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それから十日程経った頃。カナンサリファのスティアト・ホーリング貴族員からオルブライト・メルキメデス貴族員の元に、書簡が届いた。中身は、北部ガルメシアのことについてである。更にその中には、気になることが書かれてあった。
「カナンサリファから我がアクト=アクトファリアナへの出兵要請ですか?」
「内々という形で届いているらしい」
旧臣達はざわめく。
「北部ガルメシアへの増援要請を出している傍らで、我が方への侵攻計画とは……とんだ裏切り行為ではないか」
「もう、これは決まりですな。アヴァイン殿の件といい、この度の件といい、キルバレスは我が方を何か理由を付けて潰すつもりでしょう」
旧臣達は頷く。しかしその中で、異を唱える者も居た。
「かと言った所で、キルバレスは大国。勝算なしに挑むは、愚の骨頂。何か策が無ければ、賛同し兼ねます」
旧臣達はざわめき立つ。
「策という程ではないが……先ずは、カナンサリファとの同盟が急務。カナンサリファには、北部ガルメシアとも同盟を結んで貰う。その上で、州都アルデバルを直ぐに攻めとり、鉱山都市カルタゴに攻め込む。そうすればカンタロス東部の街道に兵力を集中させることが出来、地の利を生かし有利に守れる筈」
「守れた所で、その先は如何致す?」
「知れたこと。常時兵で固め、完全に封鎖すれば良いではないか」
「そのような単純な方法で、本当に守り切れるのですか」
話し合いが尽きることはなかった。 皆、国のことを思えばこそである。 長く、属州国として過ごして来た間にも変わることのなかった臣下達の愛国心に、オルブライトは感謝するばかりであった。
◇ ◇ ◇
「お父様、会議の方はどうだったの?」
オルブライトがまだ肩の傷で寝込んでいる娘ケイリングの部屋へ入ると、直ぐにそう声を掛けられた。部屋の中には、アヴァインとファーの姿もあった。
オルブライトは奥へと進み、椅子に腰をかけながら言う。
「まだ、道は長く険しい、と言った所だが。カナンサリファとは、おそらく同盟で落ち着くだろう」
「自分も出来る限り協力致します」
「それは有り難い」
アヴァインの申し出に、オルブライトは感謝する。
「いざ開戦となれば、先ず、かつての我が領国コーデリア全域の掌握に努めることになるだろう。それには多くの資金が必要になる。兵も集めねばならん。優秀な指揮官もいる。出来ることなら、キルバレスから数名引き抜きたいものだが……。
そういえば、アヴァイン殿は戦争経験がお有でしたな」
「はい。フォスター将軍の元で数度戦ったことがあります」
「その経験、生かしてみる気はないか」
そのオルブライトの言葉に、いち早く反応したのはケイリングだった。
「父様! アヴァインを戦争に巻き込まないで!!」
「そうは言うが、アヴァイン殿とケイが結婚すれば身内となる。アヴァイン殿にとっても、この戦争は他人事ではないのだ」
「そ、そうかもしれないけど……」
「ケイ、オルブライト様の言う通りだよ」
「──!?」
「ケイと付き合うんだ。それくらいの覚悟はあるつもりだよ」
「アヴァイン……」
そう言い切ったアヴァインの横顔をケイは見つめ、頬を染めた。
「うん。有り難い。アヴァイン殿に、一軍を与える方向で検討するとしよう。そうなったら、ファーにはアヴァイン殿の下で副官を務めて貰う。良いか?」
「はっ。承知しました」
オルブライトは微笑んで頷き、それで部屋を出て行った。
「やったな、アヴァイン」
「ああ」
「良くないわよ。ファーがアヴァインの盾になって守りなさいよ! 怪我なんかさせたら、許さないから!」
「ウゲッ」
「まあ、そう言わないでよ。ケイ」
ケイリングの心配はアヴァインのことを思ってのことだったが、此処はアヴァインとしてもアクト=ファリアナに勝って貰わなければ先がなかった。その為の努力は、惜しまないつもりだ。
「明日からしばらく、出掛けて来ようと思う」
「どこへ?」
「このアクト=ファリアナ周辺と州都アルデバルを含めた、旧コーデリア領一帯。
地理を含め、情勢を見極めたいと思ってさ」
「ただ行くだけで、主要都市だけでも十日は掛かるぞ」
「出来るだけ急ぐよ」
「私も付いて行きたいけど……ファー、代わりに付いて行って」
「わかりました」
「他にも、警備隊を連れて行きなさい」
「必要ないよ。数名も居れば十分だし」
「必要よ! 道中、何があるか分からないでしょ?」
「心配のし過ぎだよ」
「し過ぎって! 人が心配しているのに何さ!」
「まあまあ、二人ともそんなに熱くならないで」
「「ファーは黙ってて!」」
言われ、ファーは部屋の隅でのの字を書いていじけている。
「こんな時だもの。心配になるのは当然でしょ!」
「まだキルバレスとは戦闘状態じゃないから、大丈夫だよ」
「そんなの分かんないじゃない。暴発するかも知れないでしょ」
「それは考え過ぎだよ」
「何かあってからじゃ遅いのよ! 良いから二・三十人くらい連れて行きなさいっ!」
「分かったよ……じゃあ、十人連れて行く。それで良い?」
「少ないっ! せめて十五人!」
「じゃあ、十三人」
「……ぅん」
何とか意見は妥結。アヴァインとしては十三人でも多過ぎに感じたが、仕方なく妥協した。そこはケイリングも同じだった。
◇ ◇ ◇