─6─
「ファー! アヴァインの偽物は捕まえたの!? やっぱり偽物だった?」
腕の治療を終え、城内謁見の間へ入るなり、奥からケイリングがそう言いながら近づいてきた。それに気づき、慌ててファーの後ろに隠れる。それにしても、ケイリングが居るなんて聞いていない。後で確認すると、アヴァインの偽物のことで気になり、パレス=フォレストから昨日急いで馬車を走らせて来たらしい。
ファーを見ると、ファーはファーで頭を抱え込んでいた。
そしてケイリングは、こちらを興味深そうに見つめている。見るからに怪しんでいるようだ。
「もう間もなく、此方へ連れて来られますよ」
ファーがそう言う間もなく、偽物一味が十数名の兵士に囲まれ、引きづられるように連れて来られた。その者を見て、オルブライト・メルキメデスは言う。
「ふむ……アヴァイン殿とは似ても似つかぬ者達だな」
「誠ですか?」
そう聞き返し確認するリシウス憲兵長に対し、オルブライトは静かに頷く。
「私も遠目ながら、何度か罪人アヴァインの顔をパレスハレスで見た事があります。確かに、この様な顔形では無かった……。なるほど。
わかりました。この事、評議会に報告しておきます」
リシウス憲兵長の言葉を聞き、アクト=ファリアナの面々は皆安堵した。
「所で、アーザイン殿」
「は、はい」
急にリシウス憲兵長が此方を向き、近づいて来た。
「……アーザイン?」
ケイリングが、益々不審そうな表情でこちらを見ている。気づかれたか?
「貴方の事も評議会に報告しておきましょう。大変な活躍だった、と」
「恐れ入ります」
アヴァインは冷や汗混じりに片膝をつき、軽く礼をした。
「いやいや、それよりも……」
「──!!?」
突然、リシウス憲兵長の手が伸び、アヴァインが着ける仮面を掴み、奪い取ってきた。
「──!? うそ……」
ケイリングが驚いている。不味い。
アヴァインは咄嗟に仮面を取り返そうとし、遅れて手で顔を隠すが、この時のリシウス憲兵長の表情が全てを物語っていた。
「やはり……パレスハレスで見た事のある顔形だと思っていたが、お前がアヴァインだったか。大商人アーザインとは、随分と分かりやすい名前を付けたものだな」
「はて? 何のことを仰っているのやら、分かり兼ねますが……」
言ってて言い逃れ苦しいが、ここで認める訳にはいかない。
「ならば、何故顔を隠そうとする?
オルブライト様、兵士に命じ、この者を捕えください。首都へ連れ帰り、尋問しますので!」
「……」
リシウス憲兵長に言われたが、オルブライトは躊躇する様子を見せ、直ぐには命じなかった。
その間に、ケイリングがその前を駆け走り通り、アヴァインを背にし、守るようにして両手を広げていた。
「この者を捕らえること、この私が認めません!!」
「!?」
これには、周りの旧臣や兵士達がざわめき立つ。
「それは……どういう意味でしょうか? ケイリング殿。
よもや、メルキメデス家自体がこれに関与しているのではないでしょうな?」
不味いことに、リシウス憲兵長はオルブライトやケイリングをも疑い始めている様子だ。
「メルキメデス家は関係ない!!」
そんなケイリングを押し退け、アヴァインは前に出て口を開いた。
「私は大商人、高額納税者だ。だから、メルキメデス家が私を庇っているに過ぎない! そもそも私はアヴァインではない!! アーザインだ!!」
「白々しいことを……」
リシウス憲兵長は剣を抜いてきた。遅れてアヴァインも剣を抜く。細身の剣とはいえ、その重みで、痛めた腕がずキリと疼く。ヤバいな……。
「降参するなら今のうちだぞ!」
流石に憲兵長だけあって、剣の腕は大したものだ。数度打ち合っただけで、そのことを思い知らされた。更に剣自体の造りが違い、こちらは細身、向こうは大剣、その剣圧で今にも折れそうで怖い。
「その剣の腕前。やはり、ただの商人ではないな!」
「大商人ともなれば、賊徒と戦うのを前提に、剣の腕前も必要なもんでね!」
「あくまでも認めないか、アヴァイン!」
「アヴァインではない、アーザインだ!!」
そう言い打ち込んだ剣が、真ん中辺りで折れてしまう。不味いことになった。
次に来た攻撃を折れた剣で打ち返したが、それで傷を負っていた腕から血が吹き出し、その痛みで剣を落とし。二合目が来た時、これで終わりかと流石に観念した。
だが、そのアヴァインの身体を守るようにケイリングが走り込んで来て庇い、リシウス憲兵長が振り下ろす二合目がそのケイリングの肩を斬りつけ、血しぶきが上がる。
「──ケイリング!!」
「!!!」
旧臣や衛兵達がこれには反応し、更にオルブライトの命もあり、リシウス憲兵長を取り囲んだ。そしてファーは、アヴァインとケイリングを背にして守り、剣を抜き構え立つ!
リシウスは動揺した。ここで、アヴァインと思しき人物を匿うメルキメデス家を糾弾することも可能だったが。それ以上に、メルキメデス家の姫君ケイリングを傷つけた事実が、そうすることを心理的に阻む。
「……オルブライト様、このこと評議会に報告しておきますぞ!」
リシウスは不利を察してそう言い残し、この場は引くことに決め、走り去った。
「ケイ、何てことを……」
抱き抱えられながら崩れ落ちるケイリングを、アヴァインは悔しそうに抱き寄せ涙した。
「アヴァイン……やっと会えた。よかった」
「ケイ……!?」
そんなアヴァインを自らも涙目に腕を回し軽く抱きしめ、ケイリングはその隙をついて、アヴァインの唇にそっとキスをする。
そして……そのままその腕の中で気を失った。
これには、この場に居合わせた旧臣や衛兵、オルブライトもファーも面食らう。
「──何をしている、早くケイリング様を介抱せよ!」
旧臣ボルトウスがそう命じ、アヴァインの腕の中で気絶しているケイリングは衛兵達に抱えられ連れ出されて行く。
そしてそれを見送ったあと、遅れて、アヴァインも次第に気を失いゆくのだった……。
第二部 第12章 【親友倒れる】終
感想評価などお待ちしております