なんじゃないのかぁ~?
アヴァインはそう思った。
「別に、羨ましがられる事なんてありませんよ、ファー副隊長」
実際、そう思うと。羨ましがられるような内容のものではない。むしろ、ため息すら出てしまう有り様だ。
「どうしてです?
誰がどう考えたって、羨ましいことでしょう? アヴァイン隊長」
この人は一体、なにが言いたいのだろうか? それにしても……この人とはどうも、馬が合いそうにない気がするよ。そんな気がする。有能なのは認めるけどさ。
ここまでの道中、ファー・リングスの協力があったからこそ全てが上手く問題もなく済んでいたと言えた。
一番困るのは、指揮する相手を好むか好まないで、動くか動かない、を決める人間が居た場合である。どんなに正しいと思う指示をしたところで、そういう相手が居ては、動いては貰えないし協力も得られない。話し合いも成立しないのだ。しかし、ファー・リングスは、それが『正しい』と感じ納得出来ることには素直に従ってくれていたし。疑問に思うことは、ずけずけと聞いて来た。このファーという人物は、人の好みではなく、物事の正しい正しくないか、で考え動くタイプであうようだ。
そういう意味で、アヴァインはファー・リングスという男を高く評価している。
しかし、それと人付き合いとは、また別次元なのである。
「それよりも、オルブライト様の隣に居られるお方は?」
なんだか面倒でどうにも苦手に感じ、アヴァインは話を変えることにしたのだ。
それに、ここに仕える以上は、色々と知っておく必要がある。そう思ったからだ。
「ああ、あの方はケイリング様の弟君で、コーリング様ですよ。
メルキメデス家の、次の跡継ぎになられる御方です」
「へぇー」
まだあんな子供だというのに、もうそこまで決まっているのか。見た感じ、12歳ってところかなぁ?
「と言っても。オルブライト様には、あまりその気はない様ですがね……」
「というと?」
「コーリング様は少々、気の弱いところがお有りになる。ですから、ケイリング様の相手次第に依っては、『跡継ぎを、その方に……』とも考えておられる、との噂ですよ。
まあそんな訳で、私は、あなたがとても〝羨ましい〟と先ほど言ったのです」
「……ふぅ~ん」
なるほど、そういうことか。とアヴァインはそこでようやく納得いった。
しかし、それだとケイリングは、自分のことを好いてくれている、ということになる。でも、それはまずない。今まで全く考えたこともなかった話だ。そもそも、私とケイリングとでは、馬が合いそうにもないしね?
アヴァインはそう思い、ため息をついた。




