―25―
「如何なさいましたか、ケイリング様!!」
そんな女の子の背後から、四人の衛兵が走りやってきた。明らかにこのパレスハレス内の警備衛兵ではない。そして更にその背後から、一人の四十代半ば程の見るからに権威のありそうな紳士が体躯の良い衛兵達に守られながら姿を現し、口を開いた。
「どうしたのだ? ケイリング」
見た目にもだが、その声色というのが実に落ち着きがあり貫禄を感じさせる。そしてよく見ると、その胸には《貴族員》のバッチが付けられていた。
通常、制圧した場合には、そのキルバレスの武力によってその国を《属国》として統治するのが普通だが。その相手国が大国であった場合には、その後の反乱を抑えるが為に、その元・領主に対して『貴族員』という特別階級を与える場合がある。
《貴族員》は評議会議員とは違い、選挙を必要とはせず。その権威によってその地位が保障されている。そして、このパレスハレス内で定期的に行われている《最高評議会》への参加権も有しているのだ。
その貴族員の娘と思われる女の子の胸をつまりは、思わず……アレしてコレしてしまった訳で……。
うわああ~~、これはもう下手をすれば単に飛ばされるなんてものでは済みそうにもないぞ! 参ったなぁ、こりゃあぁ……。
しかもケイリングっていうと……確か、オルブライト・メルキメデス貴族員のご息女の名前がそうだったよなぁ? となると貴族員でも筆頭株じゃないか。余計にヤバイよなぁ、これは……。なんとか気の利いた言い訳をしないと。
自分がそうこう思い頭を抱えていると間もなく、例のケイリングとかいう女の子は眉間にしわを寄せたまま唐突にこちらへと指を『びっ!』と差して来るなり口を開き言ってきた。
「この男、いきなり。私の胸を触ってきたのよ! お父様!!」
「――いやっ! 何も好き好んで、触りたくて触ったんじゃなくってですね!!」
「さわりたくて……触ったんじゃない、ですってぇー? それってどういう意味よ!?
汚いモンでもさわった――って意味?!!」
「いや! それはモチロン、触り心地も感触もバッチリもう最高でしたよッ!!」
────ゴンンッツ☆!!
更に再び、何度も蹴り踏んで来た挙句『このヘンタイがあああー!!』と指差してくる!
この私に、どうしろ……と?
その様子を見て、貴族員である紳士な風格の人は「ぶっ!」と唐突に噴出し笑い、ケイリングとかいう娘の腕をぐっと掴むと、
「ケイ。もう、そのくらいにしておきなさい」と言い、去って行こうとする。
た……助かったのか? よかった。
その間もなくのことだった。
「アヴァイン隊長! 衛兵長官がまた、お呼びです。直ぐに来て下さい」
「え? ああ、分かった。いま直ぐに行くよ」
自分はそれで立ち上がり、やれやれと再び長官室へ戻ることにする。
そして……そんな自分の後ろ姿を、ケイリングという女の子は驚いた表情で振り返りみつめていたが。その理由は解らない。何にしてもこれ以上からまれては困るから、ここは気付かないふりをして逃げるさ。
一方、
「いま……確か、アヴァインって……」
アヴァインが立ち去るのを見送る中、ケイリングは昔の記憶を辿り、ようやく二年ほど前の最初の出逢いを思い出していた。それと同時に、自然と心臓の鼓動も早くなるのを感じる。
どこかで見た覚えはあった。直ぐには気付かなかったけれど、見覚えのある人だなぁとは思っていた。
だけど次の瞬間、イキナリ私の胸を掴んで来て、いいように揉んで来たものだから動揺した。何よりも兵士たちの手前、かなり恥ずかしい思いをさせられた。
普通だったら、絶対に許せない奴よ!
だけどそれがあのアヴァイン……ルクシードだったっけ?
……どこか相変わらずだな、って気がするから不思議だ。
今から二年も前、フォスター将軍の妻ルナ様の誕生会で始めて、遠目ではあったけど知り合えた人。
結局は一言も話すことがなかったが、私は不思議と未だ鮮明に覚えていた。
それは心の中でずっと引っかかり続けていた記憶だったから。
あの日は結局《運命の人ではなかった》そう思い、一度は諦めもついた。それなのに今頃になってまた出逢うことが叶ったのだ。
だとすれば、もしかすると……。
ケイリング・メルキメデスはそのことを意識し、迂闊にも触られてしまった左の胸の辺りが急に熱くなるのを独り感じながら頬を真っ赤に染め、そんなアヴァインの後ろ姿を虚ろに見送っていたのである。




