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 その奥には、単純なほどに分かり易いボタンが一つだけ用意されてあった。その右側にはレバーがあり、今は下がっている。

 おそらくはそのレバーを先ずは上げこのボタンを押すことで、何かが作動する仕掛けなのだろう……。


 そこで何が起きるのか、もうから既に嫌というほど想像出来てしまう。

 おそらくは先ほどの小さな口……その奥の水門中央辺りに仕掛けられた爆薬の束が一斉に爆発する、といった所かね? それでこのカンタロス下流域がどうなるのか、想像するにも恐ろしいわい。


 このカンタロスの水源にたまる水量ならば、下流域に住む人々の村々や穀倉地帯の壊滅的打撃など、実に容易いことだろう。そして更に、首都キルバレスへの水の供給断絶による人々の苦しみうめく声がもうからカルロスの耳元には聞こえて来るようで、先ほどから手指の震えがどうにも止まらなくなっていた。


「全く……なんという愚かなモノを……」

 思わずカルロスは眉を顰め、真剣な眼差しのままそう零してしまう。


 確かに、今これを使えば共和制キルバレスとしては首都周辺の復興を何よりも優先せねばならなくなる。国が滅んでしまっては意味がないからだ。

 最高評議会としても、選択の余地など先ずあるまい。となれば、パーラースワートロームへ侵攻中の軍も早々に引き上げさせ、これに当たらせることは間違いないだろう。それでパーラースワートロームの民は、きっと救われる。


 ああ、なるほどのぅ。それはヨシとしよう。

 しかし、その一つの目的を果たすが為に、犠牲にしても良い命が君はあると思うのかね? この様な愚行が許される訳、なかろうが!


 そうであろう? グレインよ……それは違うと、君には言い切れるのかね?

 グレイン――さあ、今すぐに答えよ!!


 それから改めて眺め見ると、そのボタンの上にも、この部屋の入り口にあったのとまるで同じ様に文字が刻まれた石版が填め込まれてあることに気がつく。

 そこには、こう刻まれてあった。



〝愛するが故に……我は思い、今、その決意を形にする〟


《──ああ! 全ては、過信が生み出した

         結末だった、のさ……──》



「……」

 それはまるで、あの時のカルロスの言葉に対する、グレイン技師の答えであるかの様だった。

 あの時、グレインは何も答えず、ただただ『まあまあ~♪』と諭し言い。カルロスのことを宥め微笑んでいただけだったのだ。それだと言うのに、今頃になってあの時のグレインの答えがこんなところに、しかもこんな形であろうとは……お前は実に、なんともズルイ男だよ。


 カルロスはここに来て……その答えの意味を感じ取り、膝をその場にて崩す様に落としてしまう。


 そして静かに座り込み、そのボタンのある壁に背を委ね、ふとあの手紙の内容を思い出す。



〝カンタロスの貯水池だ。その地でそれを見て、どうするかの判断は全て、君に託たくすよ。

君ならばこの私などよりも、きっと冷静にそこで良い決断が出来る筈だと、私は信じている……〟



「……グレイン。お前はなんてものを、このワシに(たく)したのじゃ……なんてものを……」


 そう零しながら、カルロスは力なく目を瞑り、あのグレイン技師と共に過ごしてきた遠い昔の事を、静かに思い出してゆく──。




『──見ろよ! グレイン、コレだ! これこそが、コークスの力なんだよ!!』


 まだ二十代の若き頃のカルロスの姿が、そこにはあった。

 カルロスは貧しい農家の生まれで、それも三番目の子だった。当時から子供ながらに色々なものに興味を示し、やがて便利な道具を作っては父親をよく驚かせる、そんな子供だった。

 今思うと子供の頃の自分は、そんな父親の驚く顔を見るのが何よりも面白く楽しくて、たまらない活発でいたずら心のある実に困った子供だったと思われる。

 所が、カルロスの父親は何を思ったのか、家の大事な馬を売り払い。自分の畑だけでも大変なのに、他人の家の畑も手伝う様になり。何故か急に、彼カルロスを近くの学校へと通わせ、しかも進学までさせてくれた。


 やがてセントラル科学アカデミーを卒業したカルロスは、直ぐに折れ曲がる農機具の改良をその父親の為に始めた。

 そう、全ては父親に対する恩返しから始まった。そこで見つけたのが、コークスだったのだ。



『グレイン、これこそ! これこそが、コークスの力なんだよ!!

コイツの火力で、これまでよりも強度のある、そして軽い農機具が作れるようになるんだぞ! 凄いだろう!!』


 カルロスが言う通り、それは農機具に限らず、とても優秀な道具を次々と生み出していった。そして同時に……それはやがて、それまでよりも強度のある《剣》や《軽い盾》などの武器・防具製造へと発展してゆく――。


 しかし当時は、まだそんな国内の変化に何一つ気づくことなどなかったのだ。



『──見ろよ! グレイン、光だ。これだよ! これこそが、コークスの光なんだよ!!

この国を明るく照らし出す、新しき光だ!!』


 それは、カルロスが三十代になって直ぐの頃だった。


『これで街中が夜でも明るく照らされ、歩き回れるんだぜ! 凄いだろうー!』


 コークスから発生するガスを燃やすことで、光を作り出す。それにより、これまで昼間しか出来なかったことが夜でも可能になっていった。


 国内での、飛躍的な《生産力の向上》である。

 そして同時に、武具の増産も飛躍的になる──。



 それでも当時はまだ、それで豊かになってゆくこの国の姿を誇りにすら感じる日々だったのだ。


 だが……それから十年後。



「最高評議会が、北部への遠征を決定したそうだよ、カルロス」

「……」


 実はその数ヶ月前、大勢の負傷者や奴隷が居る新たな占領地へと、カルロスとグレインは共に向かい視察していた。それがどういう意味なのか、それまでカルロスもグレインもよく理解していなかったのだ。

 そして、そこで始めて目にした……現実。そして、そこで感じ知り得た……気持ち。


 〝こんな筈ではなかったんだ……!!〟


 その時に、カルロスはつい、あの言葉を吐いてしまったのだ。




《──全ては、過信が生み出した

          結末なのか……──》



 あれから……数十年と経った今、その当時のカルロスに対するグレインの答えが、ここにあるコレなのだろう……。




《──ああ! 全ては、過信が生み出した

          結末だった、のさ……──》



 かつて、キルバレスという国は今ほど豊かな国ではなかった。

 しかし……それでも人々の心は、今よりもまだ豊かな国だったように思える……。


「ああ、そうじゃなぁ……グレイン。君はきっと、このワシにそう言い続けておったのではないか? だから全てを――早く終わらせよう――と……君はこのワシに、ずっとそう語り掛けていたのじゃろう……?」


 今だからこそ、分かる気がする。最後の手紙の中で、何故かグレイン、君はしきりに謝っておったな? すまない……と。それはつまり、こういうことだったのではないか?


 それだというのにワシは、あの時、自分の事ばかりで頭が一杯じゃった。下手に口を出すことで、唯一許されていた研究さえも奪われ、禁止されてしまうのを何よりも恐れたからじゃよ。


 グレイン、ワシは愚か者だ。君がパーラースワートロームの民を命懸けで守ろうとしていたその時に、このワシはのぅ……自分のことしか頭になかったのだ。しかもワシはなぁ、お前のことを『愚か者』などと決めつけ罵ってしもうた。すまぬ!

 誰よりも愚か者だったのは、むしろこのワシの方だったのかもしれぬのになぁ……。


 カルロスは静かに吐息をついて、ゆっくりと立ち上がる。それからそのボタンを、恨めしく思いながらも正視した。





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