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翌朝。朝食を食べ、身支度を整え、ケイリングの部屋を訪ねることにした。
部屋に入ると、ベッドの上でうつ伏せに寝ているケイリングの姿が見えた。おそらく、背中を斬られた為だろう。部屋の中には、15・16歳程の少年と看護の者にメイド一人が居た。少年はケイリングの弟コーリングだ。前に紹介されたことがあるので覚えている。
アヴァインは、二人に軽く会釈をし、中へと入った。
「おはようケイ、調子はどう?」
「とても良いとは言えないわね」
ケイリングは、困り顔で苦笑いを浮かべていた。それから思い出したように、頬を真っ赤に染めている。
「どうしたの?」
「なんでもないわ」
なんでも無いようには、見えないのだが……。
「じゃあ、姉さん。僕はこれで」
「あ、うん。ありがとう、コーリング」
ケイの弟コーリングが出て行き、遅れて看護の者も気を利かせて出て行った。部屋の中には、ケイとアヴァインの二人だけになる。
アヴァインは咳払いを一つし、窓辺へと向かい、近くの椅子に座った。
「ところでさ……父様から何か言われた?」
座った所で、ケイからそう訊ねられ、困ってしまう。
正直に言った方が、良いのだろうか?
「ケイの事を聞かれた」
「あ、そ、そう………それで?」
ケイは身体中を真っ赤に染め、クッションに蹲っている。
「別れて欲しい、という話をされて終わり」
「──えっ!!? あ、痛たたた……」
ケイは驚いて急に起き上がろうとし、怪我したところを痛めたらしい。
「そんな……父様の話では、アヴァインは納得してくれたって……!」
「え? 納得って何を??」
「それは!」
ケイは言いそうになり、口を手で押さえた。顔は青ざめている。今にも泣きそうだ。
「アヴァインは、父様から私の気持ち……?」
「うん、聞いたよ」
「はわぁ~……」
ケイは今度は真っ赤になり、クッションの両側を持ち上げ顔を埋めた。青くなったり、赤くなったり忙しいものだ。それからチラリと、こちらを見る。
「それで?」
「ケイと結婚する者に、この国を継がせたいと仰せになり」
「……それで?」
「国を継ぐとか、自分には相応しくない話なので」
「…………それで?」
「他の者に譲るべき案件だと思って」
「…………………それで?」
「オルブライト様もそういうつもりで、別れて欲しさに語ったのだと思って」
「………………………………それで?」
「わかりました、大丈夫です、と答えて終わり」
「……………」
ケイは、悩み顔のあと困り顔を見せ頭を押さえている。
「アヴァインはさあー!!」
ケイは急に面を上げ声を上げたが、直ぐに涙ぐんだ。
「ど、どうしたんだよ? ケイ」
「どうしたもこうしたも……情けなくって」
「なにが??」
「アヴァインは私のこと、どう思っているの?」
急にこちらを向き、真剣な表情で聞かれ、思わず頬が真っ赤に染まった。
「た、大切な友達だと思っているよ」
「友達? それだけ??」
「そうだよ……」
オルブライト様に言った手前、それ以上のことを言える訳が無い。
一方、ケイの方は怒った表情を見せている。それから頬を染め、チラリとこちらを見つめ、恥ずかしそうにして口を開いた。
「私は、アヴァインのこと好きだよ……」
ケイに震える声でそう言われた途端、全身が真っ赤に染まるのを感じた。
「愛してるか、って聞かれたら。はい、って答える自信もある。なのにアヴァインは、私のこと、ただの友達としてしか見てなかったの?」
「それは……」
目を潤ませて言うケイリングに、愛おしさを感じた。
正直、意識していないと言えば嘘になる。ケイリングほど、心を許せる女性は他に居ない。ずっと傍に居られたら、幸せだと思う。でも、彼女はただの女性ではない。オルブライト様との約束もある。軽はずみなことを言える筈がない。
でも、これくらいなら許される筈だ。
「ただの友達じゃないよ……。とても、大切な親友だと思っている」
「──!!? あ、痛たたた……」
ケイは怒り心頭な表情で、こちらを叩こうとして体を起こし、また傷口を痛めたらしい。
「はあ……何だか急に、バカバカしくなってきた」
ケイリングは呆れ顔にそう言い、小さく笑んだ。それから指をこちらに差し、うつ伏せのまま真剣な表情で口を開く。
「先ず、言って置くけど。お父様は、アヴァインに別れて欲しいなんて言ってないから。そこは、アヴァインの勘違いだから」
「え? だけど……」
「それで間違いないわよ。お父様も勘違いして、此処に報告しに来ていたし」
「オルブライト様が勘違い?」
「そうよ。アヴァインが、私との婚約を納得してくれたって浮かれてた」
「──婚約ッ!?」
身に覚えがないことなので、驚いた。そうなると話が全然変わってしまう。頭が混乱してきた。
そうした中、ケイリングはわざとらしいツンとした表情を見せる。
「もちろん……アヴァイン自身は私のこと、ただの親友くらいにしか思ってないんでしょうけどね?」
「そんなことはないよ! 大切な親友だと思ってる」
「ここに至って、まだそれッ!? 親友って、言ってくれるのは嬉しいけどさ……」
ケイリングは困り顔を見せ、それから頬を赤らめながらソワソワして言う。
「改めて聞くんだけどさ。状況が今、解ったでしょ? 色々誤解があった事とかさ。取り敢えず父様は、アヴァインのこと認めているし……。アヴァインがダメってことは全然ないの。それは理解したよね?
それでさ、アヴァインとしてはさ、他に何か言いたいこととか伝えたいこと今になってないのかな??」
「他に、って?」
「──!!? あ、痛たたた……」
またしても起き上がろうとして、傷口を痛めたらしい。
「もういい!」
ケイはぷぅーと頬を膨らませ、そう言う。
「出て行って!」
どうやら怒らせてしまったらしい。
困り顔で扉を開けて部屋を出ると、そこにはファーとケイの弟コーリングが耳をそばだて立っていた。
アヴァインは、呆れ顔に二人を見る。
「悪趣味だね……」
「悪趣味というがな、アヴァイン」
ファーは咳払いを一つしながら、取り繕い言う。
「あれではケイ様が可哀想だ」
「姉さんが可哀想です……」
「そう言われても……」
なんの事だか分からない。
「お前が色恋事に疎いのは知っているが、あれだけケイ様がハッキリと告白しているのに、お前は何も言って返さないのか?」
「というと?」
「………」
ファーはガックリと肩を落としている。代わりにコーリングが言った。
「要するに姉さんは、貴方に告白したんです。それに対し、貴方は?」
「…………あ」
「ようやく気づいてくれたんですね」
言われて見れば確かに、このままではケイリングが可哀想だ。とは言え、今更なんて言う?
少し考えたが、答えに迷うばかりだ。
ともかく、アヴァインは直ぐに踵を返して、部屋の中へと戻ることにした。
急にどうしたのか、といった様子のケイに対し、アヴァインは頬を紅潮させ言う。
「ケイの気持ちは、凄く嬉しい! それで自分の気持ちなんだけど……これまでケイのことを恋愛感情で考えたことなかったから、正直分からない。でも、少なくとも好きだと思う。それは間違いない。
それで、次に。愛してるか、って聞かれたら今はまだ迷うけど……。これからその答えを見つけて行こうと思う。それで──」
「いいよ」
「え?」
「大体分かったから、いいよ」
ケイはそう言って微笑む。
「下手な告白だったけど、それが今のアヴァインの素直な気持ちなんだよね?」
「え、うん。まあ……」
「その答えが見つかるまで、ずっと待つから」
「……」
「いつまでも待つから」
その時に見せたケイリングの優しい微笑みに、アヴァインはドキッとし頬を染めた──。
第二部 第13章 【下手な告白】終
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