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それから数日後、ケイリング・メルキメデスは父オルブライトと共に最高評議会議事堂パレスハレスが斜め左前方に見える貴族員用の邸宅三階に警備隊長のファー・リングス、従者シャリル、メイドのメルを伴ってやって来ていた。
「わぁー! ホント、大きな建物ですね!! まるで、おとぎ話に出てくるお城のよう」
メルが、窓の向こうに見えるパレスハレスを見てそう言ったのだ。シャリルはそんなメルを見つめ微笑み、「良かったら、あとで案内してあげる♪」と言った。
そんな二人をケイリングは頬杖をついたまま優しく微笑み見つめ、それからファーの方を向き口を開いた。
「三日後の戴冠式には、二人も連れて行きたいんだけど。大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。侍女としてお側近くにお供出来るよう、取り計らいますので」
「なら、OK。安心したわ」
それから再び、ケイリングは二人の方へ視線を移し、小さく呟いた。
「シャリルをここへ連れて来る時、初めは心配だったけど。思っていたよりも元気そうで、なんだか安心したわ。
これもきっと、メルのお陰ね」
「本当に、二人はとても仲が良いですから」
ファーはそう言った。
それを聞き、ケイリングは微笑む。
あれから二年近く経つとはいえ、シャリルにとって母親の死は、生涯忘れられない出来事だろう。その事件が起きたこの首都キルバレスの地は、シャリルにとって、その記憶を呼び覚ますかもしれない特別な場所の筈だ。だからケイリングは、少し心配だった。でも、その心配はどうやら取り越し苦労のようである。
ケイリングは、ホッと吐息をついた。
それから急に思い出したように背筋を伸ばし、ファーに訊いた。
「そういえば、リリアはどうなの? この首都に来てる?」
「リリア様は残念ながら体調不良ということで、この度は来ていないそうです」
「……そぅ」
リリアに会ったら、謝ろうと決めていたことがある。
アヴァインと初めて会ったあのダンスパーティ会場で、私が余計なことをしなければ……あのお見合いが破談になることもなかったのかもしれない。もしかするとリリアは今頃幸せな生活を送り、子供も産まれ。あのアヴァインと私はたまに会う度に、きっと口喧嘩ばかりを相変わらずしていて、リリアを間にとても困らせていたに違いない。
そうすれば、また違った人生が二人には待っていて。アヴァインが手配者になることも、シャリルの母ルナが亡くなることもなかったのかもしれない……。
そんなことを今更悔いても仕方のないことは理解しているけれど、でも謝っておきたかった。
「それにしても……」
初代皇帝となるディステランテ・スワート侯、その者をシャリルの母ルナが亡くなった事件のあの日、アヴァインは襲撃した。詳細は解らないけれど、何かしら関わっているのはきっと間違いない。
もし今でも、その事で恨んでいるのだとしたら……。
「……アヴァインは、きっと現れる」
「え?」
思わず出た言葉に対して、ファーが反応をしていたのだ。
「あ、なんでもない。気のせいよ」
そう惚けてみせた。
「とても、そうは思えませんでしたが……」
でも、ファーは眉をひそめ肩を竦めている。
それを見て、ケイリングも困り顔に肩を竦めた。
「まぁ……ね…。
アイツ、今頃元気にしてるのかな……と思ってさ」
勘のいいファー相手に、これ以上誤魔化しても仕方ないので、ケイリングは頬杖をつきながら窓辺に視線をそっと移し、溜息混じりにそう答えていた。
ファーも、それには溜息混じりにこう口を開く。
「そうですね……どこかで、きっと元気にしているとは思いますよ」
◇ ◇ ◇