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 それから三ヵ月後のこと、共和制キルバレスの最高評議会議事堂であるパレスハレスより《沿海都市国家アナハイト》への侵攻の命が下る。

 それを受け、即日の内にその為の軍議が同パレスハレス内にて執り行われていた。

「第一軍・十三万は、フォスター将軍の下 《オアシス・オルレアミス》から敵国アナハイトへ南下。

第二軍・七万は、ワイゼル将軍の下《属国ファーデンブルク》から敵国アナハイトへと向かい、南東に進軍。

侵攻タイミングは狼煙(のろし)で伝え合います。

つまり、同時に挟み込む作戦となります」


 そう説明していたのはカスタトール将軍である。

 今回の軍遠征では、軍事参謀としてフォスター大将軍の補佐を勤めることに決まっていた。


「ふむ……なんとも芸のない作戦ではあるが。それが一番、無難なところでしょうからなぁ」

 その説明を受け、一人の老練な部隊指揮官が腕を組み深く頷きながらそう言うと、他の諸侯もそれに習い同じ様に頷いている。


 各諸侯は、キルバレスの支配下となった《属国》や《属州国》から派遣された多くの兵の部隊長で構成されている。先ずは彼らを(まと)め上げることこそが、共和制キルバレスの将軍として第一の仕事となるのだ。


 それら諸侯の反応を見て、フォスター大将軍はようやく口を切る。


「まあアナハイト側は七万の軍勢だという報告がありますが、こちらの方が兵装も指揮も各諸侯の下、優れております。

あとは……油断なく、各諸侯に奮迅願うばかりですよ」


 フォスターの言葉を受け、各諸侯はそこで互いに顔を見合わせ深く頷いている。

 その様子を見て、フォスター大将軍はカスタトール軍事参謀に目配せをし、カスタトールはそれに頷き口を開く。


「それでは、出発は十日後の明け方早朝ということにします。第一軍、第二軍の配属表はお渡しした資料の中にありますので、なにか問題があれば早目にお願いしたい。

あと、それから……。アナハイトを陥落後、我々はキルバレスには戻らず。そのまま《パーラースワートローム》へ進撃する予定となります」


『──!!』


 そのカスタトールの言葉に、各諸侯は途端に驚いた表情で顔を見合わせた。だが、こうした各諸侯の反応は事前から十分に予測出来るものであった。

 カスタトール軍事参謀は、一旦フォスターへ苦笑いを投げかけたあと。再び落ち着いた様子で、各諸侯に対し口を開く。


「既にご存知の方も中にはおいででしょうが。実は、噂のパーラースワートロームの所在地がこの度わかりました。

場所は、アナハイトから南東へおよそ千キロの距離です」

「――!!」


 それを受け、多くの諸侯は更にざわめきたつ。


「とはいえ……これは現在では予定であって、決定ではありません。アナハイト陥落後の駐屯部隊をどの程度にするかなど、その時の治安状態での判断となりますので、その時になってみないと断言は出来ません。

が、報告によりますと、パーラースワートロームは山間の小国であるとの話です。おそらくは数万の兵も必要はないでしょう……」


 例え相手が小国であったとしても、アナハイトの様な大国を相手にしてその直後に休むこともなく進撃など、これまでそうあることではなかった。そうなると、その中身次第では相応の準備も必要になってくる。


 各諸侯がそうした理由から途切れもなくざわめく中、一人の男が徐に手を上げた。


 ワイゼル将軍だ。


「……なんでしょうか? ワイゼル殿」


 しかし、問いかけるカスタトールを無視して、ワイゼル将軍はフォスター将軍の方を直接に睨み、実に横柄な態度で口を開く。


「アナハイトまでの大将軍はフォスター殿、貴殿であると伺い、それについては承知している。

しかし! パーラースワートロームへの侵攻の際については、不服。これについては、承服し兼ねる。

再度、そこで改めて《大将軍》を取り決めることをここに強く求めておきたい!」

「……」


 これに対し、同席していた各諸侯はたちまち動揺し、大きくざわめき始めた。


「そもそも陥落後のアナハイトも掌握しないとならぬ中でそのままパーラースワートロームまでも同じ大将軍の下で進撃など、笑止千万! 

万が一、アナハイトで異変が起こった場合、如何なされるおつもりかッ?!

その際の命令系統の混乱など、今からでも十分に予想されるのは必定。実に、片腹痛い話だわッ!」


 腹は立つが……彼の言うことももっともなことだ。

 フォスターもカスタトールも、それについては懸念しているところだったからだ。

 その強いワイゼル将軍の言葉を耳にし、他の諸侯が未だ緊張し見つめる中、フォスターはやれやれ顔に口を開く。


「先程もこのカスタトールが申しました通り、戦果次第でどうなるかは分かりません。その件については後日、改めて取り決めた上でお伝えします。

まあ……確かに、状況次第では私以外の者が、ということも有り得はしますが……」

「――それでよろしいかッ?! ワイゼル殿」


 カスタトールだ。

 なんとも彼らしくもない、厳しい表情と口調である。隣で聞いていたフォスターも思わず、それには少々驚いてしまう。


「ふん……まあ、それでよいわ」


 その彼の気迫に圧されてなのか。ワイゼル将軍はそこで出していた言葉の刃を収めた。

 結果として、彼に救われたのかもしれない。


 フォスターは小さく肩を竦め、そんなカスタトールを呆れ気味にも頼もしく思い見つめる。



  ◇ ◇ ◇



「……どう思う? フォスター」

 会議が終わって直ぐ。自室の控え室へとフォスターを招き入れソファーへと座らせるなり、カスタトールがそう聞いて来たのだ。


「まあ落ち着けよ。先ずはお茶の一杯でも淹れてはくれないか? さすがに喉が渇いた」

「あ、あぁ……そうだな」


 カスタトールは茶を淹れテーブルの上に置くと、見合うように自分もソファーへと座る。とほぼ同時に、口を開いてきた。


「パーラースワートロームが噂通りの不思議の国であるのは、この報告書にも上がってきている内容の通りだろうからな。

おそらくはそのパーラースワートロームの『権益』をスワート候が手中にしたいとでも思ったのではないのか?」


 そのカスタトールの言葉を受け、フォスターは思わず茶を口へと運ぶ手が止まってしまう。


「……評議会議員、ディステランテ・スワート候のことか?」


 ディステランテ・スワート候は、ワイゼル・スワートの叔父にあたる男だ。野心家であることで有名な人物である。


「あぁ、《評議会》でも力のあるあの御仁のことだ。もう既にこの報告書程度の内容くらいは十二分にご存知のことだろうからな」

「……まぁ確かに。ふむ……」


 カスタトールの言うことには説得力を感じる。

 フォスターは思案顔に俯きしばし考えてはみたが、しかし結局のところ相手がこの国を動かすほどの権力者であり、自分達の力だけではどうしようもないことを悟るとただただ肩を小さく竦めてしまうばかりである。


 二人はそこでソファーに深く座り直し、互いにため息をついた。


「こういう時にアヴァインが居ると、色々とからかえて良いストレス発散になるんだがなぁ~……。

やはりアイツも連れて行くことにしないかぁ? フォスター」

「おいおぃ。そんな身勝手な理由で今さら呼び戻せるものかよ」


「だろうなぁ……そういや、アヴァインの奴がシャリル譲に色目を使った……って話は、もうしたっけかぁ?」


 実際には、事実無根(でたらめ)な話である。アヴァインがこの場に居合わせていたら、さぞや怒り口論となっていたことだろう。


「ああ、聞いた聞いた。耳にタコが出来るほどにな。ハハ」


 即日、飲んだくれたカスタトールから聞かされたのだ。


 そういえば、後日シャリルにそのことを冗談交じりに話すと、シャリルの方もアヴァインの名を聞いてまんざらでもない様子を見せていた。

 まだ七歳のクセにだ。

 これだから最近の子は油断が出来ない。


「そうかぁ……もう言ったんだっけか?」

 カスタトール自身は酔っていたからなのだろう。言ったことをよく覚えていないらしい。この酒癖の悪さは治して貰った方が良さそうだが、まあその内でいいさ。


 フォスターはそう思い、そんなカスタトールを微笑み見る。


「ハハ。あまりそうアヴァインをいじめ過ぎるなよ。あれでも元はこの私の副官だった男なんだからな」

「はいはぃ……どうも、すみませんでしたねぇー」


 こんな時にもそんな冗談を言っていられるカスタトールを頬杖をつき隣に見つめ、何故かフォスターは気持ち落ち着き、自然とまた微笑んでしまう自分が居たことに気がつく。


 実に、気の休まる思いだ。


 ああ、そうだな。今、そんなことを考えても仕方がない。もちろん打てる手は打つが、沿海都市国家アナハイトを出来るだけ少ない損失で確実に攻略することに専念するさ。


 フォスターはこの時そう考え、自分に与えられた職務に気持ちを集中させることに決めた。




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