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―1― 

 高々と(そび)え立つ霊山の(ふもと)に広がる聖なる大地パーラースワートローム。そこを流れる川の水を飲むと、人は、誰しもが魔法を使え、不老不死にさえもなれるのだという……。


 ある者は、その水を求めて、旅をし。    

 ある者は、その水を求めて、人を騙し殺し奪い合う。  

  そして、ある者は……その空しさを知り、悟りゆく───。    


 これは、そんなパーラースワートロームを舞台とした物語の一つである。


 超大国、共和制キルバレスの科学者であり、その科学者会の最高権力者であるカルロスはこれまで、この国の平和と生活レベル向上の為に勤め貢献してきた。


 年少時代、貧しき家に生まれ育ってきた苦労人の彼にとって、それは当たり前で凄く必要なことだと疑うことなく生きてきたからである。だから正義感が強く、世の必要や訳をよく深く知ろうと常に努力をし、その意義というものも理解しながら生きていた……つもりであった。


 カルロスは人々が暖かな生活を送ってくれることを切に願い、それまでに数々の発明品を世に送り出していた。


 その彼のお陰で共和制キルバレスは豊かな大国となり、同時に、軍事力も周辺諸国より持つようになる。やがて都市国家のひとつに過ぎなかった共和制キルバレスは、周辺の都市国家を侵略し、その傘下に治めてゆく。


 だが、科学者カルロスにとってそれは、思いもしない、望みもしない、皮肉としか思えない世の流れであった。


 しかし、この日そんな彼の心情も知らず、理解しようともせず、彼を非難する者が現れる。


「カルロス技師長! また戦争が始まる、というのは本当でしょうか!? 自然を壊し、人を殺し、それで更に何を得ようというのか──コメント願います!!」

「いや、ワシは……。ワシはただのぅ、君たちが住みよく生活する為に……。そして、誰しもが同じ条件で出来得る限り幸せになってほしいが為に。これまで、多くのモノを犠牲にして生きて来たつもりじゃよ。決して他意はない」


「なにを自分に都合のいいことを……後悔くらい、カルロス技師長。アナタにだってあるでしょう? 違いますか」


 その時の女性の態度はまるで『これこそが唯一の正論である』とでも言いたげな、それで。カルロスのこれまでの人生をまるで何一つ認めることもなく、全否定するかのような印象を与えるものであった。


 『力ある者に敢えて挑む』この頃のキルバレス国内では、こうした傾向がまるで流行ごとのように、よく見受けられていた。今カルロスの目の前に立つ若く美しき見目の女性もまた、そうした流行の渦の中にただ身を寄せる者の一人に過ぎなかったのだろう……。


 そんな凄然として眼冷ややかな彼女の態度が、この時の彼カルロスの心情をたちまち激高させてゆく。そして、それこそが彼女の望む展開であった。


 研究者としては優秀かも知れないが、ジャーナリズムに疎い彼など、この時の彼女からしてみれば、実に扱いの良い道化でしかなかったのだろう。余り認めたくはないが、一流の言論者としては、自分の感情をコントロール出来なければ、途端に敗者となるのが世の常である。


 だがそれでもこの時の彼は、ただただその時に感じた直情的な思いもそのままに、これまで自分が信じ歩み生きて来た道を、実に簡素なほど簡潔に、まるで迷いもなくその相手である女性に対し強くぶつけていた。


「後悔? それに対しては、後悔など何もないな」

「後悔が、無い? この国は再び、自然を破壊そうとし。侵略により、更に国土を無用に広げている。その為に、犠牲となる人々……なのにアナタは、その当事者でありながら、『後悔が無い』というのですか?

腐っていますね。アナタたちは」


「──!!」


 その後、カルロスは感情に任せ。上から目線さながらにそう言い切った女性に対し、吠え・叫び・懸命に自分の思いを訴えながら。気が付けば、首根っこから相手を掴み上げ、押し倒し、殴り掛かろうとさえしていた。


 そんな彼を、周りに居た科学者会の者や評議会議員・警備関係者など十数名が驚き一斉に取り押さえ、事件は終わる──。


 カルロスはその後、最高評議会での議決により、三年間の謹慎処分となった。


 彼カルロスは、当事者として責務を果たそうと心に決め、この現状の改善に努力しようと努めた。だが、科学者会や最高評議会はそんな彼を謹慎処分とすることで、世間からの風を少しでもやわらげようと考えたようである。


 そんな彼の元へ、この日、一人の男が彼の研究室へと尋ねてきた。謹慎処分とはなったが、ここで研究を続けていく分には構わないという特例があったからだ。

 最高評議会としては、それでも尚、彼の能力だけは必要と考えての判断だったのだろう。


 カルロスもまた、その様な国の都合を上手いこと利用していた。


 誰かと思えば、同じ科学者会の元老の一人であるグレイン・バルチスだった。間もなく五十七歳にもなる男だ。カルロスも大体、彼と同じくらいの年齢である。


「やあ、カルロス。少しいいかな?」

 彼もカルロスと気持ちを同じくする、科学者会でも数少ない友人の一人だ。


「グレインか。もちろんだよ。今、コーヒーでも淹れよう」

 カルロスは快く、彼を部屋へと招き入れた。



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