―32―
「そうですか……コーデリア州へ。この〝方〟と」
「はい。まあ……急遽そういう事になりまして……」
数日後、メルキメデス家の領地である《アクト=ファリアナ》へアヴァインはケイリングの供をし、行くことに決まっていた。それで今朝になり「ここを発つ前に、〝ある方〟にどうしても挨拶をしておきたい」とケイリングへ申し出ると。
「……まぁそうね。来月か再来月には、どうせまたここには戻ってくるとは思うけど。〝どうしても〟というのであれば、勝手に行ってくればぁ~」
と、素っ気なく。ケイリングは本を読みお茶を啜りながら、澄まし顔に言って来たのだ。
「じゃあ、悪いですが。そうさせてもらいますよ、ケイリング様」
ケイリングがどう思おうと、アヴァインとしてはこれだけは譲れなかったのだ。
「だからさ。そのケイリング〝様〟ってのは、辞めてってば!」
行こうとすると、ケイリングは本をテーブルの上に『バタン☆』と置いてこちらを向き、ムッとした様子でそう噛み付いてきたのだ。
「でも、さ……。結局のところ、リリア様と私は一緒になれなかったんだし。こういうのは、ちゃんとして置いた方がいいと思うんだよ」
「わたしがそれで良い、って言ってるんだから。それでいいのよッ! わかったぁー!?」
「はい……分かりましたよ、ケイ様」
「だから〝様〟も要らないってば! 《ケイ》だけでいいの!」
「……」
別にいいけどさ、これで主従関係が本当に維持できるのか些か疑問だよ。
「わかったよ、ケイ。じゃあ、とにかく行ってきます」
「はい、はい。夕方までにはちゃんと戻ってくるのよぅ~。いいわねぇー?」
「わかってますよ」
つくづく馬が合いそうに無い。それなのになんでまた自分なんかを警備として使おうなんて思ったんだか、正直言って理解に苦しむよ。
アヴァインはそう思いながらため息をつき、部屋を出る。
部屋を出たあと、出掛ける為にメルキメデス家が用意してくれた馬車に乗り込んだ訳だが。アヴァインが抱えきれないほどの花束を持って馬車に乗り込むのを、3階の窓からケイリングが眺め見るや否や。慌て急いでその3階から駈け降りて来て、アヴァインが乗る馬車へと飛び乗って来たのだ。
しかも肩をならし、息を乱し、目を光らせて……である。
「あの……どうかしたの?」
「や、やっぱり! わたしも行くことに決めたわ──!!」
そんな訳で、ルナ様の屋敷までケイリングと共に来ることになったのだが。ケイリングはその馬車の中で、終始不愉快そうに馬車の窓から外なんかをつまらなそうに眺め。しかも、アヴァインが持つ花束の花びらをたまに見たかと思えば『ふっ…』と空笑み。手指の感覚だけでぷっつんぷっつんと、たまに花びらを千切りながらの移動であった。
……最後は、茎と枝だけになるんじゃないかぁ?
と手に持つ花束の心配をアヴァインはしつつも、ルナ様の屋敷へ辿り着く。すると直ぐに、シャリル様が「アヴァイン!」と名を呼びながら、笑顔で走ってやって来た。
どうやら屋敷の二階の窓からアヴァインの姿が見えたので、慌てて走って来たらしい。前回は喧嘩別れした形になっていたから、心配していたのだが。なんだか結局は、ルナ様の言う通りだった。
ちょっと安心した。
そして、そんなシャリルやルナ様親子を見て。それまで不機嫌で不愉快極まりない様子だったケイリングが目をパチクリとさせ、急にご機嫌な様子でシャリルに挨拶をした。
「こんにちは! わたしの名前は、ケイリングよ。あなたのお名前は?」
「……」
一方、それまでご機嫌だったシャリルの方はというと。アヴァインに遅れて、馬車の中から姿を現したケイリングを見て。たちまち不機嫌となり、「アヴァインのばかっ!! 浮気者!!」と言い。屋敷の2階へと走っていったのだ。
「ごめんなさいね、アヴァイン……」
ルナ様だ。
「あ、いえ。ハ、ハハ……」
なんというか、思わず苦笑いだ。
それからルナ様は、ケイリングの方を見る。
「で、そちらの方は?」
「ケイリング・メルキメデスです」
アヴァインが紹介するよりも先に、ケイリング自身がそう自分で名乗ったのだ。
「まあ! あなたがあの、メルキメデス様の?」
「はい。あのぅ……ところで、あなた様は?」
「あ、ごめんなさいね。私は、ルナです。このアヴァインには、よく助けて頂いてるんですよ、ケイリングさん」
「ふぅん……ほぅ~……へぇ~っ……」
ケイリングはまたそこで、不信な目をアヴァインに対し覗き込むようにして向けていた。
「心配なさらないでいいのよ、ケイリングさん。
アヴァインはいつも、あの〝シャリル〟の為にここに来てくれていたの」
「え? そうだったのですか……」
ケイリングはそこで、ほぅと吐息をつき。アヴァインを見直した。
そんなケイリングの様子を見て、ルナはクスリと微笑む。
「さあ、さあ! 早く中へ入って頂戴な。アヴァインも早くね」
「はい、ルナ様。では、お邪魔します。
あと、コレ……。ちょっとだけ花数は減っちゃってますけど……」
「あら、あら。まあまあー!」
なんとも、もう呆れるほどに悲惨な花束だった。
ケイリングはそれを見て、『ちょっとしまったなぁ……』って顔をし、空を仰ぎ見ては、こちらの様子を横目でチラチラと盗み見している──。




