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それから二ヶ月後のこと、カルロスの元へグレイン技師から再び手紙が届いた。今度はなにやら他にも荷物が一緒についている。
カルロスはその手紙を机の上へ置くと、いつものように珈琲を淹れ。その香りを楽しみながらソファーへ座り、早速その手紙を読んでみることにした。
自然とその表情も弛む。
〝やあ、カルロス。元気にしてるかい?〟
「ああ、元気にしておるよ。グレイン」
カルロスは、ついつい遠い友を思いながらその手紙を読んでいる内に声を出してしまっていた。
〝今回は君を驚かせてみようと思う。覚悟はいいかな?〟
「ハハ。わかった、わかった」
〝我々はとうとうパーラースワートロームに到着した。つい先日の事だ。私はそれで早速、この手紙を君に書いている〟
「ほぅ……本当にあったのか。そりゃ驚いたのぅ…」
〝だが、こんな話をしても君は信じてくれないのかもしれない。またバカな冗談をと思うかもしれないな?
いや、きっと君の事だ。そう言ってこの手紙を読みながら笑うのだろう。
でもな、私は確かにこの目で見たんだよ〟
「見た……何をだね?」
〝魔法だよ……手のひらの上に青白い光球を発生させ、それをこの私に彼らはなに一つ嫌がることなく、見せてくれたんだ〟
「……まさか。とても信じられんが」
〝それからな、居たんだよ……。信じられないかもしれないが、本当に居たんだ〟
「居た……誰がだ?」
〝女神だよ……。
彼女は私の目の前に突然に現れ、何ひとつ言わず、ただ微笑みかけてくれた。
その微笑は実に不思議なモノでな。この私の心をとても和ませてくれるモノだった。
私はそんな彼女に、キルバレスでもやって見せていたちょっとしたトリックの実験を見せて上げたんだ。
例のアレだよ。ちょっとしたイタズラ心もあってのコトさ。
彼女はそれを見て最初は凄く驚いた顔をしてな。それがなんとも私には堪らなくおかしかった。それから間もなく怒ることなく、むしろ愉快そうに微笑んでくれたんだ。
それから私の話をよく聞き、コクリコクリと目を輝かせ頷いている。今この手紙を書いている最中でさえも、後ろから覗き込んで来るほどでな。もう興味津々といった様子なんだ。
この地はとても不思議なモノで、私以外の皆も、兵士たちでさえもだ。剣を置いて、この国の民と今では普通に語り合い楽しんで過ごしている。これはもう奇跡だよ……ここは実に素晴らしい国だ。
そういえば最初に魔法の事を書いたが、実はこの国に流れる川の色というのが実に変わっていてな。やや青白い色をしている。それも気持ち、不思議な色の光を時折放っているんだ。
そして、この地に住む多くの民は青白い瞳と同じように青白い輝く髪色をしている。それらからも同じ性質めいたモノを私は感じている……。
そこでだ。君に今回、友情の証としてこのサンプルを送ろうと思う。
一緒に小箱が入っている筈だ。開けてみてくれ〟
「……小箱。コレのことかね」
開けてみると中には小瓶が入っており、青白く光る液体がその中に収められていた。
「……こんなモノが本当に、川の水として流れておるというのか……とても信じられんが……」
どうにも信じ難い色の水を見て、思わずそうもらしてしまう。こんな不思議なモノ、見たことも聞いたこともない。
〝これは私の勘だが。この水にこそ、何かしらの秘密があると私は感じている。
この国の民が見せてくれた魔法の光の色とこの川の水の色には、なにか同じ性質的なモノを私は感じたんだ。今は単なる直感だがね。
私はこれから確証を得る為に、ここで研究しようと思う。ここなら調査の為の素材には困らないからね。まあ研究の為に使う器材には困るが……それは追々、届けてもらうさ。
まあ、そんな訳でだ。私はもうしばらくここに逗留しようと思う。
ではまた手紙を送るよ。カルロス、元気でな〟
「……」
カルロスは吐息をつき、その手紙を大事に机の中へとしまった。それから小瓶に手をやり、小瓶の栓をしているコルクを捻り開けることにする。
――すると!
「な……なんだ、コイツはッ!!?」
あまりの急な出来事に、カルロスは小瓶を床に落としてしまった。
小瓶の中で青白く輝いていた水が、一瞬だけ眩く輝いたかと思うと。何か女性の顔の様なモノが突如として浮かび上がり、何かをこちらへ語り掛けて来るかのように口をパクパクと開き、間もなくおぞましい声を張り上げ叫びながらたちまちの内に腐り出し、今では茶色のヘドロとなって悪臭をも放っている。
とても信じられない、それは一瞬の出来事であった。
「……グレイン。コレは、君が想像している以上に危険なものなのかもしれんぞ……」
カルロスは床に広がるそれを厳しい表情で見つめ下ろし、そのように呟いていた。