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気を失い倒れてから、アヴァインは丸二日ほど眠り続けていた。今もベッドに横たわり、窓の外をぼんやりと眺め、数日前のことを思い出しては、溜息をついている。
間もなく扉をノックする音がし、オルブライトが部屋へと入り、ベッドサイドに来て話し掛けてきた。
「アヴァイン殿……いや、今はまだアーザイン殿が良いのかな?」
アヴァインは、オルブライトの冗談めいた言い方に軽く微笑み、困り顔に言う。
「そうですね。今暫くは、その方が良いのかも知れません」
オルブライトは、近くにあった椅子に座る。
「傷は、まだ痛むのか」
「まだ、少しばかり」
「そうか……治るまで此処で安静にしていなさい。その方がケイリングも喜ぶ」
ケイリングの名を聞き、三日前のことを思い出し、急に恥ずかしくなった。思わず頬が赤らむ。
それよりもよくよく考えてみると、罪人と実の娘がキスするのを間近で見せられたのは、父親として、複雑な気分の筈だ。なんというか、申し訳ない気分になる。
「いえ……これ以上、御迷惑をお掛けする訳には参りませんので、明日の朝にでも此処を出て行きます」
そこで起き上がろうとするアヴァインを、オルブライトはそっと肩に手を乗せ、再び寝かしつける。
「無理はしなくて良い。どの道、帝国が今回のことで疑惑を掛けて来るのは間違いあるまい。向こうは、その機会を窺っていたのだ。あの君の偽物も、キルバレスで雇われたと先程白状した。君を差し出した所で、おそらく状況は変わらんだろう」
「……」
なるほど、あのディスランテならやりそうなことだ。
「旧臣の話では、北部ガルメシアとの初戦でキルバレスが敗戦したという。直ぐにこちらに手を出して来ることはあるまい」
「キルバレスが敗戦?」
「うむ。戦況は、膠着状態だそうだ。既に増援の要請も来ている」
敗戦続きともなると、ディスランテも相当に焦っている筈だ。戦果を得るため、国内の引き締めの為にも、どんな無理難題を押し付けて来るかわかったものでは無い。
「増援はどの位の規模なんですか?」
「一万を要求されている。だが、度重なる増援と派兵で、此方にもそのような余裕はない。直ぐに用意するのは、困難だ」
「一万も……」
これは策かも知れない。
それだけの兵を要求し、弱体化したアクト=ファリアナを今回の件を理由に攻めとる。
もし増援を断ったなら断ったで、離反の動きありと決めつけ、それを理由に各属州の協力を得て攻め入る。
ディスランテなら、考えそうなことだ。
そう考えていると、オルブライトがわざとらしい咳払いを一つし、口を開いてきた。
「所で…… アヴァイン殿は、ケイリングのことをどう考えている?」
「え? どう、と言われましても……」
唐突にそう聞かれ、頬が赤らみ、困ってしまう。
「あの子は、アヴァイン殿のことを好いておる」
「え?」
それは初耳だ。
「その前に聞いておいて欲しい事がある。
我が愚息コーリングは、国を背負う器ではない。気が弱いのだ。なので、ケイリングの相手次第では、その者に跡を継がせようと常々考えている。その事を踏まえた上で、真剣に答えて欲しい。
つまり……解るかね?」
「……はい、わかります。大丈夫です」
だから、娘を……ケイリングを渡す訳にはいかない、ということなのだろう。父親としては、当然の判断だ。
「解ってくれたか。返答次第では、君を縛り上げキルバレスに差し出すつもりであったが、そうせずに済んでなによりだ。ハハハ」
「怖いことを言いますね」
オルブライトが笑う中、アヴァインは頬を引き攣りながら、苦笑う。
「先々のことは、追々話すことにしよう」
オルブライトは、そう言って立ち上がる。
「明日の朝にでも、ケイリングを見舞って上げてくれ。あの子も喜ぶ」
「え? 見舞って良いのですか?」
「当然だ」
そう言い残し、扉を開け去って行った。
今、別れて欲しいと言われたばかりなのに、妙な話もあるものだとアヴァインは考えた。
◇ ◇ ◇