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そうこう思っていると、ケイリングはこちらを盗み見るように見つめたあと。目線を下げ、頬を赤らめながら聞いてくる。
「あの……あのさ、アヴァインって……本気で、人を好きになったコトとかある?」
また、唐突なことを聞いてくるものだなぁ。でもそこは、そういう年頃なんだろうから仕方がないのか?
「ん~……あることには、ある、かな?」
それを聞いて、ケイリングは驚いた顔をし、聞いてくる。
「だったらどうして、その人と結婚しなかったの?! しようと、しないのよッ??」
「無理だからだよ」
ルナ様には既に、フォスター将軍が居る。シャリル様という娘も居るのだ。なのに、どうしろと言うんだよ。無茶だ。
「どうしてそう簡単に、無理だなんて言えるのよ? 一度は、告白くらいしてみたの?」
「してないし、出来ない相手なの」
所詮、世間知らずで子供なケイリングに話しても理解してもらえない事情だ。そもそも他人に、話せるような内容じゃないしね。
「出来ないって、どういうことよ? どうしてさ??」
「複雑な理由があるの。大人のね」
「複雑、ってどんなよ? 大人の、ってなによ???」
「複雑は、ふくざつなの」
これはキリがなさそうだ。更になにかを言おうとするケイリングの口辺りを軽く手で押さえ、アヴァインは吐息をつき、言った。
「この話は、もうこのくらいにしてくれないか? ケイ」
「ん、ぅん……」
空気を読んだのか。それでケイリングの質問攻めはようやく止まった。
「それで……その人とはさぁ……手ぐらい、握ったの?」
「…………」
いや、ぜんぜん止まってなかった。誰かコイツ、なんとかしてくれッ!!
「もしかして、そのぅ~……〝もっと〟とか?」
お、おいおぃ……。もっと、って何を? そんなことルナ様に出来る訳が無い。
「因みにさ! その人、今この近くに居たりしない?? 直ぐそばに、とか??」
「え……ここに?」
おそらくは来てないだろうと思うが……アヴァインは念のため、会場内を見回し、ルナ様を探し始めた。
すると、そんなアヴァインの様子を見て……ケイリングは間もなく、寂しげに深い吐息をつき。
「……もう、いいよ。いいから」と言った。
なんだよ、それ? 訳わかんねぇ──っ!!
それから間もなくのことだ。会場が一気に、わあ──っと、どよめき出した。
パレスハレス4階のこの会場内へと、真新しい豪奢なドレスに身を包んだ女性たちが次々と現れ始めたからだ。それに合せ、演奏も晴れやかなものへと変わる。その中には、リリアの姿もあった。
見るからに可憐で、優しそうな人だ。
しかし、それらの様子をケイリングはどこか寂しげに見つめ。次に軽く微笑み、アヴァインの方へ振り返りながら言った。
「……アヴァイン。ホラ、来たわよ」
「うん」
ケイリングに促され、アヴァインは戦場へと向かう一兵卒であるかのように、リリアを緊張した面持ちで改めて確かめ見つめていた。
その娘は、肖像画以上に、とても美しかった。まさに令嬢といった面持ちで、正直、自分と釣り合うとは思えないほどだったのだ。
アヴァインはここに来て、更に緊張をし。今更ながらにドキドキとしてきた。体もギクシャクになり、とにかく行くしかない! 行かねばならない! もう泣きそうだけど! と思い思いに生唾をゴクリと飲み込み。一歩一歩、リリアへと向かい近づいてゆく。
そしてそんなアヴァインを、ケイリングは吐息をついて送り出していた。だけどそれはもう、そこまでで。それまでとは一転したかのように、ケイリングは応援する気持ちで、そんな二人を気合の入った様子で見つめるのだった。
そう……今は何よりも、友人の幸せを願おう! と、決めていたからである。




