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それから二週間も経ってのこと……。
「え? フォスター将軍の邸宅の警備を、ですかぁ?」
「ああ、急なことで悪いがな。ルナ殿から直々にこの様な手紙が届いて来ていてな。まぁこの国のしきたりも分からぬ元・属領国の姫君に過ぎないからなぁ~。困ったモノだよ。
そうは言っても、あのフォスター将軍の……だから無視も出来んのでなぁ」
「あ、はぁ……」
上官であるベンゼル衛兵長官に呼び出されて来てみれば、そのような話だった。正直、長官の言う通り困ってしまう……。
自分はカルロス技師長やその近辺を守る衛兵の隊長なのだ。その職務を離れ、フォスター将軍の邸宅の警護をして欲しいと頼まれても、ただただ困ってしまうばかりだ。
「まあこの手紙の内容からして、フォスター将軍の娘シャリル様の誕生会を祝う場の警護をとの仰せだからなぁ~。『この日一日だけ』という事なのだろう?
そんな訳でだ。衛兵十名をこちらから貸し出すから、悪いが行ってやってくれ。
君の管轄はその日一日だけ、この私が受け持つから、安心をしろ」
「はぁ……だけど、どうして自分がなんです?」
「そんな事まで、私が知るものか! そんなにも知りたければ、ルナ殿に直接聞いてみたらいいだろう。
これは、ご指名なんだ。ルナ殿からのな」
「ルナ様の……」
衛兵長官室を出て、ふと先程の言葉を思い出していた。
『これは、ご指名なんだ』
「……」
フォスター将軍が沿海都市国家アナハイトへ出発してから、二週間が経つ。それから思い出す数ヶ月前の自分に向かって見せてくれた、あの優しげなルナ様の微笑……。
あれには実は、意味があったりして??
「もしかして……ルナ様も実は少しは私のことを……とか???」
そんな事はない、と思いながらも『指名された』ということでイヤらしい期待をついつい心に思い描き顔を赤らめるアヴァインであった。
◇ ◇ ◇
その誕生会は屋敷内で行われ、アヴァインたち衛兵はその広い屋敷の外回りを見張ったり、屋敷内の庭周りを見回したりしていた。これではとても自分が期待していたようなコトなんて起こり得そうにもない。
そりゃあ~そうだよなぁ? と思わずため息を漏らしてしまう。
その誕生会もようやく終わり、招かれていた者たちが帰るのを見届けたあと、アヴァインは庭先にて衛兵達を一列に並ばせ撤退する旨を伝えるための挨拶をしようと一人、屋敷内へと入る。
すると突然に、両手一杯の花束が手渡され、驚かされた!?
何事かと思い見ると、それはフォスター将軍の一人娘シャリル様からの思い掛けない贈り物だったのだ。
「アヴァイン、またね♪」
そう言って満面なる可愛らしい笑顔をひとつ見せると、シャリル様は奥へと走り去り隠れてしまわれた。
そこへルナ様が入れ替わるようにして現れ、そしてあのいつもの優しい笑顔を見せてくれる。
「アヴァインお疲れ様、今日は本当に来てくれてありがとう。助かったわ!」
「あ、いえ。これが私の仕事ですから、お気になさらないでください」
「そう……ね。でもそんな仕事以外の日でも、これから先は気軽に来て上げて頂戴」
「……え?」
「きっとあの娘が、シャリルが喜ぶ筈だから」
「あのぅ……それはどういう意味なのでしょう?」
ルナ様ご自身が、ならば喜ばしい話なんだけど。シャリル様が……という所が、自分にはどうにもよく解らない。今の様子からいって、照れ隠しという風にも思えないし。
ルナ様は相変わらず十代ほどに綺麗な肌とその美貌で優しげに微笑み佇んでいた。こちらがそうやって思い悩んでいると、ルナ様はそこでクスリと可愛く笑う。
「カスタトール将軍から聞きましたよ、アヴァイン」
「ハ?」
「シャリルもその話を聞いて、なんだかどうもまんざらではなかったみたいなのよ。
アヴァインは軍人だけど、優しい感じのする人だから、シャリルは今まで何も言わなかったけれど、あなたのこと気に入っていたみたいなの。
シャリルの気持ち、私にもなんだか分かる気がするわ」
それを聞いて、途端に自分の顔が真っ赤に染まるのを感じた。心臓がドキドキバクバクとしてたまらないほどに。
いや、最後の『私にもシャリルの気持ち“凄く”よく分かるわ』を聞いてから特に!
既に、思い出す言葉の内容の方は誇張されてしまってはいたが……。
もちろん、シャリル様の気持ちも意外で嬉しかったんだけど。正直いって年齢が離れ過ぎていて、やはりどうにも現実味が無さ過ぎるからなぁ?
アヴァインはそう思い、小さく肩をすくめる。
「それではねアヴァイン、たまの休みの日くらいは顔を見せてあげてね? シャリルもきっと喜ぶ筈だから」
「は……はぃ」
それで他の衛兵達を伴って、屋敷を後にした。
気持ちの方は正直いって、複雑で……うっかり手を出せば、フォスター将軍からあとで絞め殺されるのは確実だし。だけどルナ様の方は、もしかすると……その気がお有りなのかもしれない。
だったら……とも思うけど、実は本当にシャリル様のことを純粋に思ってのことだったのかもしれないし……。
色々な角度から思い返し理解してみようとしたけれど、ルナ様のポーカーフェイスは完璧過ぎて、自分には攻略困難だった。
「女心って……私には、まだ解りそうにもないなぁ~……」
パレスハレスの向こう側に沈む美しい夕日を眺めながら、アヴァインは馬車に揺られつつ頬杖をついて、そうもらしていたのだった。
それからというもの、アヴァインは休みの日の度に、ルナやシャリルの元へ頻繁に訪ねるようになっていた。変な誤解が生まれない様にと気を遣い、必ず友人を連れたり、知り合いを伴ったりすることが多かったが、シャリルはその度に喜び、それを見てルナは嬉しそうにいつものように微笑んでいる。
その時々でお互いに惹かれ合い何か感じるものはあったものの。それでもアヴァインは、それでルナに手を出す様なことだけは一切しなかった。
そんなアヴァインに対して、ルナは口ではなにも言わなかったが。それまで以上の信頼を、このアヴァインに対し、寄せるようになっていくのだった。