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中は本当に暗く、松明がなければおそらくは何も見えないだろう程に薄気味悪い。壁に手を置くと滑りがあり、そこを松明で照らしてよく見ると、苔のようなものがここにも沢山自生していた。
どうやら出入り口から届く僅かばかりの光だけで、ここまで育ったのだろう。その間にも冷たい水が壁伝いに所々から下へと滴り落ち、そこへただ手を置いている間にも喉の乾きを十分に潤せるほどの水が溜まる。しかもそれは冷たく、次第に体全体から体温を奪ってゆくのが感じられた。
カルロスその壁から直ぐに手を離し、出来るだけ中央を歩くことに決める。
十五分程も歩いた所で滝の激流の様な音が聞こえ始め、更にしばらく歩くと右手に光の差す場所が一箇所だけあり、そこから壁の向こうを覗き込むとカンタロスの水門が驚くほど間近に見えた。
どうやらこの洞窟は、そのカンタロスの水門へと繋がっているのが今の立ち位置から観察して容易く察せる。洞窟の先を松明で照らすと思った通り、それまでとは明らかに違う人工的な床や壁、天井の回廊が奥まで繋がっていたからだ。
「なるほどのぅ……この間道を使ってこのカンタロスの水門は造られた、という訳かい」
恐らくは水門建造中、上流から次々と流れ来る豊富な水をこの坑道へと通し下流へ送り、水門完成後は反対側にあるこの坑道への水道入り口を爆薬か何かで破壊し、水の流れを塞き止め、今やこの様な形で当時の苦労や痕跡を偲ばせながら単なる遺構として取り残されているのだろう。
近くを改めてよく見ると、そこからの光とこの中の豊富な湿度で育った苔などに覆われながらも昔は使われていただろう壁掛けのランタンが幾つもあるのに気がつく。
水道として仮設利用していたここよりも一段高く、当時は人が出入りに通っていたと思われる壁伝いの細い道。
カルロスはその中で、まだ使えそうな幾つかのランタンへ、手に持つ松明の火を移していった。湿気で火の灯らないランタンも多くあったが、幾つかのランタンには火が灯り、それで回りは随分と明るくなる。
そこでカルロスは手紙を取り出し、例の目印の位置を再び確認する。
その目印の位置はつい今し方、覗き込んでみた光の差し込む穴の反対側の壁辺りの様だ。
「……ふむ」
向かいの壁を松明でよく照らしながら手で触っていると、一箇所だけ他とは違う質感のある磨き上げられた壁石を見つけた。しかも何やら文字が刻み書かれている。
どうやらこれは、手彫りのようだが?
松明を近くの台に置き、それを摩り擦り土や苔を落としてみた。すると、
「──なッ!!」
カルロスはその文字を見て驚く! そこにはこう書かれてあったのだ。
《──全ては、過信が生み出した
結末なのか……──》
その言葉はかつて、カルロスがグレイン技師に向かって吐いた、言ってしまえば単なる愚痴に過ぎない。
当時、誤った方向へと動き出していたキルバレスに対し、思わずカルロスが吐いてしまった言葉だ。今思えば、失言だとも言える。
それがこんな所に、この様な形で刻まれていようとは……。
これは間違いなく、グレインが書いた文字だろう。実に見覚えがあるクセ字だった。
つまりここに、この奥に何かがある……というコトか?
壁石を更によく調べてみると、それは1メートル四方ほどの四角い石で、どうやら填め込まれているのだとわかる。埃や土・苔がその隙間に入り込んでいて、初めはよく分からなかったが。どうやら間違いない。この壁石の奥に、何かがあるのだろう。
問題はこれを、どうやってこじ開けるかだが……。
辺りを見回すと、近くにつるはしが転がっていた。カルロスはそれをグッと手に掴み取り、渾身の思いでカツンと隙間へと叩き込み、それを何度も諦めずに繰り返した。やがて壁石の一部が砕け落ち、カルロスはそこへつるはしを差し込み、テコの原理で体重を乗せ一気に引き剥がしに掛かる。
すると、壁となっていた石は真ん中辺りから音をたて、二つに割れ落ちた。それは厚さ5センチ程の石版だった。
思った通り、これを壁代わりとして使い、この様に填め込んでいたか……。
カルロスは軽く吐息をつき、残った石版もどこか惜しむ思いでつるはしや足で蹴り取り除いてゆく。そうしなければこの先へは行けそうにないのだ。
「想い出深さはあるが、仕方があるまい」
そうこう考えながらも、カルロスは完全にそれを取り除いたあと再び松明を手にし、その中へと屈み込みながら入り進んだ。
数メートル程進むと、そこは思っていたよりも開けた広い部屋となっていた。
天井も高く、奥までは軽く十メートルはあるようだ。どうやら元々ここは、作業者の休憩所か何かだったのだろう……。テーブルや椅子だったと思われる腐った木が幾重にも重なり合い散乱し、その上に苔までもが生えている。しかしこの部屋の入り口付近には、至る所から光が差し込み、小さな草花がしおらしくも育っていた。
ここは明らかに先ほどの場所とは違い、松明などが無くても先が見渡せる。住居スペースとしても先ほどの場所と比べれば申し分なさそうだ。
「しかし……この部屋の奥の方は、実に不気味なほどに薄暗いわい」
カルロスはその先の方を、目を細め見つめるとそう零す。
カンタロスの水門側と思われる右手側を見ると、そこには細い道が通っていた。いや、これは道などではない。何かを通す為の口だろう。
人が入り込むにしては……狭過ぎるからの。
そこからは何やら沢山のケーブルがこの空間の奥へと向かい繋がっていた。やはりこの奥には間違いなく、何かがある!!
カルロスはそこで大きく息を吸い込み、そして奥へと向かいゆっくりと慎重に歩き進むことにした。