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「君で良かったよ、ファー。これが他の衛兵隊員なら、自分は終わっていた」
「その、自分だけならまだしも、此処で捕まったらルーベンさんにまで迷惑掛けるのを、ちゃんと理解しているんだろうな?」
「ああ、分かっているよ。ハハ♪」
「笑い事じゃないんだぞっ!」
初めは、彼が現れたことに驚いたアヴァインだったが、ファーが此処へとやって来るのはなるほど理解出来た。前に、彼と一緒に隠れたことのある屋根裏部屋だったからだ。
今は、ルーベンが持って来てくれたワインの絞り汁とパンにソーセージと大盛りの野菜と色艶の良い果物を、一緒にモリモリ食している。
「……それで、この後はどうするつもりなんだ?」
「状況が落ち着いたら、もう一度チャンスを見つけて、狙ってみようと思ってる」
「チャンス? そんなものあるかよッ! お前を捕まえるまで護衛を厳重に固め、キルバレス中を隈無く捜してくるさ!! 相手はディステランテだ。蛇のように執拗いぞ! 今は逃げるべきだ! 違うか?」
「なら……何とかアルデバルまで逃げるさ」
「アルデバル? アクト=ファリアナには来ないのか?」
「ああ、行かない」
「俺は……お前を連れて帰るように、ケイリング様から頼まれたんだ。それでも行かないのか?」
「ああ、行かない」
「なんでたよ?」
「犯罪者の自分が行けば、オルブライト様にもケイにも迷惑を掛けるからさ」
「……だよな」
ファーはそう言って、後ろへひっくり返り、背を伸ばした。
それから溜息をつくように言う。
「そう言って、ケイリング様が大人しく納得してくれると思うかぁ?」
「そこを納得させるのが、ファーの仕事だろ?」
アヴァインの正論に、ファーは面白くないといった表情を見せた。
「簡単に言うよな……お前は、何も知らないから」
「ん?」
「お前が居なくなってから、ケイリング様はずっと嘆かれておられた。アヴァイン、アヴァインってな」
「ハハ♪ それは無いよ」
「それが、あるんだよっ!」
真剣味の無いアヴァインの反応に、ファーは苛立ち、身を起こし起き上がる。
「あれはどう考えても、恋する乙女って奴だ! アヴァイン、お前も素直になれよ!」
「素直になれと言われても……」
「ケイ様のこと、お前はどうなんだ?」
「ど、どうと言われても……」
「好きなのか、嫌いなのか? どっちなんだ!?」
「き、嫌いではないよ」
「じゃあ、好きなのか? そうなんだな?」
「そんなこと急に言われても、分からないよ……」
「お前は乙女かっ! ハッキリしろよ!!」
困り顔のアヴァインに詰め寄りながら、ファーもこの矛盾に気づいてはいた。犯罪者と貴族員の姫君との結婚など、世間が許す筈もない。
ケイリング付きの警備隊長である彼からすれば、本来こんな二人の出会いなど、邪魔するのが当然なのである。でも、
「その返答によっては、もうお前をケイ様に合わせる訳にいかない!」
「!!」
逆に、アヴァインの返答によっては、それでもその思いは遂げさせてやりたいとファーは思っていた。
それがどんな形になるかは分からないが、それだけケイリングの想いが強いことを、ファーは誰よりも理解しているつもりだった。田舎の小さな屋敷に、二人で静かに暮らすのも良い。メルキメデス家には、少し頼りないが弟君が居るのだから……と。
「ごめん……悪いけど、自分にもそのことはまだよく分からないよ。これまでそんな風に考えたことも無かったし……ケイのことは好きだけど、ファーが言うそういうのとは多分違うんだ。
それにさ、犯罪者の自分がケイに近寄って良いことなんて何も無い筈だよ。つまり、ケイの為にならない。違う?」
「……」
参ったな……俺なんかよりも余程、アヴァインの方が冷静だった。
「分かったよ……。アルデバルまで必ず、俺が届けてやる」
「ああ、ありがと」
◇ ◇ ◇