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「そうじゃなぁ……グレイン。ああ、わかっておるさ。今さらこんな事をした所で、それでお前が生き返り戻って来る訳でもあるまい。もう今となっては、取り返しがつかぬことだよ。それは解っておる。もはや無意味であることくらいはなぁ……。

しかしのぅ……お前がそうまでして守ろうとしたその国には、未だキルバレス軍が攻め入り戦争が続いておると聞く。

ならばだ……こうして一人取り残されたこのワシが、お前が守ろうとしたその国をこの手指一つで守ってやれるのならば、それもまた良いのかもしれぬ……」


 カルロスは独りそう言い切ったあと、静かに目蓋を閉じ、それからまた改めてそのボタンを睨みつけるように見つめ決意する。


 それから手にしていた松明を近くの台の上に置き、先ずは右手にあるレバーを思いっ切りガチャリと持ち上げた。これでこのボタンとの接続がされた筈だ。


 あとは、このボタンを押すだけで全てが終わる。

 そして……それは同時に、これから始まるだろう苦難の始まりでもあるのだろう。


 復興、という名のなぁ。


 カルロスはそのことも覚悟しながら、再び大きなため息を一つつき。それから改めて、真剣な眼差しでそれを見つめ誓う。


 

〝グレイン! 今こそ、君との友情の証をここに示そうぞ!〟



      『……カルロス……』



「──!?」

 急に、誰かの声が聞こえた気がした。それは実に、不思議な鈴の様な声色だったが……しかし、振り返ってみたそこには誰も居ない。

 ただただその先には、闇が広がるばかりだ。


「……気のせいか? 少々疲れておるのかも知れんな」

 そう思い、カルロスは再びボタンを押そうと前を向き改めて手を伸ばそうとした。が、



     『……――カルロス――……』



「──!!」

 その声は、先ほどよりもハッキリとカルロスには聞こえた。間違いない、ここには他にも誰かが居る!


 そう思い直ぐに振り返るが、しかしそこには……誰の姿も見当たらなかった。


「……まさかな」

 いくら老いたとはいえ、ここは簡単に見渡せる広さだ。しかもその声は、驚くほど近くから聞こえた。居るとすればこの近くの筈だ。だが近くには、隠れられる場所などない。


 ということは、だ……。


「やれやれ、どうやら聞き違いであったらしいわい……やはり疲れておるのかのぅ?」


 そう困り顔に零しながらため息をつき。カルロスは再び、ボタンの方を向く。と──?!



「お! おぉ……!」

 突如として、カルロスとボタンの合間に異様な空間が開き始めていた。

 カルロスは余りの眩しさに思わず目を細めながら、懸命に見つめ続ける。その先の方では、神々しい黄金色の輝きが周囲へ放たれていて、その光の中から間もなく幾重にも重なり合う光のベールでその身を包み込んだ一人の美しき女性が姿を現し始めた。

 しかもその髪と瞳は驚くことに、同じ様に黄金色の輝きを放っている。


 これは……とてもこの世の者とは思えぬわい。


 カルロスはその神々しくも眩い光に対し目を細めたままで、その相手を険しい表情で見つめ続けた。


 もしや……この女性が、グレインが言っていた女神ではないのか!?

 刹那、カルロスはそう察する。



「お前さんは……?」

『私の名は、女神パラ・ファームスィートです』

「パラ……」


 やはりこの者が、女神かね……。

 なるほどのぅ、それは解った。普通では有り得ぬ現われ方をされたのだ。だからそれは信じることにしよう。

 しかし、このワシにはどうにも納得できない。理解できぬわい。それは、このタイミングでわざわざ現れた理由だ。

 このままもうしばらく黙って静観してさえいれば、カルロスは間違いなくあのボタンを押し、共和制キルバレスは恐らく崩壊をし、この者の地パーラースワートロームとやらは救われていたことだろう。


 それなのに何故……何故いま、このタイミングで現れる必要があった? 


 カルロスにはそれがどうにも理解できなかったのだ。目の前でどこか悲しげな表情を見せながらも宙を浮いている女神を、カルロスは不信な思いで見つめる。


 すると女神は吐息をつき、その形の良い唇を開いてきた。



『……カルロス、あなたに良きものをお見せしましょう──』

「良きもの……? ――!!」



 ──次の瞬間!


 周りが真っ白に感じるほどの光に包まれ始め、カルロスはその光の眩しさに耐えかね直ぐに腕を目の辺りへとやり光を遮る。しかし全てを見落とすまいと懸命に目を凝らし見つめ続けた……が、そんな彼カルロスの身は突如として遥か上空を飛んでいるかのように浮かんで立っていた。


 これは一体、どういったトリックを使ったのだ!?



 先ほどまでは暗い、松明だけの明かりに頼る洞窟の内に居た筈なのだ。

 それが今ではなんと、目の前には標高八千メートル級の雪に覆われた山と、その中腹辺りから噴出す神秘的な滝。そして、それへ連なる深い山々……それらの山々に抱かれるかの様にして地平線ほどにも広がる緑の大地が、彼カルロスの眼下で壮大にも広がっていた。


 カルロスは間もなく、ハッとする。


「もしや……まさか、ここが《パーラースワートローム》なのか!?」

『ええ、そうです。カルロス、あなたは今この地に残る「記憶」を見ているのですよ』


「きおくを……?」

『さあ、私と共に参りましょう──!』


 その女神から唐突に手を掴れ、カルロスと女神は共に驚くほどの急降下でこの地へと降り立った。



 ここは、標高二千メートルもある高冷地だとグレインからは聞かされていたが。想像とは違い、実に緑豊かな大地だ。


 カルロスは、それとなく近くで流れる川へと目をやる。と、そこにはあの不思議としか思えない神秘なる水……《精霊水》が、まるで当たり前であるかの様に仄かな光を放ちながら優しげに流れている。


 その川の水の中で、愉しそうに遊ぶ子供たち、その髪の色はまるでこの流れ続ける川の様に煌めく青白き光を放ち。その瞳もやはり、同じく青白き光の色をしていた。


「グレイン、お前の言う通りじゃなぁ。ここは……なんとも不思議な大地よ」


 見ると、近くではキルバレスの兵士らが顔を綻ばせて愉しげに笑っている。それもこの地の民と一緒に。とても信じられぬ光景じゃ……。


 カルロスはこの地を、しばらく歩き散策する。すると間もなく、思いがけもしない光景を目の当たりにした。


 それは、木の木陰で休むあのグレインの元気そうな姿を捉えたからだ。更に驚くことに、なんと女神もそこに一緒に居て。なにやら書き物をしているグレインの後ろで、実に不思議そうな表情をしてぼうっと見つめている。


 もしや、文字を知らないのか?

 それよりも何よりも今、カルロスの隣にも、同じく女神が居た。


 これは一体、どういうコトなのだ?!

 そのカルロスの隣に立つ女神の表情はよく見ると、なにやら懐かしい思い出を見ているかの様子であった。



 そうか……ここは、《過去》なのだ。パーラースワートロームでの、過去……。




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