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その十日後……カリエン・ロイフォート・フォスター大将軍率いる二十万のキルバレス本国軍は、沿海都市国家アナハイトを目指し進軍して行った。
大勢のキルバレス市民による喝采と掛け声に、各兵士らはそれに応え『いってくるぞ!』と威勢よく言い放ちながらの大行進である。
カルロスはそうした様子を実に残念そうにパレスハレスの三階より眺め見て、ため息をもらしている。そこへアヴァインが現れた。
「カルロス技師長自らが、フォスター将軍をお見送りですか?」
「……」
その時のアヴァインの表情はまるで嫌味のない満面の笑みだ。この時のカルロスの思いとは相当に掛け離れている。
それにしても今の台詞、どこかで聞いたような気がするわい。
カルロスはそう思い軽くため息をつき、そんなアヴァインを正面に見据える。
よく見るとその手には、手紙の様なものが握られていた。
「カルロス技師長宛に、グレイン技師からのお手紙です。つい先程、届いたばかりなんですよ!
カルロス技師長に直ぐお届けしようかと思いまして……ハハ♪」
「ふむ……それは気を使ってくれてありがたいのぅ」
それを受け取ると早速、カルロスは自分の研究室へと足を向けた。
その彼の後を、アヴァインは興味津々そうな表情をして付かず離れずついてくる。
「あのぅ~……グレイン技師といえば、パーラースワートロームの現地調査に向かわれている御方でしたよね?」
しばらく黙ってカルロスの後をついて来ていたアヴァインが突如としてそう訊ねたのだ。
「ああ……そうじゃよ」
カルロスはため息混じりにそう答えるが、その歩みを止めることはない。
要らぬ詮索など、されたくはなかったからだ。
「ということは、その手紙の内容もそういったコトが書かれてある……のですよね?」
カルロスはその一言でピタリと歩くのを止め、アヴァインをどんぐり眼で正視し見た。
対し、アヴァインの方は『こりゃ拙いことでも聞いたかなぁ?』といった風な動揺めいた表情を見せている。
なんとも相変わらず分かり易い男よ。
カルロスはそうした思いでアヴァインを見つめ、呆れ顔に言う。
「なんじゃあ、お主。それが気になって、このワシのあとをついて来ておったのか?」
「あ……まあ、そのぅ~……その国が本当に噂通りなのかな? と……思いまして…」
「……ふむ」
初め、何かの詮索ではないかと疑っていたが、どうやらそうではなさそうだ。単なる個人的な興味に過ぎないように伺える。
「実はフォスター将軍やカスタトール将軍に聞いてみたのですが、両将軍共そのぅ……笑ってばかりで、私には何ひとつ教えてくれなくって! でも現地調査団が当地に着いてるくらいの話はこんな私だって知っています!
少しくらい……誰か教えてくれても良いと……思うのに。誰ひとり教えてくれない、ひどいんですよ! そうは思いませんか?! カルロス技師長!!」
「……ふっ、ふわっはっはっはっは♪」
まるで子供じゃなぁ~。しかし……実に正直な男だわい。
カルロスがそう思い見つめると、対するアヴァインの方は途端に顔を真っ赤に染めている。
どうやら自分でも恥ずかしいことをつい口走ってしまったと反省している様子だ。なんとも今時珍しく、面白い男よ。
「まあ後で暇があればワシの研究室へ訪ねて来るがよい。茶の一つでも淹れてやろう。ついでに何か話せることがあれば、一つや二つくらい話して聞かせてやるわい」
「え!? 本当にですか? ありがとうございます!」
なんとも嬉しそうな表情をしておる。
そこでアヴァインとは別れ、カルロスは再び研究室へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
研究室へ着いたカルロスは机の上にそのグレインからの手紙をそっと置き、珈琲を淹れその香りをいつもの様に愉しみながら椅子にゆるりと座る。
それから一呼吸を置き、その手紙の封を切り中身を取り出し読み始めた。
〝やあ、カルロス。君は元気にしてるかい?〟
「ああ……今日は少々気落ちしておるがのぅ…それなりに元気じゃよ」
〝ここへ来てもう三ヶ月が経つ。だがこの私からすると、君と居た頃がそれ以上にとても遠い昔のことだったように思えているよ〟
「……ふむ」
〝今回は君に一つ報告がある。やはりこの国の魔道の力は、この水の中にこそ秘密があった〟
「……」
カルロスはこの時、前回グレイン技師から送られて来たあの水のことをふと思い出していた。
あの常識を無視したような出来事をこの目にしていたカルロスにとってみると、それは最早、それほど驚くべき事実ではなくなっている。ただ警戒心だけは尚さらに、強まって来るのが自分でも感じられるほどなのは確かだった。
〝私は、この水の力を使って、色々な研究を始めている。
そういえば君はディベルハウスト・アルバルトロという男のことは知っているかい? 今回の調査団の一員でな。なんと、セントラル科学アカデミーを主席で卒業していた男だよ。
その彼も、この私の研究に協力してくれると言ってくれた。とても心強い限りだよ〟
「……ほぅ」
〝この地は高冷地だが、とてもそうは思えないくらいに緑に恵まれ、凄く豊かだ。人々の心もそれはもう温かい。
カルロス、機会があれば、君も一度ここへ来てはみないか? 我々は皆、君が来ることを歓迎するよ。ここはとても良いところだぞ!
あと、キルバレスが近々アナハイトへ進軍するとの話を聞いている。君はもう知っているのかもしれないが、ここから沿海都市国家アナハイトは意外にも近い。今の私にはその事がとても気掛かりだよ……。
それからな、今回は君にひとつだけ頼みがある。どうしてもこちらでは手に入らない幾つかの物を送って欲しいんだ。
頼む! これは君にしか頼めないことなんだ。
それではな、カルロス。また直ぐに手紙を送るよ。あと、たまにはお前からも手紙を送ってくれ。だって、寂しいじゃないか? それじゃあな〟
「手紙か……」
カルロスはその一文を読み、急に気鬱になる。
そもそも手紙を書くという習慣を、どうにもカルロスは持ち合わせていなかったからだ。この彼をよく知る友人の多くは、そんなカルロスの性格をよく知っている。
あのグレインもまた、その事をよく知る友人の一人だ。
それでも敢えてそう書いて来たのには……おそらくは、まだまだ彼の地に留まることになりそうな事を悟っての、彼なりの故郷に対する強い思いから出させた一文だったのかもしれない。
カルロスは刹那的にそう感じ、思った。
「……そうだな。たまには書いてみるのも良いのかもしれぬのぅ……」
そう決め、それからグレインがこの度送って欲しいと頼んできた物の一覧に目を通す。
……どれもこれも、なにかを作り出す為の製造機器やその部品関係ばかりなので驚かされる。
「グレイン……お前はこれで、何を作りだそうとしておるのじゃ……?」
未だにはっきりとしたものはないが、それでも何かしら形にならない不安のようなものをカルロスはこの時、心の中で感じていた──。