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緑と水源豊かなアクト=ファリアナに到着したアヴァイン達一行は、ハインハイル交易ギルド本部へと立ち寄ることにした。偽物の情報を得る為にだ。
闇市を通り、ある一軒の店へと入り、地下へと降りる。そこがギルド本部である。中は、まだ朝だというのに人が多く賑わい、酒を飲んでいる者まで居る。その奥に進み、ギルドマスターが居る部屋の前に立つ男に通して貰うよう伝えた。
男はアヴァインとは顔見知りらしく、直ぐに快く通してくれる。
「お、アーザインじゃないか!」
入ると直ぐに、ハインハイルが驚き顔で立っていた。
アヴァインは、ファー以外の者を外で待たせた。
「ハインハイルさん、お疲れ様です。キルバレスでは大変申し訳ありませんでした」
「いやいや、まあ心配はしたがね……それよりも元気そうで何よりだよ」
安心顔でそういうハインハイルの向こうに、ギルドマスターであるブリティッシュの姿が見えた。こちらをニッコリと怪しく見ている。
「おやおや、てっきり捕まって死んじまったかと思えば、元気そうじゃないか。アーザイン……いや、アヴァイン・ルクシードだったね?」
「……」
これはどういうことかとハインハイルを見ると、冷や汗顔で申し訳なさそうに頭を下げ、その上で両手を合わせてくる。
「キルバレスでの事をブリティッシュに伝えるのに、どうしてもな……すまない!」
「いえ……自分も悪いので」
ここには幸い、以前から事情を知る者しか居ないので助かった。もっとも、そのことを確認した上での発言なんだろうけど。
「それで? 今日は何用で此処へ来たんだい?」
ブリティッシュが真顔でそう聞いてきた。
「このアクト=ファリアナに、自分の偽物が出没するとの噂を聞いたもので…… 何か知りませんか?」
「ああ、例のかい。それなら潜伏場所まで既に調査済みだよ」
何とも話が早いので驚きだ。
「いやね。このハインハイルが、アンタがそんな事をする訳がないとしつこく言うもんだからさ、一応調べさせたんだ。そうしたら、確かにやっているのはアンタじゃない別人だったのが分かったんだよ。まあ、偽物だね」
その話を聞き、ファーと顔を見合わせた。
「そもそも、わざわざ名乗ってから悪事を働くというのが、違和感だったからね」
「その偽物が、何処に潜伏しているのか教えて頂けますか?」
「聞いてどうするんだい? まさかその人数で、切り込むつもりじゃないだろうね?」
「……と言うと?」
「ざっと六人は居るよ。行くなら、人数を揃えてからにしな。そうしないと怪我するのがオチだ」
確かに今の人数、四人では厳しいかもしれない。でも、こちらは何れも手練だ。作戦を練り、不意をつけば何とか……。いや、相手も手練だと危険か……。
「アヴァイン。城へ行って、俺の部下を何人か連れて来ようか?」
「あ、そうだね。それは助かるよ」
ファーの提案に対し、即答した。
「城……って、あんた何者だい!!?」
ブリティッシュとハインハイルが、ドングリ眼にファーのことを見ている。
そういえば、紹介がまだだった。
「紹介しますよ、ブリティッシュさん。
こちらは衛兵隊長のファー・リングス、自分の友人です」
「衛兵……って!? バッカ、アーザイン!! そんな奴を此処に連れて来るやつがあるか! ここは非合法だと何度も!!」
ハインハイルが驚き焦りながらそう吠えていた。その向こう側で、ブリティッシュは困り顔で頭を抱え込んでいる。
「まあ、連れて来ちゃったもんは仕方ないね……。それで、どうするんだい? 私たちを捕らえるつもりかい?」
ブリティッシュの試すような問に対し、ファーは肩を竦めた。
「そうですね。今回は、私たちに協力することを条件に見逃す、ということでどうでしょう?」
「そいつは……悪くないね」
ブリティッシュは、ふっと笑んでいる。
「だったら話は早い! 善は急げだ。うちの荒くれ者共を五・六人連れて、今直ぐとっ捕まえに行こうや!」
「えっ、いやっ、ちょっと!?」
ハインハイルがアヴァインの腕を引っ張って、直ぐにでも行こうとした。
「折角なので、ファーの部下が来るまで待ちましょう! そのまま連行して貰えば、説明の必要もなく、話も早いので」
「……それもそうだな」
直ぐに納得してくれた。
「じゃあ、俺は今から城へ行ってくるよ」
「ああ、頼む」
そう言って、ファーは出掛けて行く。
「じゃあ、我々は一足先に偽物の所へと行こうか?」
「ですね」
ファーが城へ行ってる間に、その場に居た傭兵五名に声を掛け、アヴァイン達は偽物が潜伏している宿屋へと向かい、気づかれないよう取り囲んだ。あとは、ファーが来るまで待てば良い。
「そういえばよ……」
近くで潜んでいたハインハイルが、アヴァインに話し掛けてくる。
「ディスランテ公の戴冠式……アレをやったのはアーザイン、お前なのか?」
「……」
アヴァインは静かに頷く。
それを見て、ハインハイルは仕方ないといった顔をして頭を掻いた。
「実は今、キルバレスから憲兵隊が来ている。それが来てから、偽物共は急に大人しくなった。恐らくなんだが……憲兵隊には捕まる訳にいかないんだろう。
でもそれまでは明らかに、お前を騙り、周囲に噂を広めるような行動をしていた。
憲兵隊が来るまで噂を広め、来たら隠れる。此処に何かしらの繋がりがあるんじゃないかと俺は思うんだが……考え過ぎかね?」
「……」
そこで考えられるとすれば、アクト=ファリアナと自分との関わりを噂として広め、オルブライト・メルキメデス貴族員の政治的な権威と影響力を失墜させることではないか? 貴族員でも最大の影響力を持つオルブライト公をこれを以て貴族員から降格させることが出来れば、ディスランテ・スワート公に敵対する者達に恐怖を与えることが出来るだろうからだ。
だが、その噂を広める偽物が捕まっては元の木阿弥である。
だから、急に大人しくなった?
ということは、憲兵長はこの事を知らないということになる。
「ここに来ている憲兵長の名前は、分かりますか?」
「確か、リシウス……だったかな」
「リシウス憲兵長……」
曲がったことが嫌いなことで有名な御人だ。なるほど、そのリシウス憲兵長の言葉であれば、評議会でも信頼され説得力が出る。おそらく間違いないだろう。
それから暫くして、騎乗するファーの姿が見えた。そして、その隣には──。
「リシウス憲兵長……!?」
最悪の事態であった。
◇ ◇ ◇